知床のエゾシカ92頭駆除:駆除は自然生態系保護に反しないのか

 環境省は5日(2011年4月)、世界自然遺産・知床の羅臼町のルサ~相泊地区で、2010年12月から本格実施していた「シャープシューティング」と「囲いワナ」によるエゾシカ捕獲作戦で、3月までに計92頭を駆除したと発表。餌付け射撃は3月で終わるが、囲いワナは4~5月も継続。これらの結果を分析し、今後の駆除方針を決める。
(以上、朝日新聞2011年4月6日から抜粋)

この程度のわずかな捕獲数では、エゾシカを適正頭数にまで減らし、自然生態系をシカから守るにはほど遠い。ということは、増えすぎたシカによって、世界自然遺産・知床は、ますます破壊され続けるということだ。知床国立公園の面積は約380平方km、知床半島全体では約1000平方kmはある。自然生態系とつりあうエゾシカの生息密度を1平方kmあたり1頭とすると、1000頭前後が適正であろう。しかし、現在の平均生息密度を控えめにみて10頭とすると全域で1万頭が生息していることになり、これは明らかに過密である。緊急に駆除が必要だが、現状ではその達成はきわめて難しい。ハンターを送り込むための道がないこともあるが、ハンターが年々減少していることもある。議論ばかり多く、決定に手間取っていることもある。駆除はシカがいる限りいつまでも続けなければならないが、手を抜けばすぐに増えすぎ状態に戻ってしまう。シカを抑え込むためには莫大なお金を使い続けなければならない。日本の経済成長には限りがある。もう往時のような右肩上がりの成長は望めない。いつまでもこのような無駄遣いは続けられない。だが、このままでは知床の自然はボロボロになってしまう。

世界自然遺産に狩猟や駆除という人工的な行為はそぐわない。認められるとしても、ごく補助的で緊急措置としてだけである。自然生態系の保護は「自然は自然のままに」があくまで原則である。しかし、現状の知床の自然は完全ではない。シカの増え過ぎを抑えるシステムを欠いたままである。すなわち、頂点捕食者ハイイロオオカミを明治期に絶滅させて以来、中核となる生態系の食物連鎖が断ち切られたままだからである。オオカミの存在は絶対に欠かせない。それにオオカミの復活に大きな経費はかからない。いったん復活すれば、なおさらである。再導入用のオオカミは、現在でも数多くが生息しているロシアの沿海州から提供してもらえばよい。もともと最終氷期には、沿海州、サハリン、北海道、択捉島、国後島は、オオカミが自由に往来した一続きの陸地だったのである。

日米の研究者によるシンポジウム報告「世界自然遺産 知床とイエローストーン」(2006、知床財団)で、マックロー教授(カリフォルニア大学)ら米国研究者は、知床の自然生態系の回復保護を目的にしてオオカミの再導入を積極的に説いている。しかし、梶光一教授(東京農工大学)ら日本側研究者は最後まで口を開くことはなかった。異様なことだ。かくして、オオカミ再導入についての意見交換は、狩猟派の日本側研究者の「だんまり」によって成立しなかった。何のためのシンポだったのか。

その後も、梶教授は「オオカミ復活時期尚早」と発言している。その理由についての説明はない。知床はじめ日本の自然のシカによる破壊はオオカミを必要としているほどでないという考えからか。オオカミにシカのコントロールは期待できないとの考えか。それとも、オオカミに対して行政の賛同を得られず、不興を買うのを恐れているからか。納得のいく説明を求めたい。オオカミに背を向ける研究者だけでなく、環境行政の責任が問われる。こんな間にも、知床だけでなく各地でシカは増え続けている。南の世界遺産、屋久島も同様で、専門家による検討委員会が編成されたと聞く。知床の二の舞にならぬことを祈りたい。

 

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