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悪魔の誘惑に落ちないために:風力発電は本当に問題ないのか


風力発電のあり方議論:有識者会議が初会合

読売新聞2011420日朝刊静岡版

 

静岡県川勝平太知事の諮問を受けて、19日は伊豆半島の風力発電を考える有識者会議(安田善憲座長)の初会合だったという。「エネルギー循環型の新しいライフスタイルを国に先んじて提案したい」とは座長。「風車は一つの騒音。住環境にそぐわないが、環境影響評価の対象になっていないのが問題」とは橘秀樹千葉工大教授。「低周波音は技術的に克服できる。再生可能な自然エネルギーとして伊豆から発信してほしい」とは推進派の荒川忠一東大教授。

風力発電の風車が発する超低周波が、頭痛、むかつきなどの症状を引き起こす。イヌは終始落ち着かず、ネコは狂いまくって壁をかきむしる。ベッドは振動しながら移動する。筆者も、風発に近づき、頭痛と心臓の動悸を体験した。近くに居続けることはできない。ひどいものだ。これに苦しんで住民が移住を強いられる事例が多発している。自殺者も出た。荒川教授に言いたい。「伊豆から風発推進は発進しませんよ。」

こうした風発公害は技術的には何も解決していない。風発の周りの広い範囲から野鳥のさえずりが消えたと報告されている。シカが移住したとの話もある。建設現場や資材運搬道路など、工事に伴う自然破壊も甚大だ。森林は伐採され、土砂が流れ出す。これらは放置されたままだ。にもかかわらず、これも技術的に克服可能なのだろうか。

高さ百数十mを超える風車による景観破壊や自然生態系破壊は絶対に解決できない。風発タワーは新たなる観光資源だと開発側は強弁するが、実際にはこんなものをわざわざ見に来る観光客はいない。数年前、英国を旅行した。この国には風発が多い。ビートルズのリバプール沖にも林立していて興ざめだった。小説「ジェーンエア」や「嵐が丘」のブロンテ姉妹が住んだハワースの丘の上にも立っていた。がっかりだった。静岡県の伊豆半島では、黒潮に突き出た石廊崎にも20本近くが林立し、絶景を完全に破壊している。東伊豆町にも凄いのが山の斜面を覆っている。伊豆は傷だらけだ。全国では何本あるのだろうか。

数年前、南伊豆町の東大の植物園で風発に関する講演会があった。はるばる、やって来た東大教授など専門家たちはずるかった。風発建設の是非を決めるのは地域住民だと言を濁して責任を回避する。御用学者だ。開発側は、わずかな一時金と税収を、貧困な地域行政と住民にちらつかせる。結局泣くのは、甘言とわずかなお金に釣られた住民だ。

地域住民の健康よりも地球温暖化対策としての風発を優先するとは、東京のある国際的な自然保護団体の言い分であった。狂気としか思えない。人道に反するこの発言には仰天するばかりだ。こうしたことを言う風発推進派は、家族とともに風発の周りに住んでみたらよい。他人の痛みを知ることができるだろう。

これまで風発企業は、経産、環境、厚労、県などの関係行政と結託して(トップダウンの行政機構を利用)、地域住民の訴えや抗議の声を無視したり、封じ込めたりしてきたのだ。原発と同じだ。同時に、風発推進を優先するために、太陽光発電に係る補助金すら止めてきた。数年前から超低周波の健康障害が明るみに出て、太陽光発電の補助金は復活した。しかし、今回の大震災による原発事故にかこつけた電力エネルギー不足を口実に、風発は勢いを盛り返す機会をねらっている。事故の始末も終わらぬうちから原発推進を主張する者も少なくない。さらに多くの国民が、幸福につながる経済成長には電力増産が欠かせないと叫ぶ。

そうだろうか。こうした主張に屈して、原発に加えて風発を選ぶのは、さらなる邪鬼悪鬼を呼び寄せるようなものだ。電力源の多様化は欠かせないが、原発と風発は選択肢には入らない。もう経済成長で私たちの幸せは手に入らない。科学技術を妄信し、頼りすぎるのは危険だということを、大震災が教えてくれたのだ。発想の転換が必要だ。これ以上の成長は止めたほうがよい。さもないと、地球の自然生態系は崩壊し、オオカミなど野生生物が生きる場所を失ってしまう。人類が自らを破滅に追いやる結末は目に見えている。大震災の貴重な教訓を大切にしよう。



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