シカ害に悩む世界遺産「屋久島」:さあ、どうするか? « 一般社団法人日本オオカミ協会

シカ害に悩む世界遺産「屋久島」:さあ、どうするか?


読売新聞2012年1月16日(月)朝刊の記事には驚いた。南の世界自然遺産、屋久島では、シカの生息頭数と密度はとんでもない状況になっていたのである。同紙によると、島の西側、西部地域はシカの生息密度が最も高く96.7頭/sq.km、島全体の平均密度は35.9頭/sq.km、島全体の生息頭数は12,000~16,000頭。これといった捕食者がいない島では、これで増え止まりということはなさそうである。ニホンジカの亜種であるヤクシカは小型で体重は20~30kg。本州、四国、九州本島のものよりも半分近く小型である。これを勘案して、本島ジカ換算で二分の一の生息密度としても、西部地区で約50頭/sq.km、島全体で約18頭/sq.kmということになり、明らかに過剰である。

植生の種多様度最大値を示す密度を目安にすると、本州でのシカの適正密度は2ないし3頭/sq.kmと考えられるから、屋久島の生息状況は超過密で到底許容できるものではない。これを放置するならば、シカによって植生が剥ぎ取られ、地表は剥き出しになり、土壌の激しい流出が発生するはずである。既に林床植生が消失し、裸地が拡大しつつあり、食餌植物に窮したシカは落葉を採食したり、サルの後をついて回り、サルの食べ残した落葉や糞さえも拾い食いしている。こうした状況を放置すれば、もちろん生物群集をはじめとして陸上生態系全体の荒廃は避けられない。もちろん、沿岸海洋生態系にも影響が及ぶことが予想される。すなわち、山地の急斜面から流出した土壌はすぐに沿岸に流れ出し、磯を濁し、海底に堆積し、そこに棲む海洋生物の生息環境を破壊するからである。「既に、シダ植物、シイやカシ類の芽や葉、600種あるとされる貴重なコケ類がシカに食べられ、ほとんど見られなくなった絶滅危惧種もある」と同紙は報じている。

これに関して、同誌によれば「環境保全について助言する屋久島世界遺産地域科学委員会は2010年、ヤクシカ対策を専門に扱う作業部会を設け、林野庁、環境省、鹿児島県、屋久島町などともに駆除や植生の保護を進めている」という。同種の委員会は北海道知床の世界遺産のエゾシカ対策でもお馴染だが、これまで会議を繰り返してきたわりには目に見える成果を上げてこなかったという経緯をみると、屋久島でも同じ轍を踏むのではないかと余計な心配をしてしまう。

屋久島のシカの生息頭数を減らして適正な生息密度まで下げるためには駆除が必要なことはもちろんである。同紙によると、第4回作業部会の合意としての当面の目標密度は、自然保護地域20頭/sq.km、それ以外の地域で10頭であるという。この根拠は、植物の発芽数最大値のシカ密度であるという。この報告書を見ると、この目標管理密度は、林床の嗜好植物の発芽数が不嗜好植物のそれを下回り、不嗜好植物の発芽数が最大値を示すシカ密度であると記されている。とすると、やはり、この管理密度は高すぎると考えられる。シカが食べ物に窮して、落葉までも食べつくすと、発芽の邪魔になる落葉などの地表堆積物がなくなって発芽環境が良くなり、発芽数が増えることが考えられないだろうか。また、発芽植物がシカの不嗜好種に偏るのは正常なことではない。発芽した植物が生長を続けるかどうかも問題にすべきである。スダジイなどの照葉樹林下での幼生の成長条件は必ずしも良くないのが普通であるし、嗜好植物の場合、シカによってただちに食べられてしまうであろう。植物の種多様性からシカの適正生息密度を判断する場合には、色々な角度からの検討が不可欠であるので慎重を要する。

ところで、本格的な駆除は既に始まっており、昨年度は約1,700頭を猟銃とくくりわなで捕獲したという。しかし、これでは焼け石に水である。現在、シカの増加率は年20%といわれており、これを屋久島に当てはめると、現在2,400~3,200頭を駆除しても減らないことになる。駆除した1,700頭が食べなかった食べ物は、駆除されないで残ったシカへの贈り物である。管理目標密度10ないし20頭/sq.kmを達成するためには、一気に1万頭以上を駆除しないと達成できないという計算になる。これでも6千頭が残る。この管理目標頭数をキープするためには毎年1200頭を捕獲し続けなくてはならない。5、6年間手を抜けばシカは元通りの1万頭以上に回復してしまう。

目標密度は高すぎる。行政も暫定目標だと考えているようである。いずれにせよ、これでは島の生態系は救えない。コントロールをさらに強化しなければならない。しかし、島のハンターは80人足らず。しかも、その70%は60歳以上の高齢者である。そこで罠に頼ることになるのだが、その成果が一時的にあるにせよ、罠かけの労働力をいつまで維持できるかが問題である。ハンターと同じように地域社会も高齢化しているから、罠かけ労働力はやはり減る一方であろう。現在の地元ハンター80人をキープするためには後継者が必要である。後継者確保のためには若者のハンターとしての確保が欠かせない。ハンタープロパーあるいは「ハンター+α」で生計が立てられなければ成り手がいない。ハンターキープには、彼らの給与など、財政負担も覚悟しなければならない。果たしてハンターキープに関する見通しはあるのだろうか。

とにかく、この島がある限り、そして世界自然遺産としての自然を保護しなければならない限り、シカの駆除は止められないのである。だが、目先の問題に追われる関係行政にこうした長期的見通しにもとづいた対応を求めるのは今のところ無理というものかもしれない。とすれば、世界自然遺産を含む島の生態系の劣化は避けられないということになる。このように、結論はきわめて悲観的にならざるを得ない。

屋久島で今頃になってどうしてシカが増えだしたのだろうか。まず考えなければならないことは、ハンターの減少と高齢化による狩猟圧の低下が背景にあるのは明らかだ。ハンターの減少は島の社会の変質の影響を受けたものであろう。現在のようなシカの増えすぎが歴史上初めてだとすれば、1万数千年前の島の誕生以来、島民がシカを取り続けてきたからと考えることが自然である。島の誕生は、最終氷河期であるウルム氷期の終息により、屋久島が種子島とともに大隈半島から切り離された時代にさかのぼる。九州本島に生息していた一揃いの生物相が島に取り残されたのである。現生のシカやサル以外にイノシシ、ツキノワグマ、カモシカ、そして頂点捕食者であるオオカミも当初は生息していたとしても不自然ではない。島の誕生後、人間の影響がなければ、生態系の食物連鎖機能による自然制御が働いて、シカの増えすぎを抑制していたと考えるべきなのである。しかし、オオカミはもちろん、イノシシ、ツキノワグマ、カモシカの姿をこの島で見ることはできない。その後の歴史の中で絶滅してしまったのである。この絶滅の原因は、島嶼効果か人による狩猟かのどちらかであるが断定する材料はない。しかし、島嶼効果による個体群の小型化の影響をシカやサルだけが免れたという理由も考えにくい。

オオカミに限っていえば、その生態だけから考えれば、絶滅することなく今日まで生残していた可能性が考えられる。屋久島の面積は約500平方kmで、集落は海岸沿いに張り付くように位置しているため、島のほぼすべてが森林地域である。オオカミのパックナワバリの面積は群れの構成頭数と餌動物の量によって変化するが、最小のものはバンクーバー島で記録された60平方kmである。通常は100~200平方kmである。彼らはナワバリの間に緩衝地帯を置く。その面積は、生息地域の20~40%とされている。オオカミと餌動物が互いに共存するためには、パックの数は二つ以上が必要であるとされる。屋久島はこれらの条件を十分に満たしている。このように見てくると、この島のかつて生息していたオオカミは人によってイノシシやカモシカなどとともに絶滅に追い込まれた可能性が大きい。

ハンターが急激に減少しつつあり、これを止める見通しが立たないのなら、オオカミの再導入によるシカの個体数コントロールの可能性を検討することを提案したい。オオカミが島民や観光客に危害を及ぼすことはまず考えられない。手はじめに、屋久島のウルム氷期以降、今日に至るまでの野生動物も人も含む環境の変遷に関する研究を行うことを提案したい。このままでは島の生態系の崩壊は必然である。比類なき自然生態系が温存されていたがゆえに世界自然遺産としての価値が認められたのであるが、このままでは将来、シカの個体群管理の失敗によって危機遺産への移行もあるかもしれない。

地域の問題は地域社会が主体的に取り組むことは大切である。それゆえ、住民の意志が大切だという考え方がある。ならば、シカ問題についての島民の考えを知りたいところである。しかし、目先の欲に目がくらみ、縄文杉などの島の自然資源利用の適正化を考えられないなど、自然保護を理解できない島民の知的レベルを考えると、合理的な島の自然保護とシカ対策についても到底期待はもてそうにない。

(記:2012年3月21日狼花亭)



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