オオカミがいないと:ミミズの仕事百年分を一年でフイにするシカ!

シカの増えすぎは今や全国的です。北の世界自然遺産「知床」、南の「屋久島」をはじめとして自然生態系の破壊の惨状には胸が痛みます。森林は枯れ果て、潅木も草も食べつくされ、地表を覆っている落ち葉や落ち枝すら食べられて、地表はむき出しの裸地になってしまいます。屋久島ではシカはサルの群れについて歩いていると報告されています。お腹を空かしたシカは、サルが落とす食べかけの木の葉が目当てなのです。

被覆を失くして、無防備になった地面は、雨に打たれ風に吹かれて、土壌は次々と剥ぎ取られてしまいます。斜面地では何もしなくても土壌は谷に向かって落ちてゆきます。こうして裸地からの土壌の侵食量は1年で厚さ10mm以上にもなります。小石を頭に載せた小さな、無数の土柱が山の斜面のあちこちにできていたら、土壌の侵食が進んでいることが良く分かるでしょう。土柱の頭の上の小石が雨滴の侵食を防ぐ傘の役割をしているのです。土中に隠れているはずの木の根が空中に浮いていたら、やはり土壌が侵食された結果である可能性が大きいのです。こうして真っ先に失われる土壌は、養分をたくさん含んだ表土です。表土が失われたら、植生も消滅し、不毛の土地になってしまいます。表土の下部には栄養分が少ない下層土が基岩の上に載っています。侵食が進むと下層土も失われ、基岩が剥き出しになり、岩山になってしまうのです。

土壌は、基岩が風化されて下層土が形成され、次いで表土が産まれます。この表土形成に大きな役割を担っているのがミミズなのです。進化論で有名なダーウインは、ミミズのこうした役割を重視し、ミミズは1haの面積に16万匹も生息すると書いています。ミミズは地表の落ち葉や動物の死骸、それに岩屑を食べて、消化器内で消化しながら無機物と有機物を混ぜ合わせて糞にして排泄します。このミミズの糞が栄養分豊富な表土を形成するといわれています。このようなミミズの土壌形成量は年に0.1mm前後といわれていますから、厚さ10mmの土壌を作るのに100年もかかることになります。増えすぎシカは、このミミズの100年の仕事をたった1年でフイにしてしまうのです。動植物の死骸という食物を奪われたミミズにとっても、増えすぎたシカは迷惑な存在なのです。肥沃な土壌を生産するミミズは、山の生物多様性を支える縁の下の力持ちなのです。ミミズの減少は、生物多様性の低下につながることは明らかです。

表土の厚さは、場所によってさまざまですが、普通は深さ30cm程度しかありません。下層土まで含めてもせいぜい50~60cmくらいです。増えすぎたシカによる侵食を放置しておけば、表土が完全に失われるのに約30年、下層土まで失われるのに50年という計算になり、半世紀もたてば、鬱蒼とした森林に覆われていた山は岩山になってしまうのです。

現在、困ったことに、私たち日本人にシカの増えすぎを止める力はありません。シカの増えすぎを抑制し、ミミズを守り、土壌の喪失を防ぐのは、やはり自然生態系の働きに頼るしか術がないのです。食物連鎖による自然調節を機能させるためには頂点捕食者オオカミが欠かせません。「山河なくして国はなし!」オオカミの再導入を急がないと!

参考書:

デイビッド・モントゴメリー「土の文明史」片岡夏実訳、築地書館(2010)

チャールズ・ダーウイン「ミミズと土」渡辺弘之訳、平凡社ライブラリー(1994)

*ミミズの本多数

(2012年4月12日記:狼花亭)

Follow me!