研究の貧困:わからないことが多いイノシシの生態 « 一般社団法人日本オオカミ協会

研究の貧困:わからないことが多いイノシシの生態


根菜好きの穴掘り名人

ノネコ(人とは関係なく野生で繁殖を繰り返しているネコのこと)が居ついている森の中の一軒家の夜、時折、なんだか騒々しい。ノネコたちが騒いでいるのだ。暗くてよく見えないが、連中は森の方が気になっているようだ。翌朝、調べてみたら、森の縁のドクダミの群落が掘り返されている。ちょうど白い花をつけてそれなりに綺麗だったのに、もうめちゃくちゃだ。犯人は明らかにイノシシである。一、二頭の仕業である。ノネコたちがデッキで大騒ぎする夜はイノシシのお出ましに決まっている。実はイノシシが出てくるのは夜とは限らない。昼間でも出て来る。鼻をスコップ代わりに使って数時間かけてせっせと食事を楽しんだ様子が目に浮かぶ。狙いはドクダミの太くて白くておいしそうな根。昨年もやられた。根には澱粉などの栄養分が多いのである。

イノシシの好物は少なくない。ヤブラン、クズ、ヤマイモ、ユリ類、アシタバ、アザミの根もそうだ。ススキの根も含まれる。外来種のタカサゴユリは食べないのかと思ったら大間違い。3年ほど経って根が太ったころを見計らって掘り上げる。このユリは無数の種子を飛散させ、発芽率が高いので、いくら食べられても消えてしまうことはない。在来のオニユリ、スカシユリ、ササユリの類は、イノシシが近づけない崖地以外に残存するものを除いてもう見られない。庭のダリアすら食べてしまう。十数年前だったが、ヤーコンの栽培を始めた人がいた。数年は被害がなかった。これはよい具合だと隣人も私も喜んだのだが、やはりやられた。イノシシは気がついたのだ。彼らは、人が食べるものだったら大体のものは食べる。サツマイモ、サトイモなどのイモ類、ミカン、クリなどの果実はもちろんである。シイやコナラの実が好物なのは当然だ。落ち葉の下の隠れているものは、翌年の夏くらいまで見つけては食べている。とにかく、イノシシが棲んでいる地域の地面は、穴だらけでボコボコである。町役場は、道路の路肩が掘り崩されるので困っている。

地下の貯蔵器官を発達させていても、連中が食べない植物もある。野生のものではスイセン、ヒガンバナ、キツネノカミソリ、ヒメヒオウギスイセン。庭の栽培種ではカンナ、ウコン、ミョウガ、ハナミョウガ、ショウガなどである。畝の周りにウコンを植えておいたサトイモは連中に見つからずに無事であった。でも今年はどうかはわからない。

 生態系の中でのイノシシの役割は?

イノシシが農業害獣であり、農業者の敵であることはいまさら説明する必要もないことだ。でも自然生態系の中ではどうなのだろうか。シカのように多すぎればやはり害獣か? そもそもイノシシが多すぎるという生息密度とは? この疑問に答えてくれる調査報告を見たことがない。シカは全国で2011年現在200万頭と推定されているのだが、イノシシについては知られていない。イノシシ研究者に聞くと「わからない」とにべも無い。その推定方法がわからないからだという。自然生態系での彼らの役割についても研究者はわからないと言うだろう。これについての研究が行われていないからだ。研究者の興味を引かないからか。そうではなさそうだ。素人がちょっと考えても面白そうだ。

クズやアケビなどのつる植物が絡みあい、滅茶苦茶にはびこった谷地があちらこちらで目に付く。背の高い草本や潅木は重さに耐え切れずに押しつぶされている場所も珍しくない。このような場所には薄気味悪くて足を踏み入れる気にならない。好奇心に駆られて恐る恐る覗いてみると、意外なことに藪の内部はがらんどうのことが多い。暗すぎて植物が生育できないのである。生物多様性が下がっているのだ。シカがつる植物の葉や茎を食べ、イノシシが地下茎を掘り起こして食べるのは、こうした植物の勢いを削ぎ、光を呼び込んでいろいろな植物が繁殖できるようにバランスをとる効果を持っているようにみえる。

森林の内外で見かけるイノシシが掘り起こした穴は、植物の地下の栄養分の貯蔵器官の大きさと形状によっていろいろである。大きな穴は、深さ100cm、長さ150cm、幅100cmにもなる。しかも、漬物石よりも大きな石がいくつも掘り起こされて周囲に弾き飛ばされていたりする。大変なパワーだ。しばらくすると、穴には落ち葉がたまる。天然の堆肥場である。ミミズやムカデ、菌類などいろいろな土壌生物が集まってきて、せっせとこれらの遺骸を分解し、栄養分に富んだ腐葉土を製造する。そのうち、草木の種子が飛来したり、転がり落ちたりして、芽を出し、伸び始める。

穴ではないが、林の地面を見ると、鍬で浅く掘り起こしたような、落葉落枝を掻き退けた痕があちらこちらにある。まるで家庭菜園みたいに見える。イノシシの仕業と見当がつく。ミミズやドングリが目当てだが、結果的には畑を耕しているように見える。朽ちた倒木も例外ではない。中に潜んでいる甲虫の幼虫やミミズを食べるために、ひっくり返され、突き崩され、分解が促進される。大きな倒木はアリの巣があるのが普通である。イノシシはこれも見逃さない。突き崩して巣を破壊し、卵や幼虫を舐める。

こうして、イノシシが頑張るほど、土壌の通気性がよくなり、微生物をはじめとした土壌生物の活性が高くなり、有機物の分解が進み、土壌の肥沃度があがることが期待できそうである。イノシシが食べるものは草本が多い。木本はあるのだろうか。とすると、イノシシが地面を掻き回せば掻き回すほど草本が減り木本が増えてくるということにはならないのだろうか。とすれば、イノシシは生態遷移の移行を早めているのかもしれない。これは想像に過ぎない。実証的な研究が欲しいものだ。

イノシシは通常、農作物の害獣としか考えられてこなかったようだが、このように見てくると、普段はさっぱりわからなかった、森林生態系の中でのイノシシの役割が見えてこようというものである。面白そうなテーマだが、これに取り組んだ生態学の研究報告は見たことがない。イノシシの研究者がいないわけではないのに、誰もこれに取り組んでいないのは不思議だ。どれも目先の被害防除に関するものだけで夢がない。薄っぺらで中身に欠ける。

渡り研究者に夢はない

ところでイノシシ研究で不思議に感じることがある。研究者もそこそこにいて比較的研究が進んでいるシカやニホンザル、カモシカと比べて、イノシシの場合は、農業被害が騒がれているわりには、その社会や生態については殆どわかっていない。生息密度を調べる方法すらない。シカの生息頭数は、精度はさておいて、具体的な数値が示される。しかし、イノシシについては何もない。何を食べているのかもわかっているとはいいがたい。知られているのは、農作物の被害量と被害額、それに捕獲技術と捕獲頭数だけである。イノシシ研究者はいないわけではない。研究者はまるで不足していて、数の少ない彼らはこれまでのところ行政の試験研究機関に偏っている。わが国の野生獣類の生態学的研究の歴史が浅く、大学に彼らのポストが用意されてこなかったからということも理由のひとつである。

行政はせっかちである。行政の関心事は、目先の被害問題に直結していることである。だから、被害防除以外は研究課題に取り上げることができない。すぐに成果を出さないとポストも研究費も与えてもらえない。短期勝負だからよい成果など生まれるわけがない。同時に、行政の研究機関では、農業者相手に被害防除に関する講習も強いられる。たいした研究成果もないのだから、役に立つ講習などできるわけがない。

こうして、イノシシ研究者は、見通しもないままに調査だけはし続ける。そして年度末には報告者だけは印刷される。研究者は自分の意志ではなく、行政に強いられているという面が強いからだ。その結果は、殆ど役立たずだが、行政はそれでよいとする。行政は優れた成果など出なくてもよいのである。予算が計画通りに消化され、形どおりの報告書が積まれれば満足なのである。そして、数年たって研究者の雇用契約期間が過ぎる。専門教育を受け、博士号まで持った彼らが、非常勤だなど信じられるだろうか。でも、そうなのである。不幸にして再契約が叶わなかった研究者は別の職場を探して移動する。たとえば、「県から県へ」である。見つからなかったら浪人暮らしだ。こうして彼らは流浪の生活を続けることになる。生活の糧を探すのに汲々している「渡り研究者」に夢はない。あるとしたら、それは安心して生計が保障される常勤ポストを得ることだ。

 頼りない即席研究

行政による即席研究の代表的な結果をいくつか紹介しよう。第一に、イノシシ除けの柵の作り方、イノシシを寄せ付けない環境つくりだとかといったお手軽提案である。隠れ場所をなくせばイノシシは寄り付かないという前提で、耕作放棄地を減らそうとか、耕作地の周りの藪を駆り払って見通しをよくしようと提案する。人口減少、高齢化によって、耕作放棄地が増え、手間のかかる刈り払いに人手がないから藪が増えているのだという実態は殆ど忘れられている。それなら、牛や羊を放牧し、家畜に草を食べさせれば一石二鳥だと推奨する。イノシシが姿を見せないと、すぐに発表して成果を誇る。しかし、これは、ぬか喜びのことが多い。頭がよくて慎重なイノシシは、新しい環境を警戒して出てくるのを控えているだけのことなのだ。彼らはしっかり観察しているのである。そのうち慣れて姿を現すのは言うまでもない。

開けた谷の田んぼの間を走る県道を夜間、車で通るといつもイノシシに出会う。両側の山の森林まで数百メートルの距離がある。オープンな環境を作れば隠れ場が無くなるからイノシシは出てこないと研究者は言うがあまり信用できない。研究者の言う条件にぴったりなのに、それでもイノシシは出てくる。集落の中のバス道路と300平方メートル弱のバスターミナルを夜間、イノシシはカツカツ、蹄を鳴らして闊歩しているのにたびたびで会う。数百平方メートルの芝生と野菜畑の庭にもイノシシは平気で出てくる。大声を上げても連中は平気だ。大石でも投げつけないと退散しない。

爆裂花火を打てば追い払えると行政の指導員が言っているのを聞いて試してみた。夜間、バンバン何発も打つのは小気味がよい。一週間毎晩続けたが効果はまったくない。家主が寝静まったらいつものように彼らは出てきて庭を荒らして引き上げる。番犬も鎖につながれていれば効果なし。イノシシの家族は、ワンワン吠えまくる犬を横目にそのすぐ傍を悠々と通り抜ける。白昼堂々と出てくることもある。万事このような具合である。

イノシシは、人間以上に、状況を的確に判断しているのである。研究者の言うことは大外れだ。問題はイノシシの慣れである。牛がいようがヤギがいようが慣れてしまえば平気なのだ。人は怖がるが、何もしなければ人がいても頓着なしに出没する。神戸市では、コンビニの前に出てきてお客の手から弁当などの食べ物を奪いとる強盗並みのやつもいるくらいだ。ポーランドでのことだ。バルト海の海水浴場に白昼からお客を尻目にイノシシの家族が出てきて糞や尿を撒き散らし、不衛生だと不評を囲ったという報告を聞いたことがある。藪を駆り払えばイノシシは出てこなくなると教えてくれる研究者は、こうしたことを知っているのだろうか。思い込みに過ぎないように思える。

唯一、確実に効果があるのは、侵入排除柵だけである。ちょっと大変だが、田畑の脇で監視し続ければ万全である。これは、研究者の即席研究とは無関係で、江戸時代以来の伝統的な農民の知恵である。昔は、石垣や土手による猪鹿(シシ)垣であったが、現在はトタンの波板やメッシュ筋を並べたお手軽な柵が主流である。江戸時代の農民は、ご苦労なことに寝ずの番をしていたのである。

確実なのはやはり駆除である。だが、地域ではハンターが減少・高齢化で姿を消した地域も少なくない。ハンターによる駆除限界がある。それではと少し手軽にわなかけを研究者と行政は推奨する。成果が上がっている地域もないではない。しかし、わなをかけるのは地域の高齢農業者である。いつまでこの人たちが活躍できるのだろうか。やはり、イノシシの天敵で頂点捕食者であるオオカミの復活を考えないといけない。イノシシの個体数抑制と個体群の健康維持に関する「オオカミの効果」はポーランドなど東欧でよく知られている。ところが、行政も研究者も申し合わせたようにオオカミについては口をつぐんでいる。オオカミを口にしたときの住民のブーイングを行政も研究者も恐れているのだ。さらに研究者は雇用者である行政に睨まれることを心配する。確かに「オオカミなんか」と非難する住民もいないわけではないが、いまや日々、被害に困っている大部分の住民の気持ちはそうではない。行政も研究者も赤頭巾症候群の罹患者、不勉強の怠け者、信念を欠いた臆病者なのである。

イノシシ研究者を救え!

今のところ、イノシシ研究者や行政の指導はまるで当てにならないのだが、彼らはわかったような顔をして農業者相手に講習会を繰り返す。農業者の方がよくわかっていたりするのだが。あるいは、彼ら自身、彼らの無能さをよくわかっているのかもしれない。しかし、行政に命じられれば、彼らは従わざるを得ない。彼らから、これを取り上げたら仕事がなくなってしまう。

真に信頼できる情報を伝えられないのはどうしてか? その理由は簡単である。本腰を入れた息の長い社会生態学的な研究に取り組もうとしても、行政がそうした研究を好まないからである。大学などの本格的な研究機関に、イノシシ研究者がじっくり研究に取り組めるポストがあれば別であろうが。

繰り返すが、イノシシ研究は、国や県の行政の試験研究機関で行われてきた。すでに指摘したように、こうした機関でのイノシシ研究者の待遇は相変わらず悪い。定員も予算も限られている上に、数年間といった非常勤の契約ポストである。博士号を取得した研究者でも常勤ポストが得られないのである。こんな待遇で彼らに、目先の被害防除試験だけでなく、本格的に掘り下げた研究成果を求めるのは無理というものだ。深く同情したい。最近、二三の大学で里山研究がらみでいくつかのポストが用意されたが、これも数年間の契約研究員で身分保障がない。契約期間が終わったらポイ捨てになる可能性が小さくない。こうしたポイ捨て体制は、小泉・竹中体制以来の過激な競争原理導入の合理化病の影響である。競争主義による成果を研究者に強いておきながら、一方で、研究環境、労働環境には徹底してお金を使わない。このままではイノシシも研究者も救われない。研究者の資質もさることながら、自然の中での野生動物相手の研究には時間と忍耐が必要である。野生動物研究に深い理解を示し、研究環境を改善すべきである。研究ポストを格段に増やすべきである。文科省、環境省、農水省など政府に努力を期待したい。赤字減らしは必要だ。しかし、それだけが能ではない。国民が創造力を十分に発揮し、生き生きと活動できる環境づくりを進めること。これこそ政治の役割だ。このままでは、日本の生物多様性は守れないし、条件に恵まれない山間地の農業も救えない。(2012年7月15日記   狼花亭)



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