椅子とりゲームとオオカミ

昨年(2012年)暮れの地方紙のコラムに、自殺者数と景気、失業率を扱った「確かな景
気回復が必要」という時評を読んだ。
自殺や失業を個人の心構えの問題だけに帰する考えあるが、大きな誤りである。失業問
題を「椅子取りゲーム」に例えれば、参加者がどんなに頑張っても、椅子に座れない人が
必ずでる。仮に全員が同じ能力を持ち同じだけの努力をしても、職に就けない人が必ず失
業率の分だけでる。失業はしばしば自殺の原因となる。各人がどれだけ個々の努力を積み
重ねても、国全体の経済や雇用の状況を改善することはできない。自殺対策に地道に取り
組むだけでなく、マクロ経済政策で景気を好転させることが、大きな自殺対策になる。金
融緩和などを柱にするアベノミクスで13年は景気回復が期待できるのだろうか、と結んで
いる。
「椅子取りゲームからの脱落者は努力不足、あるいは無能なのだから仕方がない。脱落
者が出ても当然だ。それは個人の問題で、弱肉強食は世の常なのだ」と割り切る競争礼賛
主義者がいないわけではないが、これは怖いことだ。どんなに努力しても有能であって
も、事と次第によってはいつまでたっても椅子をとれない者は少なくない。これは個人の
努力のせいにするわけにはいかない。事はそんなに単純ではないのである。
大昔から椅子取りゲームはあった。それは、人類がまだ野生動物として生きていた段階
から始まったものと考えられる。それがゆえに戦乱が絶えることがなかった。これが人類
史であったといってもよい。自由主義を謳歌する資本主義社会でことさら目立つようにな
ったことなのかもしれない。そして、このゲームは解決することなくいつまでも続きそう
なのである。
経済成長によって多少の改善はあっても、このゲームが有する矛盾の本質的な解決は期
待薄である。確かに椅子の数は増え続ける。同時に、人口が増えることもあって、ゲーム
の参加者も増え続ける。これも問題だ。結局、椅子をめぐる競争は終わらない。どこまで
行くのか。個人間の競争は、社会階層間、民族間、国家間にまで発展する。ここまでは人
間社会内部の競争だが、椅子、すなわち経済成長の材料とエネルギーの入手先は、結局、
地球の自然であることは明白である。ところが、地球は有限である。この限界に達したと
き、このゲームは終わる。ただし、ゲームの目的は達成されないままである。椅子取りゲ
ームの落伍者は相変わらず存在する。減っているどころか増えている可能性が大きい。そ
のとき、地球の環境は見るも無残にボロボロになる。こんなゲームはやめろと言っても聞
く耳を持つ者はいない。地球の環境は開発し尽くされて、シカやイノシシなど野生生物の
多くがハビタットを失い、ジビエ料理で食べ尽くされるかもしれない。オオカミだって例
外ではない。数百平方キロメートルという大きなナワバリを持つオオカミにとって広大な
森林や草地などの自然域が必要である。こうした地域は真っ先に椅子取りゲームの犠牲に
なる。こうして、地球規模の未曾有の大絶滅が起きる。自然の保全など口にする者など誰
もいない。
地球の限界を人口で換算すれば、どんなに科学技術が進歩しても110億人くらいだろう
という推定がある。高山帯やツンドラまで食糧生産用の耕作地に使えると仮定した場合で
ある。80億人を超えたら、資源争奪で国際紛争が頻発し、先進国も現在の生活水準の維
持が困難になるという予測を聞いたのは十数年前だった。当時の地球人口は60億人。今
や70億人を超えようとしている。先進国の人口は停滞ないし漸減に入った。だが、世界人口は衰えを見せずに増え続けている。ゲームオーバーは目前だ。でも誰もこれに気が付
かない。気がついても知らぬふりだ。椅子の数は減り続け、わずかになった椅子の争奪ゲ
ームは、熾烈を極め、人食いさえ起きる。その様を想像すると身の毛がよだつ。似たよう
な話は昔どこかで何度か起きたことがあると聞いたことがある(ジャレド・ダイアモンド
著「文明の崩壊」草思社)。モアイ像で有名な南太平洋の孤島に孤立したイースター島文
化、陸封されたニューギニアの高地民族文化、それにメキシコのユカタン半島に栄えたマ
ヤ文明などの末路である。
失業対策で経済成長だけを唱えて、いつまでも椅子とりゲームを続けるわけにはいかな
い。このゲームは、結局、弱肉強食、強者支配の格差社会を発展させ、地球を破綻させる
だけである。人間の真の「幸せ」には通じない。ゲーム回避のためには、社会経済の仕組
みの変革は必然であり、それは今世紀末までに起きる可能性があるとは、フランスの思想
家、フランス大統領顧問のジャック・アタリの言である。本当にそれは起きるのか。それ
はどのようなものなのか。はたしてゲームは終わるのか。それが本当なら、オオカミが生
きる自然生態系にとっても黎明であろう。結局、これ以外に人類の幸せはない。
(2013年1月5日記:狼花亭)

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