オオカミ生態情報: ハイイロオオカミのパック(家族群)の構成頭数とパックテリトリーの面積

 
 日本で絶滅したままになっているハイイロオオカミ(Canis lupus:略称オオカミ)の復活を考えるにあたって、そのパック(家族群)の構成頭数とパックテリトリーの面積は大切です。日本にオオカミを再導入したら、どこに何頭のオオカミが生息できるのだろうかという疑問は誰もが知りたいところです。

 最近の某大学教授のオオカミ講演で、現在の日本のシカの激増を抑えるのには26,000頭が必要とのこと。幸いに日本の森林にはこれらの多数のオオカミがギリギリ生息可能であるとのこと。これには仰天してしましました。こんなことだから、「300万頭以上もいる鹿をオオカミで減らそうとしたら、いったい何万頭のオオカミが必要になるかを想像してほしい。数万頭のオオカミが日本の山野を駆け巡る光景なんか、絶対に見たくない」(山田健 2015)*といった間違った思い込みの愚論になるのです。ところで問題の教授が計算根拠としたパックテリトリーの面積は50~100㎢、パックの構成頭数は10頭なのですが、どこからこんな数値が出てきたのでしょう。これは適正とはいえない数値です。ですから、この推定を真に受けることはできません。この教授のオオカミ情報は十分ではないのです。オオカミのパック構成頭数とパックテリトリーについて専門家の間で妥当と考えられている数値に基づけば、日本列島におけるオオカミの生息頭数は5,000~10,000頭となることがわかります。2016年時点のシカの推定生息頭数約400万頭、ほぼ同数のイノシシの頭数と比べたら、本当にわずかな数値です。野山でオオカミを目にしたり出会ったりするのは滅多にないことでしょう。それでなくともオオカミは、オオカミは臆病で人を恐れ、人を避けているので、滅多に人目に触れることはありません。ありそうもない過大な推定値で、何も知らない人たちをやたらに怖がらせないでほしいものです。
日本でオオカミの復活に関する合意を得るためには、正しい情報に基づいた判断が必要です。

《オオカミのパックの構成頭数》

 オオカミは、オスとメス、それぞれ1頭でつがい(ペア、pair)を作ります。そして冬の間に交尾し、春に出産します。オオカミのその年生まれの子供はパプ(pup)と呼ばれます。一度に1頭のメスが生むパプは最多で8頭、通常は4,5頭です。この一腹産仔数は栄養状態(獲物の頭数)に影響されます。パプは初めての冬を越す間に半数くらいが死亡するのが普通です。3歳を過ぎると子供たちは親のパックを離れ、自分のテリトリーと連れ合いを探す旅(ディスパーザル)に出ます。ディスパーザルの距離は通常は数百キロメートル、長いものになると半年で1,500㎞以上にもなります。
 パックの構成頭数は、餌となる動物の体の大きさやその生息密度によって変化します。普通は、エルクやアカシカ、バイソンのような大きな獲物を追っているパックほど大きいのが普通です。反対に、ミュールジカや二ホンジカのようなあまり大きくない、小型のシカ類を追うパックの構成頭数は小さくなる傾向があります。
 トナカイ、ドールシープ、ヘラジカを追うアラスカのデナリのオオカミの秋(1986-1993)のパックの平均構成頭数は、4.3-13.3頭(2.0-14.3頭)でした(Mech et al. 1998)。
 冬季エルクを主に狩っているイエローストーン国立公園のオオカミでは、パック構成頭数は2頭から11頭と記録されています(Yellowstone Resources and Issues Handbook 2014)。同じくイエローストーンの中のマジソン源流域のエルクとバイソンを追う群れは、1996年から2006年の調査では、年によって群れの大きさは大きく変動しますが、最小が5頭、最大22頭と報告されています(Smith et al. 2009)。
 一方、比較的小型のオジロジカを追っている五大湖西岸地方、ミシガン州のオオカミのパック構成頭数は3.0-4.6頭(1999~2006)(Beyer Jr. et al. 2009)、ウィスコンシン州の1980年から2007年の記録では、平均で2.8-5.2頭、最大は12頭となっています(Wydeven et al. 2009)。パック構成頭数は、イエローストーンのオオカミと比べてはるかに小さいことがわかります。

《オオカミのパックテリトリーの面積》

 オオカミのパックは広大なテリトリーを形成します。十分な獲物と好適な繁殖の場を確保するためです。そのため、吠え声や排尿によるマーキング、攻撃行動によって、自分たちの群れのテリトリーに仲間以外のオオカミが侵入するのを許しません。侵入者は徹底的に攻撃され、命を落とすことも珍しくありません。このため、オオカミの死亡の第一がオオカミ間の争いが原因であることが報告されています(Smith et al. 2009)。このようにテリトリーは厳格にキープされるので、オオカミたちは戦いによるリスクを避けるために、パックテリトリーが重ならないように、それらの間隔を開ける傾向があります。このテリトリーの間の空いた地域はバッファーエリア(緩衝地帯)と呼ばれ、地域面積の20-40%を占めることが今では一般的に知られています。しかし、地域によっては必ずしもテリトリーが重ならないというわけではなく、イエローストーンのマジソン源流部では、冬季、テリトリーの重複がかなり見られます(Smith et al. 2009)。また、分散個体などによる形成過程のテリトリーは隣接テリトリーとしばしば重複することが知られています。オオカミたちはパックテリトリーの中で狩りをして食料を得なければなりませんので、その中にいる獲物の生息数や大きさでテリトリー面積が影響されます(もちろん、これだけではありませんが)。獲物が少ない場合には、テリトリーの面積は大きくなり、反対に獲物が多い場合にはテリトリー面積は小さくなります。しかし、それが限りなく小さくなるというわけではなく、下限があることが知られています。小さくなりすぎると隣同士のパックのオオカミが出会うことが多くなり、争いのリスクが増すのである程度の面積をキープすることが必要だからだろうと考えられています。
 イエローストーンのマジソン源流部での5パックの冬季のテリトリー面積は平均246㎢、最小107㎢、最大382㎢と記録されています(Smith et al. 2009)。一方、五大湖西岸地方のウイスコンシン州では、平均180㎢(±85SD)(1981-1990)、165㎢(±94SD)(1991-2000)、136㎢(±67SD)(2001-2006)となっていて、年とともに減少傾向があるようです(Wydeven et al. 2009)。これはオオカミが増えるにつれて生息密度が高くなるからだろうと考えられています。
 トナカイ(成オス160 – 180 kg、成メス 80 – 120 kg)、ヘラジカ(成オス 380 – 700 kg 成メス 200 – 360 kg)、ドールシープ(成雄120㎏、成メス70㎏)を狩るアラスカのデナリのオオカミのパック33のテリトリーの平均面積は88-2,560㎢(80-6,272㎢)と桁外れに広大なのは、トナカイなどの獲物が広大な地域を季節的に移動し、オオカミがこれを追って移動するからなのです(Mech et al. 1998) 。

《日本での再導入を考えた場合》

 日本に再導入によって復活するオオカミのパック構成頭数とテリトリーの大きさを想定する場合、紹介した3地域(イエローストーン、五大湖西岸地方、アラスカ・デナリ)のうちのどれが一番当てはまりそうかということがポイントになります。日本でオオカミが主要な獲物とするのは、現在増えすぎと考えられている二ホンジカ、二ホンイノシシの2種だろうと思われます。二ホンジカの体重は、本州以南のものはオスで体重60-70㎏、メスで50㎏台、北海道のエゾシカではオス90-140kg、メス70-100kgです。二ホンイノシシは100㎏前後ですから、主要な獲物の大きさを基準にする場合、本州以南の推定には五大湖西岸地方のオオカミのパックとテリトリーが参考になると考えられます。 すなわち、日本ではオオカミのパックの構成頭数は2.8-5.2頭、中間値を採ると4頭、パックテリトリーの面積は100-300㎢、中間を採って200㎢とすることが考えられます。イエローストーンのものもアラスカのデナリのものも、日本と比べて獲物の大きさが違いすぎるし、それらの社会生態も異なる点がありますから、本州以南への適用は無理が大きいと考えられます。しかし、北海道や本州でも、積雪によって季節的移動が認められる地域には、デナリやイエローストーンが参考になるかもしれません。
 五大湖西岸地方のものを基準にして日本でのオオカミの生息頭数について見当をつけるならば次のようになります。日本の森林面積は約25万㎢。森林ならばオオカミが生息可能と仮定して、生息可能最大パック数と最大生息可能頭数を求めると、250,000÷100=2,500パック、2,500×5.2=13,000頭となります。最小は、250,000÷300=833パック、838×2.8=2,346頭となります。日本の森林地帯で生息可能なオオカミのパック数は838~2,500、生息頭数は2,346~13,000、生息密度は、0.009-0.052/㎢と計算されます。これらのオオカミの生息頭数および密度は、現在増えすぎのシカの生息頭数約400万頭、生息密度も数十頭/㎢に達している地域が普通である状況と比べると極めて小さな値であることがわかります。これはあくまでも見当をつける上での試算ですから、再導入計画を厳密に策定するにあたっては、地方別にさらにいろいろな要因を加味して詳細に検討することが必要です。
 これは現在のシカやイノシシの個体数調整を行う際に再導入するオオカミの頭数ではありません。北海道、本州、四国、九州といった本島4頭の各所に適当数が放獣されるとしても数千頭ということにはならないでしょう。もっとわずかな個体数でよいと考えられます。オオカミは繁殖力が強いので、獲物が豊富で食べ物が不足しなければ、すぐに増加し、次々と分布を広げるからです。オオカミ再導入が行われた北部ロッキーでの放獣数は60頭余に過ぎず、10年余で1,500頭以上に増加しています。ここで行った試算は極めて簡単なものですが、それでも「数万頭のオオカミが日本の山野を駆け巡る光景なんか、絶対に見たくない。オオカミの主食は、通常、もっと小型の動物なのだ。オオカミなんかを放ったら、・・・鹿のおかげでそれでなくとも激減しているウサギやネズミは真っ先にトドメを刺されてしまうだろう」(山田2015)とか、「日本の増えすぎたシカを減らすためには26,000頭のオオカミの生息が必要で、かろうじて日本の森林地帯はこれを収容することができる。オオカミにリスクを感じるとしても、登山にはリスクがつきもので、そうした緊張感があってこそのものなのだ」(日本山岳会2017年3月11日某私大教授講演)といった話は、事実とは大きく異なることがわかるでしょう。そして、もちろん山登りやトレッキングに際してオオカミをリスクとして恐れたり緊張したりする必要性がないことはもちろんです。オオカミはもともと臆病者で人を恐れ、人目を避ける習性を持った動物なのですから。

(狼花亭)

引用文献

Mech, L.D., L.G. Adams, T.J. Meier, J.W. Burch, and B.W. Dale (1998) The Wolves of Denali. University of Minnesota Press, pp.227.

Smith, D.W., D.R. Stahler, and M.S. Becker (2009) Wolf recolonization of the Madison Headwaters area in Yellowstone. Garrott., P.J. White, and F. Watson eds. ‘The Eco,logy of Large Mammals in Central Yellowstone.’ Elsevir, 283-303.

Beyer Jr.,D.E., R.O. Peterson, J.A. Vucetich, and J.H. Hammill (2009) Wolf population changes in Michigan. A.P. Wydeven, T.R. Van Deelen, and E.J. Heske eds. ‘Recovery of Grey Wolves in the Great Lakes Region of the United States’, Springer 65-86.

Wydeven, A.P., J.E. Wiedenhoeft, R.N. Shultz, R.P. Thiel, R.L. Jurewicz, B.E. Kohn, and T.R. Van Deelen (2009) History, population growth, and management of wolves in Wisconsin. A.P. Wydeven, T.R. Van Deelen, and E.J. Heske eds. ‘Recovery of Grey Wolves in the Great Lakes Region of the United States’, Springer 87-106.

山田健(2015)「オオカミがいないと、なぜウサギが滅びるのか」集英社インターナショナル
⇒表題と実際の内容はまるで異なり、出版道徳に反する偽称本です。オオカミ復活については思い付きの偏見しか書かれていませんし、オオカミについて記されているページはごくわずか、1ページにすぎません。何かを期待しての購読は慎重に!

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