コラム●森・生物・ヒト « 一般社団法人日本オオカミ協会

‘コラム●森・生物・ヒト’ カテゴリーのアーカイブ

櫛形山 – シカの食害で崩壊した植生

2012 年 8 月 11 日 土曜日

8月6日(月)雨のち曇り

池の平茶屋登山口までの林道が一部改修工事のため、駐車場手前1.5kmの臨時駐車場に車を止めて、重機が唸る林道を歩くことになったが、作業の人は親切で仕事を止めて私たちを通してくれた。

この山の名は、女性の櫛を伏せた形に似ているためというが、雨天のために見られなかった。臨時駐車場は標高約1800m、最高点の櫛形山は2053m、裸山2003m、アヤメ平が1900m。平坦な往復約10kmのコースである。

登山口周辺で目に入ったのはマルバタケフキ。田中澄江の花の100名山の一つだが、登山道に入っても、目に入るのはシカが嫌う橙色のこの花ばかりで、所々にシモツケソウがあった。山頂への道は静かで荒れていない。大きなダケカンバ、ツガのある幽玄な霧と雨の中の原生林でサルオガセが絡まる木々が神秘的な感じだ。2頭のシカ以外1日誰とも合わず、ホトトギス、ウグイスの鳴き声を聞いた。しかし、足元の下層植生はほとんど消滅した場所や、ササやシダの群落が完全に枯れた跡、樹皮を剥かれたり、傷つけられた木々が散見される。下層に若い木が育たず命の再生がないゆっくり死に至る森であることを知ると悲しい。

ところで、国土地理院の地形図には2051.7mの三角点があるところに櫛形山と記されているが、狭い山頂には山名の表示はなく、約500m北に櫛形山2053mの標柱が立っている。この付近から一帯がアヤメの群生が有名だったのだろうが、今は、ただの草原で部分的にシカ防護柵が設置され、その中で植生の回復が試みられ、何色もの花が咲くが、一度乾燥した土壌に湿性のアヤメが復活するのは大変時間がかかるのではないだろうか。

往路を下り、平林の集落まで林道をドライブ中、サルが道を横切った。集落で登り窯がある工房を見かけて訪ねてみた。会話の中で「オオカミの導入を進める会の会員で・・・」と言うと、「サル、シカの被害が酷く、早くオオカミの復活を実現して欲しい」と激励された。

(参加者)井上守、ほか1名

(参考タイム)臨時駐車場09:15〜池の平登山口10:00〜櫛形山11:00〜アヤメ平11:40〜裸山12:00〜(往路下山)登山口15:00

10年前のアヤメ平

10年前のアヤメ平



現在のアヤメ平

現在のアヤメ平



 

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研究の貧困:わからないことが多いイノシシの生態

2012 年 7 月 17 日 火曜日

根菜好きの穴掘り名人

ノネコ(人とは関係なく野生で繁殖を繰り返しているネコのこと)が居ついている森の中の一軒家の夜、時折、なんだか騒々しい。ノネコたちが騒いでいるのだ。暗くてよく見えないが、連中は森の方が気になっているようだ。翌朝、調べてみたら、森の縁のドクダミの群落が掘り返されている。ちょうど白い花をつけてそれなりに綺麗だったのに、もうめちゃくちゃだ。犯人は明らかにイノシシである。一、二頭の仕業である。ノネコたちがデッキで大騒ぎする夜はイノシシのお出ましに決まっている。実はイノシシが出てくるのは夜とは限らない。昼間でも出て来る。鼻をスコップ代わりに使って数時間かけてせっせと食事を楽しんだ様子が目に浮かぶ。狙いはドクダミの太くて白くておいしそうな根。昨年もやられた。根には澱粉などの栄養分が多いのである。

イノシシの好物は少なくない。ヤブラン、クズ、ヤマイモ、ユリ類、アシタバ、アザミの根もそうだ。ススキの根も含まれる。外来種のタカサゴユリは食べないのかと思ったら大間違い。3年ほど経って根が太ったころを見計らって掘り上げる。このユリは無数の種子を飛散させ、発芽率が高いので、いくら食べられても消えてしまうことはない。在来のオニユリ、スカシユリ、ササユリの類は、イノシシが近づけない崖地以外に残存するものを除いてもう見られない。庭のダリアすら食べてしまう。十数年前だったが、ヤーコンの栽培を始めた人がいた。数年は被害がなかった。これはよい具合だと隣人も私も喜んだのだが、やはりやられた。イノシシは気がついたのだ。彼らは、人が食べるものだったら大体のものは食べる。サツマイモ、サトイモなどのイモ類、ミカン、クリなどの果実はもちろんである。シイやコナラの実が好物なのは当然だ。落ち葉の下の隠れているものは、翌年の夏くらいまで見つけては食べている。とにかく、イノシシが棲んでいる地域の地面は、穴だらけでボコボコである。町役場は、道路の路肩が掘り崩されるので困っている。

地下の貯蔵器官を発達させていても、連中が食べない植物もある。野生のものではスイセン、ヒガンバナ、キツネノカミソリ、ヒメヒオウギスイセン。庭の栽培種ではカンナ、ウコン、ミョウガ、ハナミョウガ、ショウガなどである。畝の周りにウコンを植えておいたサトイモは連中に見つからずに無事であった。でも今年はどうかはわからない。

 生態系の中でのイノシシの役割は?

イノシシが農業害獣であり、農業者の敵であることはいまさら説明する必要もないことだ。でも自然生態系の中ではどうなのだろうか。シカのように多すぎればやはり害獣か? そもそもイノシシが多すぎるという生息密度とは? この疑問に答えてくれる調査報告を見たことがない。シカは全国で2011年現在200万頭と推定されているのだが、イノシシについては知られていない。イノシシ研究者に聞くと「わからない」とにべも無い。その推定方法がわからないからだという。自然生態系での彼らの役割についても研究者はわからないと言うだろう。これについての研究が行われていないからだ。研究者の興味を引かないからか。そうではなさそうだ。素人がちょっと考えても面白そうだ。

クズやアケビなどのつる植物が絡みあい、滅茶苦茶にはびこった谷地があちらこちらで目に付く。背の高い草本や潅木は重さに耐え切れずに押しつぶされている場所も珍しくない。このような場所には薄気味悪くて足を踏み入れる気にならない。好奇心に駆られて恐る恐る覗いてみると、意外なことに藪の内部はがらんどうのことが多い。暗すぎて植物が生育できないのである。生物多様性が下がっているのだ。シカがつる植物の葉や茎を食べ、イノシシが地下茎を掘り起こして食べるのは、こうした植物の勢いを削ぎ、光を呼び込んでいろいろな植物が繁殖できるようにバランスをとる効果を持っているようにみえる。

森林の内外で見かけるイノシシが掘り起こした穴は、植物の地下の栄養分の貯蔵器官の大きさと形状によっていろいろである。大きな穴は、深さ100cm、長さ150cm、幅100cmにもなる。しかも、漬物石よりも大きな石がいくつも掘り起こされて周囲に弾き飛ばされていたりする。大変なパワーだ。しばらくすると、穴には落ち葉がたまる。天然の堆肥場である。ミミズやムカデ、菌類などいろいろな土壌生物が集まってきて、せっせとこれらの遺骸を分解し、栄養分に富んだ腐葉土を製造する。そのうち、草木の種子が飛来したり、転がり落ちたりして、芽を出し、伸び始める。

穴ではないが、林の地面を見ると、鍬で浅く掘り起こしたような、落葉落枝を掻き退けた痕があちらこちらにある。まるで家庭菜園みたいに見える。イノシシの仕業と見当がつく。ミミズやドングリが目当てだが、結果的には畑を耕しているように見える。朽ちた倒木も例外ではない。中に潜んでいる甲虫の幼虫やミミズを食べるために、ひっくり返され、突き崩され、分解が促進される。大きな倒木はアリの巣があるのが普通である。イノシシはこれも見逃さない。突き崩して巣を破壊し、卵や幼虫を舐める。

こうして、イノシシが頑張るほど、土壌の通気性がよくなり、微生物をはじめとした土壌生物の活性が高くなり、有機物の分解が進み、土壌の肥沃度があがることが期待できそうである。イノシシが食べるものは草本が多い。木本はあるのだろうか。とすると、イノシシが地面を掻き回せば掻き回すほど草本が減り木本が増えてくるということにはならないのだろうか。とすれば、イノシシは生態遷移の移行を早めているのかもしれない。これは想像に過ぎない。実証的な研究が欲しいものだ。

イノシシは通常、農作物の害獣としか考えられてこなかったようだが、このように見てくると、普段はさっぱりわからなかった、森林生態系の中でのイノシシの役割が見えてこようというものである。面白そうなテーマだが、これに取り組んだ生態学の研究報告は見たことがない。イノシシの研究者がいないわけではないのに、誰もこれに取り組んでいないのは不思議だ。どれも目先の被害防除に関するものだけで夢がない。薄っぺらで中身に欠ける。

渡り研究者に夢はない

ところでイノシシ研究で不思議に感じることがある。研究者もそこそこにいて比較的研究が進んでいるシカやニホンザル、カモシカと比べて、イノシシの場合は、農業被害が騒がれているわりには、その社会や生態については殆どわかっていない。生息密度を調べる方法すらない。シカの生息頭数は、精度はさておいて、具体的な数値が示される。しかし、イノシシについては何もない。何を食べているのかもわかっているとはいいがたい。知られているのは、農作物の被害量と被害額、それに捕獲技術と捕獲頭数だけである。イノシシ研究者はいないわけではない。研究者はまるで不足していて、数の少ない彼らはこれまでのところ行政の試験研究機関に偏っている。わが国の野生獣類の生態学的研究の歴史が浅く、大学に彼らのポストが用意されてこなかったからということも理由のひとつである。

行政はせっかちである。行政の関心事は、目先の被害問題に直結していることである。だから、被害防除以外は研究課題に取り上げることができない。すぐに成果を出さないとポストも研究費も与えてもらえない。短期勝負だからよい成果など生まれるわけがない。同時に、行政の研究機関では、農業者相手に被害防除に関する講習も強いられる。たいした研究成果もないのだから、役に立つ講習などできるわけがない。

こうして、イノシシ研究者は、見通しもないままに調査だけはし続ける。そして年度末には報告者だけは印刷される。研究者は自分の意志ではなく、行政に強いられているという面が強いからだ。その結果は、殆ど役立たずだが、行政はそれでよいとする。行政は優れた成果など出なくてもよいのである。予算が計画通りに消化され、形どおりの報告書が積まれれば満足なのである。そして、数年たって研究者の雇用契約期間が過ぎる。専門教育を受け、博士号まで持った彼らが、非常勤だなど信じられるだろうか。でも、そうなのである。不幸にして再契約が叶わなかった研究者は別の職場を探して移動する。たとえば、「県から県へ」である。見つからなかったら浪人暮らしだ。こうして彼らは流浪の生活を続けることになる。生活の糧を探すのに汲々している「渡り研究者」に夢はない。あるとしたら、それは安心して生計が保障される常勤ポストを得ることだ。

 頼りない即席研究

行政による即席研究の代表的な結果をいくつか紹介しよう。第一に、イノシシ除けの柵の作り方、イノシシを寄せ付けない環境つくりだとかといったお手軽提案である。隠れ場所をなくせばイノシシは寄り付かないという前提で、耕作放棄地を減らそうとか、耕作地の周りの藪を駆り払って見通しをよくしようと提案する。人口減少、高齢化によって、耕作放棄地が増え、手間のかかる刈り払いに人手がないから藪が増えているのだという実態は殆ど忘れられている。それなら、牛や羊を放牧し、家畜に草を食べさせれば一石二鳥だと推奨する。イノシシが姿を見せないと、すぐに発表して成果を誇る。しかし、これは、ぬか喜びのことが多い。頭がよくて慎重なイノシシは、新しい環境を警戒して出てくるのを控えているだけのことなのだ。彼らはしっかり観察しているのである。そのうち慣れて姿を現すのは言うまでもない。

開けた谷の田んぼの間を走る県道を夜間、車で通るといつもイノシシに出会う。両側の山の森林まで数百メートルの距離がある。オープンな環境を作れば隠れ場が無くなるからイノシシは出てこないと研究者は言うがあまり信用できない。研究者の言う条件にぴったりなのに、それでもイノシシは出てくる。集落の中のバス道路と300平方メートル弱のバスターミナルを夜間、イノシシはカツカツ、蹄を鳴らして闊歩しているのにたびたびで会う。数百平方メートルの芝生と野菜畑の庭にもイノシシは平気で出てくる。大声を上げても連中は平気だ。大石でも投げつけないと退散しない。

爆裂花火を打てば追い払えると行政の指導員が言っているのを聞いて試してみた。夜間、バンバン何発も打つのは小気味がよい。一週間毎晩続けたが効果はまったくない。家主が寝静まったらいつものように彼らは出てきて庭を荒らして引き上げる。番犬も鎖につながれていれば効果なし。イノシシの家族は、ワンワン吠えまくる犬を横目にそのすぐ傍を悠々と通り抜ける。白昼堂々と出てくることもある。万事このような具合である。

イノシシは、人間以上に、状況を的確に判断しているのである。研究者の言うことは大外れだ。問題はイノシシの慣れである。牛がいようがヤギがいようが慣れてしまえば平気なのだ。人は怖がるが、何もしなければ人がいても頓着なしに出没する。神戸市では、コンビニの前に出てきてお客の手から弁当などの食べ物を奪いとる強盗並みのやつもいるくらいだ。ポーランドでのことだ。バルト海の海水浴場に白昼からお客を尻目にイノシシの家族が出てきて糞や尿を撒き散らし、不衛生だと不評を囲ったという報告を聞いたことがある。藪を駆り払えばイノシシは出てこなくなると教えてくれる研究者は、こうしたことを知っているのだろうか。思い込みに過ぎないように思える。

唯一、確実に効果があるのは、侵入排除柵だけである。ちょっと大変だが、田畑の脇で監視し続ければ万全である。これは、研究者の即席研究とは無関係で、江戸時代以来の伝統的な農民の知恵である。昔は、石垣や土手による猪鹿(シシ)垣であったが、現在はトタンの波板やメッシュ筋を並べたお手軽な柵が主流である。江戸時代の農民は、ご苦労なことに寝ずの番をしていたのである。

確実なのはやはり駆除である。だが、地域ではハンターが減少・高齢化で姿を消した地域も少なくない。ハンターによる駆除限界がある。それではと少し手軽にわなかけを研究者と行政は推奨する。成果が上がっている地域もないではない。しかし、わなをかけるのは地域の高齢農業者である。いつまでこの人たちが活躍できるのだろうか。やはり、イノシシの天敵で頂点捕食者であるオオカミの復活を考えないといけない。イノシシの個体数抑制と個体群の健康維持に関する「オオカミの効果」はポーランドなど東欧でよく知られている。ところが、行政も研究者も申し合わせたようにオオカミについては口をつぐんでいる。オオカミを口にしたときの住民のブーイングを行政も研究者も恐れているのだ。さらに研究者は雇用者である行政に睨まれることを心配する。確かに「オオカミなんか」と非難する住民もいないわけではないが、いまや日々、被害に困っている大部分の住民の気持ちはそうではない。行政も研究者も赤頭巾症候群の罹患者、不勉強の怠け者、信念を欠いた臆病者なのである。

イノシシ研究者を救え!

今のところ、イノシシ研究者や行政の指導はまるで当てにならないのだが、彼らはわかったような顔をして農業者相手に講習会を繰り返す。農業者の方がよくわかっていたりするのだが。あるいは、彼ら自身、彼らの無能さをよくわかっているのかもしれない。しかし、行政に命じられれば、彼らは従わざるを得ない。彼らから、これを取り上げたら仕事がなくなってしまう。

真に信頼できる情報を伝えられないのはどうしてか? その理由は簡単である。本腰を入れた息の長い社会生態学的な研究に取り組もうとしても、行政がそうした研究を好まないからである。大学などの本格的な研究機関に、イノシシ研究者がじっくり研究に取り組めるポストがあれば別であろうが。

繰り返すが、イノシシ研究は、国や県の行政の試験研究機関で行われてきた。すでに指摘したように、こうした機関でのイノシシ研究者の待遇は相変わらず悪い。定員も予算も限られている上に、数年間といった非常勤の契約ポストである。博士号を取得した研究者でも常勤ポストが得られないのである。こんな待遇で彼らに、目先の被害防除試験だけでなく、本格的に掘り下げた研究成果を求めるのは無理というものだ。深く同情したい。最近、二三の大学で里山研究がらみでいくつかのポストが用意されたが、これも数年間の契約研究員で身分保障がない。契約期間が終わったらポイ捨てになる可能性が小さくない。こうしたポイ捨て体制は、小泉・竹中体制以来の過激な競争原理導入の合理化病の影響である。競争主義による成果を研究者に強いておきながら、一方で、研究環境、労働環境には徹底してお金を使わない。このままではイノシシも研究者も救われない。研究者の資質もさることながら、自然の中での野生動物相手の研究には時間と忍耐が必要である。野生動物研究に深い理解を示し、研究環境を改善すべきである。研究ポストを格段に増やすべきである。文科省、環境省、農水省など政府に努力を期待したい。赤字減らしは必要だ。しかし、それだけが能ではない。国民が創造力を十分に発揮し、生き生きと活動できる環境づくりを進めること。これこそ政治の役割だ。このままでは、日本の生物多様性は守れないし、条件に恵まれない山間地の農業も救えない。(2012年7月15日記   狼花亭)

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森に学ぶ:ノネコを食うものは?

2012 年 6 月 27 日 水曜日

増えることは好いこと?

南伊豆のうっそうと茂るスダジイ林に囲まれた我が家の軒先に寄宿するノネコ10匹(雌4、雄6、全員血縁)の話。主人は、可愛がっているわりには、十分に食べ物を提供しない。ノネコたちの増えすぎと野性喪失を恐れるからである。だから連中はいつも空腹である。そして、蛾やセミ、サワガニ、チョウチョウ、ゴキブリ、ミミズ、ムカデ、野鼠、ヘビ、トカゲなどの爬虫類、小鳥などの野生餌が食べ物の中心である。子猫時代から貧栄養で育ったせいか、体格体重とも飼い猫と比べたらまったく貧相である。昨年、生まれた子猫の中からとりわけ美しい一匹を連れ帰って飼っている水道屋のお兄さんが一年ぶりに訪ねてきて、うちのノネコたちを見て仰天した。「エッ! この連中、うちのネコの兄弟ですか。ちいさいなー。半分くらいではないですか。別の種類かと思ってしまった。」

そうなのである。野生では栄養状態で体つきが違ってくる。とりわけ成長段階での貧栄養は体の大きさに影響する。成長してからいくら食べてもチビはチビのままである。森を食い尽くしたシカたちは、減る前に、小型化して高い生息密度を保とうとする。通常の3分の2くらいまで小型化するのは普通のことだ。ノネコも例外ではない。体の大きさや形態に頼っていた昔の分類学者が細分しすぎて分類に失敗した原因はこんなところにあったのである。数少ない標本に頼っての分類は細分主義の間違いに陥る危険性がとりわけ大きい。絶滅した日本産のハイイロオオカミを独立種とした分類は、そうした細分主義のハイリスクの典型例であろう。現在、DNA分析によって過去の細分化しすぎた分類群を再統合するケースが多いのはこうした事情によるのであろう。野生状態では、食料資源が少なくなったら、少数の強い者がそれを独占して立派な体格を維持するよりも、仲良く分け合って、チビでもよいから個体数を増やす方を戦略的に選択するらしい。数が多ければ多いほど、周囲に散らばっていって、運よく餌などの好適環境に遭遇し、繁殖してもっと増えるチャンスが大きくなる。数がわずかだと失敗は許されない。数が少ない分、集団として生き延びる可能性が小さくなるのだ。

このちびネコたちは、貧栄養にもかかわらず、生殖活動は一人前である。季節になると、どこやらともなくプロポーズにやってくる雄ネコの中にお気に入りを見つけると、早速、お尻を振り振り、艶かしい仕草で近づいて、挙句には、一匹だけ仲間から離れて一時の秘事を楽しむ。結末は妊娠。こうして、まだ暖かいとは言えない春早く、二匹が軒下の蜜柑箱の中で合計11匹の子猫を出産した。食べ物も十分に提供しない薄情者の主人でも子猫はかわいいのだが、内心は不安である。子猫たちが揃って成人するのはまことに目出度い。だが、今の10匹に子猫11匹が加わったら合計21匹になってしまうではないか。これでは森の中の猫屋敷になってしまう。妻は、毎朝、はるか下の町道にあるポストに新聞を取りに通うのだが、ノネコたちは尻尾を立てて尻を振りつつ満足げに彼女に従う。妻も上機嫌である。これはこれでほほえましいのだが、冷めている私としては、どうしても増えすぎの弊害を考えてしまう。今年の秋に雌猫はまた妊娠する。そして子猫が生まれる。雄猫はいずれ出て行くとして雌は残る。20匹が30匹?ウーム、猫算なんて聞いたこともないが、どうも現実になりそうな感じがする。ノネコ集団にとっても増えることは良いことなのだ。これは一見理にかなっているように見える。しかし、である。

 

増えすぎが心配

増えることは、いつもよいことなのだろうか。この連中が周りの森を徘徊して空腹を満たすために手当たり次第に狩りをし始めたら、森の生き物たちはどうなるのだろうか。せっせとアカネズミだのヒミズだのと小哺乳類を捕食する。ヤマカガシやマムシ、アオダイショウといった爬虫類も例外でない。最近、カナヘビやトカゲの数もめっきり減った。そういえば、以前は家の脇で鳴いていたフクロウの声が遠のいたような気がする。地上で営巣するフクロウにとって捕食者としてのノネコは脅威に違いない。それに同じような餌を食べている。食物をめぐる競争者でもあるのだ。ノネコが増える分、フクロウのような競争者や餌になる被食者の数は減ってしまう。絶滅する種が出てきても不思議ではない。これは生物多様性の低下につながってしまうではないか。そもそも、ノネコは日本の自然生態系の構成者ではないのだ。彼らは紛れもなく外来種なのである。昔、こう考えて野良猫やノネコの存在に警鐘を鳴らしたら、愛猫家から物凄く抗議されて閉口したことがある。愛猫家には愛猫しか目に入っていないのだから始末が悪い。昔、タスマニア島のクリフトン岬でハシボソミズナギドリという海鳥のコロニーを調査していたことがある。ある夜、数百羽の雛が穴の中で咬み殺されているのを見つけた。ノネコのしわざであった。日本では、強力な捕食性哺乳類がいない離島でしか大規模な海鳥のコロニーが見られないのは、こうした捕食者の存在が原因ではないかと思う。

ノネコも増えすぎることなく、生態系の中に収まっているのなら問題はない。ノネコの自然界での頭数調節はどうなっているのだと毎日気にかけているうちに思いがけない事件が起きた。

 

子猫殺し:犯人はネコ

子猫誕生から約1ヶ月が経過し、彼らの運動能力が発達し、蜜柑箱から勝手気ままに飛び出して走り回るようになったある夜、凄まじい呻き声と叫び声が立て続けに聞こえた。スワッと飛び出したところ、居候のノネコたちよりも一回り大きい、尾の長い白猫が子猫を咥えて走り去るのが夜目にもみえた。居候猫たちはなす術もなく揃ってじっと見つめている。箱の中から子猫のミーミー、か細い泣き声がする。見ると子猫4匹が死んでいる。泣いているのは肩を噛まれて前足が動かない一匹の子猫である。殺された子猫はどれも正確に首筋を噛まれている。結局、無傷で残った子猫は5匹であった。翌晩も白猫が来襲し、前の晩に手傷を負っていた子猫を咥えて去った。足が動かなくなった子猫をどうして救ったらよいか思案していたのだが、この事件で私たちの動物愛護的心配は消滅した。

白猫は翌々日もやってきた。夜間だけでなく日中も襲撃が繰り返された。そして、とうとう二匹の子猫を残すだけになった。居候の10匹の成猫は、揃いも揃って、この一匹の白猫に歯が立たなかったのだ。野生では体の大小と気性の激しさがものをいうようだ。6月1日、家主の私たち夫婦は、残った二匹の子猫を気遣いながら、後ろ髪を引かれる思いで旅に出た。10日後の朝帰宅。心配どおりに、最後の二匹の子猫の姿はなかった。その後も何度か白猫は襲ってきた。子を亡くした母猫は猛烈に戦い、腹部と後脚の皮膚が剥がれ、見るも無残な手傷を負った。傷口にはマダニが何匹も食いついている。これも食物連鎖の一端に違いない。驚いたことには、この深手の傷は半月足らずで目立たなくなった。野性は強い。傷口をぺろぺろ舐めて唾液の「猫石鹸」で消毒して化膿を防ぎ、自力で回復するのである。しかし、猫の舌の猫ダワシにもめげずにマダニどもは食らいついたままだ。でも心配は要らない。彼らは腹いっぱい血を吸ったら、勝手に地面に落ちるのだ。白猫は子猫が全滅したのがわかったのか、その後、連日の出現は途絶えた。しかし、不定期に出現し、その度に居候グループは逃げ回っている。

結局、11匹の子猫はすべてこの白猫に捕食されたのである。ネコの増えすぎに関する私の心配は、今回は取り越し苦労に終わった。周辺の森林に棲息する生物たちへのネコによる捕食圧の増大はかろうじて抑制されたことになる。

 

子殺しの意味は?

問題は白猫である。猫は股間の睾丸がよく見えるのでオスだとすぐにわかる。このオス猫の襲撃は偶然だったのだろうか、タイミングを計ってのことだったのだろうか。以前、タヌキに襲われたときも、子猫の運動能力が発達し、ミーミー鳴き始め、箱から自由に出入りができるようなった生後1ヶ月経ってからのことである。この頃になると、子猫の排泄物は親が食べるだけでなく、自力でするようになり、親は片付け切れなくなる。その臭気が白猫を誘引したのかもしれない。同時に、仔猫の鳴き声も大きくなるので、これも原因かもしれない。

雄ネコによる子猫殺しについては話に聞いていたが、実際に遭遇したのは今回が初めてである。どうして雄ネコは同種の子猫を捕食するのだろうか。

社会生態学的に考えられるひとつの理由は、単純に食物確保が目的であり、食物が不足がちの環境では子殺しはイージーな食物確保の手段なのかもしれない。多くの動物種で見られることである。もうひとつは、オスによる交尾のためのメスの確保である。子供を殺されたメスは発情が早まり、オスの欲望を達成しやすくなるという考え方である。さらには、自分の遺伝子を確実に残すために、他のオスの遺伝子の入った個体を消去するためとの説明もある。いずれにせよ、こうした子殺しはネコだけでなく、トラの社会でも認められるという話を聞いたことがある。インドに生息するハヌマンラングールというサルでも同様の子殺しがあるという。

我が家のノネコの場合、生態学的には個体数コントロールを自己調節的に行うことを通じて環境との均衡を図るという点で意味があるのかもしれない。今回は成功してはいないが、交尾相手も入手できるとなると、暴力的なオスにとっては一石二鳥の行動であるともいえる。

いずれにせよ、今回の事件で個体数の増加は阻止された。この子殺し(種内捕食とでも言おうか)が偶然の出来事ではなく、ネコ社会に備わった個体数調節システムだとすれば、餌などの資源に直接制約されるのではなく、その前に働く社会内部に備わった自己調節機能が存在する可能性がある。南伊豆の森林には、他の地方よりも多くのノネコが生息しているように感じられるが、大きな増減があるという印象はない。力が弱い子猫を狙う捕食者としては、カラス、タヌキ、キツネが存在することは明らかだが、今回の事件で同族の雄ネコもそうだということがわかった。

捕食だけでなく、伝染病、台風や寒冬なども個体数調節機能の一翼を担っているのであろう。最終的に増えすぎを調節するのは食物の限界があることはもちろんである。動物生態学者は、食物などの資源欠乏を究極要因、捕食や病気、天候などを漸近要因と呼んで整理している。漸近要因で決まる生息密度を社会的飽和密度、究極要因で決まる密度を生存限界密度などと呼んだりもしている。どうやらノネコも例外ではなさそうだ。オオカミも含めて捕食者の社会には例外なく当てはまる自然現象なのであろう。人間が余計な手出しをしない限り、捕食者の増えすぎなどあるわけがないのである。オオカミは、増えすぎのシカを捕食して増え続け、シカを食べきったら、人里に出てきて人を襲わないかと心配する人が少なくないが、自然界ではありそうもない話である。こうした誤解は、私たちが自然から離れて生活し、自然について無知すぎるからなのであろう。これも、受験教育が生態学を軽視してきた「ツケ」のひとつであろうか。ネコも、町の家猫ではなく、森の野生のままに暮らしていれば、私たちの生態学の先生なのである。共食いは野生動物界限定ではない。最近は流行らなくなったが、昔は人間社会でもさまざまな形で当たり前に起きていたのである。最近有名なハーバード大の哲学教授サンデル先生も、人間の共食いを例に引いて「正義」を講義なさっておいでだ。

こんな童話の絵本があった。猫好きのおじいさんが、さびしがっているおばあさんのために、猫を探しに出かけ、いつの間にか100万匹、1千万匹、1兆匹も集めてしまった。そしたら、食べ物がなくなった猫たちは共食いを始めて、結局、残ったのは弱虫の一匹のちび猫だった。おじいさんとおばあさんはこの一匹を大切に育てて、仲良く暮らしたという。ワンダ・ガアクぶん・え、いしいももこやく「100まんびきのねこ」福音館書店(1961)である。ガアクは1928年にこの絵本を作った。福音館本には「読んであげるなら3才から、じぶんで読むなら小学校初級向き」と記されている。こんな童話、子供向きなのだろうか。「哲学するなら大人向き」とでも書き足しておこうか。                                         (2012年6月24日:狼花亭)

 

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鹿の食害を考える ドイツに見るオオカミとの共生

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(動物や自然を守ろう にて)

トカゲ太郎のワンダー・ワールド

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