■■■地方便り■■■ « 一般社団法人日本オオカミ協会

‘■■■地方便り■■■’ カテゴリーのアーカイブ

オオカミ童話の多くは差別的です!

2018 年 3 月 4 日 日曜日

童話ぬいぐるみのオオカミによる劇の上演や、映画の上映会。オオカミを悪者にした防犯劇、お話会、紙芝居等々。年中、様々な場所で行われていますが、それを苦々しく思っている人は多いと思います。しかし子供たちが楽しみにしているイベントなので、クレームを言うのもはばかられ、対応に苦慮していませんか?今回、次のように対処できましたのでお知らせします。

平成30年3月3日にぬいぐるみ劇『3びきのこぶた』が、男女共同参画センターの主催により市民会館で行われます。開催間近でしたが、2月28日に次のクレームと要望を電話で主催者に伝えました。

「私達は、日本の自然を守るためにオオカミの再導入と野生オオカミの復活を目指して活動している団体です。『3びきのこぶた』『7ひきのこやぎ』『赤ずきんちゃん』等の童話によって、オオカミが悪い動物として子供たちに強く刷り込まれ、運動の大きな妨げになっています。これらの童話に書かれているのは、誤解、偏見、いじめ、そして差別的です。この様な作品は上演しないでほしい。

もし、今回上演されるのであれば、私達が本当のオオカミの姿を伝えるために作成したリーフレットを来場者に配布してほしい」。

これに対し「今後、該当する作品を上演しない。リーフレット配布は、内容の確認と配布の準備があり今回は間に合わない」との回答が、後刻ありました。「今後当方のリーフレットを会館に配架してほしい」と要望し、了解されましたので郵送しました。ご理解をいただき感謝しています。

『いじめと差別』という言葉で当方の要望を伝えることができたと思います。是非、お試しいただくとともに、モグラたたきではないより組織的な対応ができないものか皆さんの知恵を求めています。これらの童話が元気でいる限り、オオカミ復活による日本の自然再生実現の大きな障害となります。遠慮せずに絶滅させましょう。

 

(日本オオカミ協会理事 井上守)

コメントは受け付けていません。

日米オオカミふぉーらむ山梨2018

2018 年 2 月 21 日 水曜日


イエローストーンの自然の回復は自然の奇跡:鍵は絶滅オオカミの再導入‼
「甲斐の山と里を救うのはオオカミ!オオカミは人食いではありません」
「オオカミは外来種ではありません。日本の生態系と生物多様性の守り手です」


富士山

富士山


世界遺産富士山を守るのはダレ?
お花畑を食い荒らされた南ア櫛形山を守るのはダレ?
ライチョウを守るのはダレ?
シカ、イノシシ、サルなど野生動物が増え続けています!
決め手は生態系の修復:絶滅させたオオカミの再導入!
オオカミを呼び戻すこと(再導入)を提案します‼


 山梨県は山と森の国。最近、この広大な山地では、シカ、イノシシ、サルなどが増えすぎ、天然林、人工林を問わず、多様な森林やお花畑などの草原を破壊し続けています。植生を剥ぎとられて荒れた山肌からは栄養豊かな土壌が流失し、山腹の崩壊さえ始まっています。流出土砂は湖沼や河川を濁したり埋めたりして、災害の原因となっています。生態系の植生などの生物部分の回復は可能としても、非生物部分(地形、地質)の崩壊は元に戻すことはできません。シカを減らすことは急がれます。

 さらに、これらの増えすぎた動物たちは、人里に向かって生息域を拡大し、果樹園、菜園などの農地や住宅地にまで侵入し、被害を及ぼしています。人身事故、自動車事故も珍しくなくなりました。私たちが取り組んでいる自然を含む共生社会の実現には、この日常化した獣害問題を避けては通れません。

今行われている、増え過ぎ獣のコントロール対策は、専ら狩猟の強化が頼りです。山梨県も狩猟による駆除に力を入れています。そのためには、迷惑な獣類を自然資源として活用しようとジビエ(食肉)振興に努力しています。しかし、効果は不明です。侵入防止柵も作られ続けていますが、頭数は減らせません。県内のシカは増え続けています。もっと増えることでしょう。その理由ははっきりしています。ハンターが減り続けているからです。高齢化も進んでいます。ハンターの出身母体である山村社会の衰退が止まないからです。山梨県の人口も減り続けていますが、その割合は今のところ僅かです。だからと言って安心してはいられません。耕作放棄、集落放棄は直接自然と向き合う居住域の最前線(フロント)で進行し、このフロントは、県中心部に向かって後退し続けているのです。ハンターがいなくなっては困ります。その確保は大切です。ですが、その見込みは小さいのです。

 希望がないわけではありません。それは、自然の力=自然の調節作用に目を向けること、一世紀前絶滅に追い込んだオオカミの復活です。オオカミの再導入は難しいことではありません。人々がオオカミに対する誤解を解けばよいのです。

 ニホンオオカミは固有種ではなかったのです。北半球の陸上に広く分布するハイイロオオカミと同じ種だったのです。中国やロシアからの再導入によって復活したトキやコウノトリと同じです。オオカミも外来種ではありません。昔から生息していたオオカミが復活するのですから、日本の生態系や生物多様性に害になるはずがありません。それに、誤解を作り出してきた「赤頭巾ちゃん」などの童話は事実とは違う作り話なのです。賢くて臆病なオオカミは、人を恐れ、人前に姿を見せることはありません。オオカミを毛嫌いするのではなく、事実にもとづいて正しく理解しましょう。オオカミを恐れることはありません。

【日米オオカミふぉーらむ山梨2018:オオカミと生態系についてもっと深く知ろう!】

 今回、一般社団法人日本オオカミ協会「カムバックウルフ山梨」は、山梨県民の皆様に、オオカミと生態系、生物多様性に関する理解を深めていただくために、イエローストーンから自然教育の専門家、スティーブ・ブラウン氏を招いて、世界初の国立公園イエローストーンでのオオカミの迫害、絶滅、エルクジカの増え過ぎと自然荒廃、戦後のアメリカ人の自然観の成長、オオカミの復活、自然回復といった一連のイエローストーンのオオカミをめぐる自然史を紹介していただくことにしました。山梨県の現況と重ね合わせると、これから私たちが採るべき方策が見えてくるのではないでしょうか。

[基調講演]
1.山野井英俊(富士川町会場)「甲斐のシカなど獣害の現状と対策」
2.小野俊彦(市川三郷会場)「世界遺産富士山の森林生態系のシカによる荒廃と対策の限界」
3.スティーブ・ブラウン「イエローストーンの自然史:オオカミとシカをめぐる失敗譚と成功譚」(日本語)

[スティーブ・ ブラウン氏 プロフィール]
スティーブ・ ブラウン
イエローストーン国立公園公認ガイド【自然生態系講師歴 20 年以上】マイアミ大学の生物学・生態学・哲学科を卒業 交換留学生として日本へ。その後、オハイオ州立大学院で日本語、日本文学修士課程を修め、モンタナ州立大学では動物学科等の修士課程を卒業。モンタナ州立大学で約 7 年間イエローストーン生態学や日本史を教える。イエローストーンを中心にアラスカからカリフォルニアまで多数の国立公園で自然教育プログラムを手がけ、会社設立以降 21 年間 4 万人以上の日本人観光客、学生を教育してきた実績を持つ。日本だけでなく世界中の人々に野生動物生態や大自然保護管理について教えている。一般社団法人 日本オオカミ協会学術会員(Fellow)

[コーディネーター] 丸山直樹(一般社団法人日本オオカミ協会会長)

3月3日(土)
[パネル展示] 13:00~13:30
[ふぉーらむ] 13:30~16:30
[会場] 富士川町町民会館:山梨県南巨摩郡富士川町鰍沢655番地57
〈アクセス〉
自動車:中部横断道増穂ICより南に5分
電車:JR身延線鰍沢口下車徒歩30分
バス(山梨交通):甲府駅南口1番乗り場「十五所経由鰍沢営業所行
11:30発⇒「小室山入り口」12:23下車徒歩5分

3月4日(日)
[パネル展示] 13:00~13:30   
[ふぉーらむ] 13:30~16:30
[会場] 市川三郷町役場三珠総合福祉センター:山梨県西八代郡市川三郷町上野2714-2
〈アクセス〉
自動車:中部横断道増穂ICより東に約10分
電車:JR身延線芦川駅下車徒歩5分

〔問い合わせ〕
山野井英俊:090-8639-2416
赤池幸久:090-3342-5694
                  

コメントは受け付けていません。

誰もオオカミがこわいとは思っていなかった!

2018 年 2 月 8 日 木曜日


千葉県にオオカミがいた!
でも誰もオオカミがこわいとは思っていなかった!


2017年12月9日、千葉市民活動支援センター会議室で、江戸時代の千葉県のオオカミについて講演会を開きました。講演は、長年千葉県で文書、文化財の調査・研究をされてきた習志野市立第3中学校教諭で千葉古文書の会講師の笹川裕さんにしていただきました。現在、狼は存在していたことすら忘れ去られてしまいましたが、狼が身近にいた時代、誰も赤ずきんちゃんの話は知らず、人を襲う動物として恐れていた様子は全くなかったことは明らかです。オオカミの生態を知りたい私達にとってドキュメント画像が目に浮かぶような詳しい記録もありました。おおよそ次のような興味深いお話でした。(井上守)

『江戸時代の古文書に見る千葉県のオオカミ-小金牧の狼狩りを中心に』
笹川 裕

江戸時代、房総(千葉県)には小金牧、佐倉牧、嶺岡牧の3つの牧が存在しました。江戸幕府は駿河の愛鷹牧とあわせて4つの直轄牧場を開設し、放牧を行い軍馬の養成をしていました。それらは、古代から野馬の放牧場としての歴史があるところでした。

下総の小金(こがね)牧では将軍による鹿(しし)狩りが大規模な軍事演習として4回行われました。享保10年(1725)と11年(1726)に将軍吉宗が行っています。鹿狩りは牧に設けられた柵内に追い込んだ野生鳥獣を、伝統的な流鏑馬装束の騎乗の武士が弓矢で捕獲し将軍に武技を見せるもので、1725年には鹿964頭と猪3頭、狼1頭が捕獲され、1726年には鹿500頭、猪11頭、狼1頭が捕獲されました。これらの獲物は武蔵、下野、上野の百姓達約1万5千人が勢子(せこ)となって追い込んだものです。しかし、寛政11年(1795)に将軍家斉が行ったときには鹿98頭、猪9頭に激減しています。狼は捕獲されていません。嘉永2年(1849)には将軍家慶が実施しました。しかし、獣はさらに少なくなり、東北、北関東で捕獲した鹿、猪、兎などを当日柵内に放して行われました。野生動物は、関東平野一帯の新田開発等による自然環境の変化により著しく少なくなっていました。

野馬が放牧されている牧では、幕府役人である牧士(もくし)たちが勢子を指揮し、捕込(とっこみ)に野馬を追い込む捉え馬が行われました。将軍献上用の馬を選別し、運送用、農耕用の馬が払い下げられました。この捉え馬は年に一度の大行事で、高さ3~4mの野馬土手の上に近在からたくさんの見物人が集まり、弁当屋なども現れ、祭りの様な騒ぎがありました。

牧周辺は田畑に開発されましたが、野馬たちの日除け風雨除けに植栽された牧の林は、草地と共に野生動物の住みかであり、村の生活を支える燃料用の薪炭林でもありました。村は幕府の御鷹場にも指定され自然保護区でもありました。一方、野犬や狼は牧で大事な仔馬を襲うことがある害獣で、牧士たちは狼退治のための鉄砲所持を許されていました。鉄砲は猪、鹿等の害獣退治にも重要な道具でもありました。牧周辺の村々には牧運営の役が課されていましたが、野馬が逃げないように作られた野馬土手は、野馬や猪、鹿が田畑に入って荒さないようにするための施設でもありました。人と自然との間に複雑な関係がありましたが、このような関係は、明治になり、牧が開墾地に変わったことにより消滅しました。

小金牧牧士の旧家に山犬、狼が捕獲された記録等が残っていますが、多くの狼がいたとは思えず、疑問があるものもあります。しかし、文化8年(1811)に行われた狼狩りの詳しい記録が残っています。現在の柏市、松戸市、鎌ケ谷市境付近で、山犬か狼の様な動物が徘徊しているとの訴えが牧士にあり、調べたところ、狐穴に4頭の子と2頭の親を発見、うち子1頭を捕獲しました。親狼達には逃げられましたが、巣周辺を調べるとそこには猪、鹿の骨がおびただしく散乱していました。この2頭は前年にどこからかやってきて住みつき、猪、鹿を捕食し静かに暮らしていていたのです。狼は、周辺の百姓達にとっては田畑の害獣を追い払い駆除してくれる存在でもありました。引き続き捜索したところ、古い狐穴に巣替えしているのを発見し子を捕獲。親狼2頭も近くで発見し、追いかけて撃ち殺したというものです。親狼は幕府の役人が検分の後、頭、皮、肢、肉等に分けられ牧士達10名に払い下げられました。魔除けや薬として使われたのではないかと思われます。また、この年には猟師の一人が狼の子を飼育しているとの噂があり、調べたところ仔馬を襲う狼の子に間違いないので役所が取り上げた、という事件が起きています。

安政6年(1859)には、船橋市から千葉市にかかる牧内を牧士と猟師約20名が5日間にわたり狼狩りを行った記録があります。しかし、これは野犬や害獣の駆除を目的とした村々の費用による接待付きの出張だったと思われます。

房総所在野馬牧位置図

コメントは受け付けていません。


鹿の食害を考える ドイツに見るオオカミとの共生

当協会が紹介されています
(動物や自然を守ろう にて)

トカゲ太郎のワンダー・ワールド

Get Adobe Flash player