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房総半島の山にオオカミの復活を

2015 年 8 月 17 日 月曜日


丘陵部に入り込んだ低い平地を谷(やつ)と呼ぶが、そこでは背後の森から湧き出る豊かな水と、さわやかな風がおいしいコメを育ててくれる。そのような房総半島丘陵部にある千葉県長南町で稲作を営む農家の方から、「私の田をぜひ見に来てほしい」との電話があった。一部の田は黄金色に輝き、モミのにおいが溢れ、そろそろ収穫の時期である。

8月5日に案内していただいたのは不整形の棚田で、肥料なしに1反当たり10俵はかたい美田だという。一番奥の小さな畑に湧き出した森からの冷たい清水が、水路に流れ出て田んぼを満たしている。谷の棚田は、森からの風が心地よい静かな憩いの場所だった。

イノシシに因って倒された稲

手前はイノシシに因って倒された稲。奥は昨年イノシシに明け渡した田んぼ



しかし、ここでコメを作り続けたいという農家に案内してもらった田に育った稲は、大半が押し倒されていた。写真には2段の田が見えるが、農家の話では、「谷(やつ)の一番奥の田には、7、8年前からイノシシが入り始め、毎年被害がひどくなり、昨年耕作を放棄、イノシシに明け渡した。今年は、その下の田に、複数のイノシシに何度も入られ、侵入場所を見つけてそこをふさいだり、柵を補強したりしたが、どこからでも柵を破壊し乗り越えたり、穴をあけてくぐり抜けたりして、泥浴びをするなどしたい放題で翻弄されてきた。とうとう結実を始めた稲穂をかじりとり、大半の稲を押し倒してしまった。この様に倒されると、コンバインでの収穫は不可能である。今年は、ここでの収穫は諦めなければいけないかもしれない。イノシシは増えるばかりで、しっかり柵を設置しても来年はコメを作り続けることは不可能かもしれない。

上の田のもう1段上に(写っていないが写真の左側)小さな畑があり、最近まで果樹や野菜を作っていたが、今は柵を作るための資材を置いている。野菜は何を作っても収穫直前にイノシシが荒らし放題である。昼間追い払っても夜間に出てきて、田の畔を壊し、水路を埋め、畑や斜面に大きな穴をあける。しかし、家から離れた場所にあるため夜に見回りすることはできない。冷たくおいしかった湧水は今もあるが、イノシシが汚物を残すので飲むことはできない。近くには、町がイノシシ害対策として数年前から箱ワナを1台置いている。最初は大きな大人のイノシシとウリボウが6、7頭かかったが、次の年は4頭に減った。その後かかるのは子供のイノシシばかりで、学習能力の高い大人のイノシシはもうかからないかもしれない」

箱ワナ

イノシシ害対策として数年前から設置してある「箱ワナ」



千葉県ではイノシシの捕獲は1970~80年前半にはなく、ほぼ絶滅状態にあったが、わずかに残った個体が激増したといわれる。このため、イノシシやシカなどの猟をするハンターが非常に少ない。「効果の高い電気柵を設置しないのですか?」と尋ねると、「小さい棚田は町の設置補助の優先度が低く、設置しても盗難の心配があるので、自力で柵を設置している」のだという。今年栽培を諦めた田んぼは、作付をしていないために昨年生じた被害額が今年はゼロになる。豊かな農地が消えて、やる気がある農家が疲弊しているにもかかわらず、千葉県のイノシシ被害額は減少している。栽培が放棄された田畑からは、その後被害額が計上されないために実態とは異なるのである。実態を正しく把握し必要な施策と情報を示し、獣害対策は進められなければならない。

野生動物と人との住み分けを行うために里山の再生が重要だと言われるが、増えたイノシシを山に押し戻す鉄砲を持ったハンターがいないので、どんなに整備をしても田畑の作物の味を覚え、それを食べたくて山から出てくるイノシシにとって里山は単なる通り道でしかない。ワナがあればそれを避けてやってくる。捕食者もハンターもいない山は、野生動物にとっては安全であり、増え続け過密になるばかりである。里山の環境整備よりも森林生態系の中に、食べるものと食べられるものとの関係が取り戻されなければならない。また、現在農家が管理している田畑の継続が優先されなければ、里山の再生は意味あるものにはならない。

ハンターはもちろん必要だが、房総半島の山に、絶滅させられたオオカミを復活させなければならない。江戸に近く木材や薪炭を供給する森林が多かった房総半島にもオオカミは普通に生息していた。あまりなじみがないのは、人を避けて行動するオオカミは、人との摩擦が少なかったためである。オオカミは人を襲う危険な動物ではない。また、大きなテリトリーを守って家族で生活するオオカミは増え過ぎることもない。にもかかわらず、“例えばオオカミを山間部に放したと仮定すると、山間部で生活をしている方や、仕事で関わる方、レジャーで山に入る方の安全が脅かされるなどの影響が考えられる(環境省)”など、全くの誤解に基づくたわ言ばかりで、オオカミ復活は一向に検討課題ともならない。

イノシシによる被害の話ばかりだったが、ここではキョンという中国原産の小さなシカも増え始めている。千葉県全体ではこの2年間で2倍に増え、現在4万7千頭が生息すると推定されている。足が非常に細く、くくりワナにはかかりにくい。ハンターによると、身体が小さく夜行性で素早い動きのために銃での捕獲は困難だという。農業被害額はまだ少ないが、1年中繁殖が可能で年間に36%増える小さな怪物である。外来動物のハクビシンも多い。まだ、ここにはシカは出ていないが、シカも確実に生息域を広げている。間もなくシカによる農林業被害、森林生態系の被害と県土の荒廃も始まるが、イノシシ被害対策が重視されまだ手付かずのようである。一刻も早いオオカミの復活による食物連鎖の復元が望まれる。

<追記>
後日、件の農家から、「周辺にいる何匹ものイノシシが捕獲されない限り、経営を続けることはできないので放棄することにした。農業は好きだし担い手としてやる気のあることを行政には強く伝えた。どうしてオオカミの導入をしないのでしょうか」という連絡があった。私には何も答えることはできなかった。(井上守)

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イノシシとオオカミ

2005 年 3 月 4 日 金曜日

ホームページにイノシシの食害に困っている方から、「オオカミでイノシシを退治できないか」という主旨の質問がありました。これは、その質問に対する回答です。

イノシシの分布拡大は全国的に見られており、ここ10年ぐらい顕著になっています。その要因としては次のようなものが考えられています。ひとつは地球温暖 化による積雪量の減少です。環境省により行われた第2回自然環境保全基礎調査(1978年)ではイノシシは西日本に偏った分布をしていることが明らかにな りました。イノシシは脚が短いため行動が積雪により阻害され、雪の多い地域に進出することができないでいたのです。しかし、積雪は年々減少していますの で、イノシシはどんどん北上を続けています。北陸、中部、東北などへの進出はこのことが一因となっていると考えられます。
また、狩猟者の減少、高 齢化による捕獲圧の低下の影響もあります。1978年に銃刀法が改正されて猟銃の取り締まりが厳しくなりましたが、これは乙種免許(銃猟用の免許)取得者 の減少を促すことになりました。現在日本の狩猟者数は20万人程度でかつての半分以下になっており、被害が出ても駆除隊を編成できなくなっている地域すら あります。ククリワナを使った狩猟が盛んに行われている地域もあるのですが、場所は限られています。ククリワナは猟犬を捕まえてしまうことがあるため、銃 猟が主流の地域では嫌われています。またククリワナが絶滅危惧種を誤捕獲する恐れがあるということから、一人当たりのワナの数は30に制限されるようにな りました。そのため狩猟による捕獲圧の増加はなかなか望めない状況にあります。

しかし、イノシシ分布拡大の最も大きな要因は日本農業、特に中山間地域の弱体化にあると考えています。1970年に始まった減反政策により水田 が大量に放棄され、その他にも農産物の輸入自由化により果樹園などが放棄されてきました。放棄地にはクズやススキが入り込み、イノシシに好適な生息環境と 食物を提供しています。そのような場所には人も入り込まないため、イノシシはそこを起点として隣接する農地に被害を出すようになり、その結果放棄を促進さ せるというような図式になっているように思います。

イノシシの被害を防ぐのは他の大型哺乳類に比べると簡単です。シカ、カモシカと違って基本的に農業にしか被害を出さないので農地を柵で囲えば事 足りますし、サルのように空中から来ないので柵の高さも比較的低いものですみます。しかし、いただいたメールにもありましたように、その費用や労力は農家 の方にとって大変な負担になっています。私たちがこれまで行ってきた調査でも、農業の経営環境の悪化や後継者不足により効率的な被害対策が行えないケース がたくさんでてきました。減反政策が廃止されて競争が強化されれば、さらに厳しい状況になるものと考えられます。


さて、オオカミによりイノシシの密度をコントロールすることは可能かどうかについて今考えていることをご説明いたします。
現在の分 布拡大や個体数増加をオオカミのみで抑えることは難しいと考えています。イノシシの成獣を倒すことができるのはトラやヒョウのクラスの肉食獣からです。オ オカミもイノシシを補食しますがそのほとんどは0才です。またシカとイノシシが同時に分布している場所では、シカの方を選択しているようです。私がポーラ ンドで行っている研究では、オオカミがイノシシの密度をコントロールしていることを示唆している結果を得ましたが、これは寒さが厳しい地域でもともとのイ ノシシの密度が低いこと、人間の狩猟によりアカシカの密度が低くなっていたためだと考えています。日本のようにイノシシの密度がかなり高いと思われる地域 では、オオカミはイノシシを補食するでしょうが、それにより個体数増加をとめたり、完全に農作物被害をなくしたりすることは難しいように思います。
し かし、これは生息密度から見た話であり、オオカミの出現によりイノシシの密度分布は変わってくることが予想されます。例えば、オオカミの密度が高い場所を イノシシが避けるようになることがあるかもしれません。また、今後人間による狩猟圧を強化することができたとしても、狩猟はアクセスのしやすい低標高地域 で主に行われるものと思われます。しかし、オオカミは人間が入っていけないような場所でイノシシの補食を行うことができます。つまり、オオカミとイノシシ の生態学を明らかにしそれを考慮することで、効率的な個体群管理や被害対策を行うことができるようになると思います。今後はそのような視点からの研究が必 要だと考えています。


++
神埼伸夫(東京農工大学農学部野生動物保護学研究室助教授)

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