「東電、尾瀬の土地売りたいのだけれど……」

尾瀬は日光国立公園から最近分離独立した小さな国立公園である。群馬、福島、新潟、栃木4県にまたがる奥地に位置するこの地域は、わが国でも稀な湿地を中心にした原生自然が残存している。シカ被害問題が深刻で、オオカミの復活を緊急に必要としている自然生態系地域でもある。ところで、この地域の大部分が、国有地ではなく東電の私有地であったと知って驚いた人は少なくないだろう。常識的には、国立公園など自然保護地域は、自然保護行政(=環境省)がすべてを所有し、自然保護を優先する一元的管理を行うというのが当たり前と考える。ところが、土地所有が複雑な日本では尾瀬ですら理想どおりにはいっていない。尾瀬ヶ原、尾瀬沼など尾瀬の主要な地域1万6千haは東電所有なのである。

日本の自然保護運動は尾瀬から始まったといわれるのは、この土地所有が原因である。尾瀬は水系でいえば、日本海に注ぐ阿賀野川水系に入るのだが、東電は、発電用に尾瀬沼の水位を上げて、トンネルを掘り、太平洋に注ぐ利根川に水を落としたのである。このため、尾瀬沼周辺の湿原の多くが水面下に没することとなり、これに反対する自然保護運動と激しく対立することになったのである。約半世紀も前のことである。このため、今でも、尾瀬沼の水位は年に2~3m上下する。

今回の大震災は、日本の土地利用の不合理な部分をあからさまにした。妙なことに被災地から離れた尾瀬にもそれが波及した。読売新聞2011年4月30日によると、東電が尾瀬に所有する土地を売却したいという。東電の尾瀬の所有地の売却理由が、原発事故の被害者への補償金捻出であったとしても、それは問題ではない。この土地は、国立公園の理念である自然保護のためには、国有化以外には考えられない。国有化によってはじめて自然保護に反する私権に基づく開発行為規制が完全に可能となる。この取得に政府がもたつくようなら、英国であればさしずめナショナルトラスト(会員数100万人以上)が動き出すことだろう。しかし、自然保護文化後進国のわが国にはそうした強力な民間組織は存在しない。あくまで政府による自然保護地域としての早急な取得を求めたい。

この際、さらに求めたいのは、尾瀬の立ち入り規制である。最盛期には年間50万人のハイカーが押し寄せたというが、最近では減少しているという。それでも30万人台がシーズンの夏場を中心にやって来る。自然の静寂な雰囲気、野生生物の保護にとっての適正な入園者数は1日1000人、年10万人を超えてはならない。これを実現するためには、北米の国立公園と同じように、入園許可制を採用すべきである。また、利用者からは適正な入園料を徴収し、野生生物保護、施設維持など公園管理の財源に充てたらよい。現地でのアンケート調査では、ほとんどの入園者は入園料徴収に賛成なのである。

最近の自然保護運動は、里山や生物多様性保全、外来種排除と賑やかだが、自然保護(回復)地域の獲得を忘れていないだろうか。開発行為を極力排除できる国立公園の特別保護地区のような自然生態系保護地域が国土の1%にも満たない惨状を思い出してほしい。少なくとも国土面積の2割や3割は原生自然生態系保護地域か回復地域として確保すべきなのである。自然保護地域の拡大こそ、子孫にとっての最高の遺産である。この尾瀬問題を契機に再点検すべきだ。                  (記:2011年5月7日)

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