オオカミがいないサルの社会は緊張不足!

サルとオオカミの出合ったのはいつ?

明治時代のオオカミ絶滅は日本の自然にとって大きな痛手でした。これはサルの社会にも当てはまることでしょう。まずは、両種の出合いについて紹介します。

ニホンザルはMacaca fusucata といわれています。そのマカカ属のカニクイザルグループに属する祖先はアジア南部で起源して、祖形アカゲザルを生み出した。それが更新世(170万年前~1万年前)の早い時期に分布を北に拡大し、日本列島に到達しました。それがニホンザルに分化したというわけです。日本の動物相は中期更新世中期(50万年前~30万年前)・後期(30万年前~12万年前)には中国との共通性が薄れ、日本列島の固有度が高まったといいます。それからすると、中期更新世前期(70万年前~50万年前)あるいはそれ以前に祖形アカゲザルを含む万県動物群が日本列島に渡来したことになります(更新世の絶対年代は、町田ら、2007による)。そして福岡県や山口県でニホンザルの化石が中期更新世中期に発見されている(亀井節夫ら、1988;河村善也ら、1989)ので、祖形アカゲザルの日本への渡来は中期更新世前期で、当時日本列島は温帯性の気候に覆われ、そのなかでニホンザルへの分化が進んだとみることができます。結論的にはサルは熱帯の森林起源で、分布を拡大しつつ、温帯の日本列島にまで進出したのですね。

オオカミの化石も同じ中期更新世中期の山口県で発見されています(河村善也ら、1989)。そうだとしたら、祖形アカゲザルと同じ万県動物群と共に当時黄海や東シナ海が陸化しており、照葉樹林や落葉広葉樹林の覆われていた地域で分布を拡大して中期更新世前期に日本列島に到達したと考えることもできます。オオカミは、現在でも生活域はたいへん広いですから、万県動物群だけでなく、周口店動物群にも含まれていたように思われます。そうだとすればロシアの沿海州・サハリン・北海道・本州は陸地として繋がっていたので、このルートを通って日本列島に来た一派もいたかもしれません。この場合,サルは生息せず、オオカミだけだったと思います。

このようにみてくると、サルとオオカミの付き合いは日本列島で始まった可能性もありますが、中国大陸ですでに顔見知りであったのかもしれません。いずれにせよ、両者の付き合いは私たちの想像を超える長いものだったことは間違いないところです。

サルとオオカミの付き合い

何年も前のことですが、日光でサルの群れをイヌに追わせる実験をしたことがありました。確かにイヌはサルを追いましたが、サルの多くは木に登り、枝から枝へ移動してゆきました(居村ら、1999)。これでは、イヌはサルをしとめることはできません。なかには必死になって地上を走り去ったサルもいたようです。その直後、しばらくはサルの群れの採食時間が短くなったりして、生活のリズムが乱された面があったようです。

サルは、たとえば、長野県の志賀高原ですと、冬季の気温は-10℃ほどにまで下がるので、夜寝るときには必ず樹上で、数頭か、多いときは10頭もかたまります。そして豪雪地帯ですので、雪の上に寝ることは避けています(Wada K, et al, 2007)。ところが、雪が降らない季節には地上や樹上など、どこでも好きなように、てんで勝手にかたまることなくバラバラで寝ています。かなり寒いのですが、雪の降らない宮城県の金華山島では地上に大きな塊をつくって抱き合いながら寝ます(Takahashi, 1997)。地上のほうがたくさんのサルがかたまるのに好都合だからです。オオカミがいたらこのような景色は見られないでしょう。オオカミを避けて必ず樹上に寝ると思います。

サルは樹上性の動物だといわれています。多くの場合、サルを樹上に見ることでしょう。ですが、よくよく見ているとそうでもないのです。アカンボから3歳くらいまでの小さなサルたちはよく枝から枝へ飛び移って移動しますが、6歳以上のオス・メスになると木を下りて地上を歩いて移動することが多くなります。なぜなら、この年齢になると、体重が災いして、枝を伝うと枝先は下がって隣の木のどの枝に移れるかがとっさには判断がつかず、ときには飛び移る枝を見失ってしまうことになるからです。こんな具合ですと、サルの動きをねらっているオオカミの餌食になることが結構あると思います。それに老齢のサルが単独で、またアカンボから3歳くらいまでの若いサルたちが群れから離れて行動することがありますから、これもオオカミにとってねらい目でしょうね。

このようにみてくると、オオカミが林の中で目を光らせていると、サルの群れはかなり緊張して生活することになり、そして、個体数の増加にブレーキがかかるのではないかと予想されます。それがひいては猿害防止にもある程度は役に立つと思われます。 (W)

引用文献

居村純子・小金沢正昭・今木洋大・丸山直樹・和田一雄 1999 日光における猟犬によるニホンザル野生群の追い上げ実験。野生生物保護、4:29-39.

亀井節夫・樽野博幸・河村善也 1988 日本列島の第四紀史への哺乳動物相のもつ意義。第四紀研究、26:293-303.

河村善也・亀井節夫・樽野博幸 1989 日本の中・後期更新世の哺乳類動物相。第四紀研究、28:317-326.

町田洋・大場忠道・小野昭・山崎晴雄・河村善也・百原新 2007 第四紀学。朝倉書店。

Takahashi, H 1997 Huddling relationships in night sleeping groups among wild Japanese macaques in Kinkazan Island during winter. Primates, 38:57-68.

Wada, K, Tokida, E, Ogawa, H 2007 The influence of snowfall, temperature and social relationships on sleeping clusters of Japanese monkeys during winter in Shiga Heights. Primates, 48:130-139.

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