「狩猟と環境を考える円卓会議の提言」に対して

この「狩猟と環境を考える円卓会議」のメンバーは、環境省鳥獣保護対策室からの働きかけにより狩猟団体、自然保護団体、地方紙団体等の有識者から構成されている。2010年11月に第1回検討会が開かれ、鳥獣被害の現状認識の共有、狩猟の役割、基本的認識等についての議論を行い、2011年6月の第5回会議を経て、最終提言が仕上げられた。

円卓会議で座長を務めた東京農工大学の梶光一教授は、2年前、植生学会主催のシンポジウムで、知床でのエゾシカ問題を検討するエゾシカワーキンググループでは、短いスパンで結果を出さなければならないために、中・長期的な課題であるオオカミ導入については検討しないこととしたと、講演された人である。一方、円卓会議の提言は、日本全体において野生動物による被害の激増がさらに顕著になり、生物多様性は大きな危機に直面しているとの基本的認識の中で、長期的視点に立つものである。しかし、そこでは、自然の中の捕食者と被捕食者の関係が失われているという事実は無視されていた。

提言書では、シカ、イノシシなどの過剰な増加に対しては、人間が捕獲圧をかけて、生息地や他の動植物とのバランスを取り戻すべきであるとして、狩猟の発展、強化のための啓発活動が広く呼びかけられている。狩猟を盛んにして、シカ、イノシシの増加を抑えるための動機づけとして、処理に困った肉や皮の有効利用が提言され、全国各地のジビエと野生鳥獣加工施設が資料として掲載されている。

確かに、おいしい野生動物肉が安く手に入り、市民権を持ち、地方の町おこし、村おこしにも結びつくのならば、この上なくうれしいことである。だが、実際をどこまで想定したものなのだろうか。ジビエの対象となる新鮮な野生動物の肉は、奥山では、捕獲、搬出に労力と時間が必要となり、捕獲目標を達成して手に入れることは難しいと考える人は少なくないと思われる。その辺の現状認識と検討はどのようになされたのだろうか。

ところで、この提言の基本的認識は、環境省が提唱しているわが国の生物多様性が直面している3つの危機であり、第1、第2の危機は、「人間活動や開発による危機」、「人間活動の縮小による危機」である。そこには人間活動が中心に置かれ、奥山全体が直面している自然そのものの大きな危機からはなぜか目が離されている。そして、第3の危機は「人間により持ち込まれたものによる危機」である。これは、外来種のことであろうが、日本にオオカミを導入して、その力を借りて自然に任せることは考えたくもないという考えが根底にあることが露呈してはいないだろうか。

東京大学・畑村洋太郎名誉教授は、自分に都合の良い思考をする人間の困った性癖には、「見たくないものは見えない」「聞きたくないことは聞こえない」「考えたくないことは考えない」ことがあり、これが事故や失敗を引き起こすのだといわれているが、人間中心の環境管理主義は、自然保護団体とともに、奥山の実情、生態系の機能の復元、オオカミ絶滅の歴史、捕食者の役割に関する海外での研究成果等、すべて考えないことにして、私たちの声はいっさい聞こえないことにしようとしている。関心を持つ人が出ると困るから、声に出しても触れてもいけない。議論は無視し、学校教育や社会教育で人間中心の自然観を啓発しよう。奥山は難しいから、近くの目に入りやすい里山に力を入れよう。なんという困った人たちなのだろう。

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