【報告】第17回野生生物保護学会 テーマセッション「絶滅種復活・共生実現に向けて」

はじめに

井上 剛(一般社団法人日本オオカミ協会)

私たちは、昨年の合同大会において「管理主義から生態系主義へオオカミ・カワウソの復活」と題した集会を企画・実施した。集会は60人超の来場者を集め大変盛会で終わることができた。特に学生など若い世代の来場者が多く、自分たちの未来にどんな自然を残すのか真剣に考えていることが見て取れた。

日本においてもトキ、コウノトリ野生復帰成功の波及効果としてオオカミ、カワウソなど、哺乳類の絶滅種復活が期待される。しかしその一方、人畜への被害や生態系への悪影響などを懸念する意見もある。まだオオカミなど絶滅種の復活について壁は高い(かなり理解されてきたという手ごたえも感じているが)、そしていわゆる専門家といわれる学識者、研究者の間ではまだまだこうしたことをタブー視している傾向があるように感じる。そこで2011年もこの学会という機会を利用し、情報発信を行うことにした。

 本大会に先立ち、一般社団法人日本オオカミ協会(JWA)主催のシンポジウム「ドイツに見るオオカミとの共生」が開催された。そこで本セッションでは、シンポジウムの内容も紹介しながら、日本で絶滅した唯2種の哺乳類であるカワウソとオオカミ復活の可能性について考える場とした。また、再導入における課題についてもマングースの例などを挙げ、考えてみた。

 本集会では、以下4つの話題提供を行った。

1.「狩猟は個体数調整の一部しか担えない」小金澤正昭

2.「オオカミの再導入はマングース導入と同一視されるべきものなのか?」金 清翔

3.「第11回国際カワウソ会議にみる世界のカワウソ再導入状況」安藤元一

4.「オオカミ復活への課題解決の方向性~ドイツの事例を参考に」井上 剛

それぞれの話題提供の概要を次項に記す。

1.狩猟は個体数調整の一部しか担えない

小金澤正昭(JWA・宇都宮大学)

オオカミ不在下のシカ害対策

ハンターの減少、高齢化が進行している。その背景には地域社会の衰退があり、構造的な問題である。そのような背景があるにもかかわらず、今日、行政がとっている施策は、狩猟規制の緩和策であり、狩猟技術の改善、あるいは報奨金による狩猟の奨励であり、シカ柵の設置や被害管理に結びつかないシカの資源化(ジビエ)である。しかし、現実には地域社会の崩壊は止まらず、狩猟者の減少に歯止めはかかっていない。その結果、シカの数は減少するどころか、増加によって農林業被害は増加し、自然植生の破壊、さらには交通事故の増加などますます深刻なものとなっている。森林の枯損や柵による景観の悪化が進行している。さらには生物多様性の低下を招き、自然破壊が激化している。そのようなシカの増加に伴う自然の荒廃を防ぐために、被害防除、個体数調整などのために多くの経費が支出され、更なる悪循環が生じている。

このことは、いわば人の手による力づくの自然管理には限界があることを露呈している。この限界を見切った時、私たちは何をすべきなのだろうか? そして、頂点捕食者であるオオカミの復活を忘れていないだろうか?

平成23年3月11日の東日本大震災とそれに続く津波による東京電力福島第一原子力発電所の事故は、福島、栃木、茨城県にまたがる広域な放射能の汚染を引き起こした。

放射能汚染がハンター減を加速する

福島、栃木でシカとイノシシから500ベクレルを超える放射性核種が検出された。その後、政府は、茨城、栃木両県全域と福島県内5市10町7村の野生イノシシについて出荷停止措置の指示を、さらに栃木県内全域のシカと福島県内8市13町8村のクマについても出荷停止の指示を出した(平成23年12月2日)。ハンターにとっては、捕獲した鳥獣を食べることが出来なければ、無益な殺生はしたくないという心理が働き、狩猟免許を申請しないことが予想され、狩猟者の減少が加速化される危険性が増した。事実、栃木県ではおよそ10%の登録者数の減少が起きている(栃木県、私信)。登録者数の減少は、言い換えればシカ、イノシシの捕獲数の減少であり、個体数の増加を意味する。一方、消費者にとってみれば、500ベクレル以下でも、わざわざ野生鳥獣の肉を食べる必要はないという心理に結びつき、ジビエの普及に障害となる。いわば、これら3県における放射能汚染は、いわば時代の先取りとしての狩猟者の減少後の鳥獣管理問題、すなわち現在、進められている野生鳥獣管理の破綻を意味していると言って過言ではない。

そのような事態を考慮した場合、現在のシカの管理をゾーン別にみると、奥山の生態系保全地域では、生態系の破壊がシカによって引き起こされており、それに対して植生保護柵の設置、わなによる個体数調整が環境省や自治体によって行われているが、背景で見たようにハンターの高齢化と減少は年々進んでおり、担い手不足の問題が生じる。一方、広域な森林・林業地域では、林業被害が発生しており、それに対して防除ネット柵の設置などで対策を講じ、捕獲は規制緩和のもとにハンターによる銃猟に大きく依存している。しかし、ここでもハンターの高齢化、減少は年々進行している。さらに、里山の農業地域では、シカによる農作物被害や交通事故の増加に対して、ハンターに加え農家の手によるわな猟が行われている。そして、このような現状を見るならば、ハンターの減少後の解決策として、特に奥山の生態系保全地域や広域な森林・林業地域では、オオカミの復活による自然の力に任せたシカ管理が必要なことは明らかである。少なくとも、シカの個体数管理におけるオオカミの有効性は米国イエローストーン国立公園での導入試験の結果から明らかである。

生態系の復元による自然の力を借りた管理への移行は、生態系における頂点捕食者の復活による、生態系に空いた大穴を埋めることであり、生物多様性の保全に他ならないのである。また、生態系の復元は、頂点捕食者、オオカミを絶滅させた私たちの責任でもある。

最後に、日本オオカミ協会の3つの提言、すなわち、オオカミの再導入による復活と、公務員常勤ハンター制度の創設、シカ侵入防止柵の建設を紹介する。この3つの取組を同時進行で実施することが効果的なシカ管理につながるものと考える。

2.オオカミの再導入はマングース導入と同一視されるべきものなのか?

金 清翔(JWA)

日本におけるオオカミ(Canis lupus)の復活論は、国内でも広く知られつつある。支持者も増える一方で、当然ながら異を唱える方々も少なくない。人身被害や家畜被害を危惧する意見の他に、南西諸島でかつて行われたマングース導入、およびそれがもたらした結果と同列に並べて、外来種による在来生態系の破壊に繋がるという声も珍しくない。果たしてオオカミの復活はマングース導入と同様に、生態系への悪影響に繋がるのであろうか?

マングースことフイリマングース(Herpestes auropunctatus)の導入は、かつては農業の害獣クマネズミ(Rattus rattus)の駆除を目的として、世界各国で実施されていた。当時急速な近代化を目指し、新たに領土となった南西諸島での毒蛇ハブ(Protobothrops flavoviridis)の被害に悩んでいた明治時代の日本でも、原産地ではコブラ類をも果敢に捕食するマングースを「毒蛇の天敵」として捉え、同じく毒蛇であるハブの天敵となることを期待し、導入を行った。しかし、この導入はマングース、ハブ双方の生態に関する知見や検証を全く欠いたものであった。マングースは、強力かつ危険なハブに対し天敵として全く機能せず、本来の獲物であるさまざまな小動物を捕食することで増加、マングースから逃れる術を知らないほとんどの固有種たちが大きな被害を受ける結果となった。

そのマングースと同一視されているオオカミは、世界的な研究の中でその生態が明らかにされている生物であり、専らシカやイノシシ等の有蹄類を狙うスペシャリストであることが判明している。また、何よりもオオカミは、わずか100年前までは日本の森林生態系の頂点として君臨し、多くの在来生物達と永らく共存していた存在であり、突然の侵入者であるマングースとは全く異なっている。

マングースの導入は、人間の利益のみを目的とした「人間中心主義」的なものであり、かつてオオカミを根絶した政策と並べられるものである。反面、オオカミ復活は、明治時代以降に破壊された日本本来の生態系、食物連鎖の修復を目指す「環境主義」的なものであり、その目的からしても、両者は全く同一視できないと言える。

3. 第11回国際カワウソ会議にみる世界のカワウソ再導入状況

安藤元一(東京農業大学)

 欧州のユーラシアカワウソは1980年代までは減少を続け、西欧中央部の国からは姿を消した。しかし、1990年代以降は水質が改善したためか、欧州全域で回復傾向が顕著になっている。ヨーロッパは地続きの国が多いため、遺伝子的な問題は少なく、他国産の個体を用いて再導入すること自体への心理的な抵抗感は少ないようである。カワウソの再導入は多くの国で計画・実施されており、英国のように成功裡に計画を終了した国もある。各国の実施状況を下記に示した。

 オランダ: 野生カワウソは1989年を最後に絶滅した。再導入のために長期間の準備がなされ、2002年に15頭が2カ所で放され、2008年までに計30頭が放された。これらは東欧からの野生捕獲個体、あるいは他国で飼育繁殖した個体である。放獣後は糞DNAによるモニタリングがなされており、採集された糞の半分くらいが分析できた。それによると野外で繁殖した個体は54 頭である。

イギリス: イングランド地方のカワウソは1980年代にほとんど姿を消していた。NGOオッター・トラストはこの地方における再導入を1983~2006年の23年間行い、施設で繁殖した計117頭のカワウソが放された。放獣地域に十分な数が回復したと判断され、プロジェクトは成功裡に閉じられた。

イタリア: 同国北部のカワウソは1980年代に絶滅した。南部には2007年時点でごく小さな孤立個体群が生息しているのみであり、野生下における近親交配問題が指摘されている。再導入は1970年代から論議されており、1991年に具体的な再導入計画が立案され、1997年には北部における小規模な放獣がなされた。当初は増殖センターで飼われている動物園繁殖個体を用いようとしたが、東南アジア産の遺伝子が混じっていることがわかった。センターでは数ペアが施設から逃げだす事故もあったが、数カ月後に全頭捕獲された。

フランス: 同国の野生個体は山間渓流域に2000~3000頭が生息しているとみられる。再導入は北フランスのアルザス地方で試みられたが、再導入への反対意見が強く、養殖漁業者をはじめとする漁業関係者が魚を捕食されると反対している。ヨーロッパで唯一、うまくいっていない例である。

スイス: 同国のカワウソは1989年の1頭を最後に、現在は絶滅している。小規模な再導入が1975年に行われ、少なくとも1回は野外で繁殖したようだが、定着には至らなかった。科学的な計画ではなかったので、失敗原因は不明である。同国では淡水魚のPCB濃度がきわめて高く、これが改善されないかぎり再導入を行うことは無意味とされている。

スウェーデン: 同国では1989~1992年にかけて、11頭の野生捕獲個体、25頭の飼育下繁殖個体が放獣された。再導入適地に関する研究が行われている。

ドイツ: 同国は再導入ではなく自然個体群の分布域を広げる戦略をとっている。優先順位を生息地の質を改善して分断環境をつなぐことであり、ロードキル対策も重視されている。

4. オオカミ復活への課題解決の方向性~ドイツの事例を参考に

井上 剛

 オオカミ復活実現に向けての課題、実現の障壁となるものはいろいろあるが、生息地、日本は国土が狭い。オオカミの生息環境はないのではないか、ということがよく言われる。

 今、日本にオオカミはいないため、オオカミ復活の影響については、オオカミが住む海外の事例を参考にしてシミュレーションする以外に方法がない。

 ここでJWAが主催し、2011年10月に北海道・東京・長野・山梨で計6回開催したオオカミシンポジウムについて、簡単に内容を紹介する。

今回はドイツのNABUという自然保護団体からマグヌス・ベッセル氏を招聘し、ドイツにおけるオオカミとの共生の事例について話題提供していただいた。

なぜドイツなのか? イエローストーンにおける再導入事例を紹介すると、「イエローストーンは日本よりはるかに面積が広大で、オオカミ復活にかけられた予算、関わった団体・個人などスケールが全く異なる」という意見をよく聞いた。そこで、日本と土地利用のスケールが似ているドイツから専門家を招聘した。

オオカミはかつて北半球のほぼ全域に生息していたが、激しい迫害のためにヨーロッパのほとんどの地域で絶滅した。しかし、ここ30年間の保護政策によって、東欧と南欧を起点とし、国境を越えてゆっくりとその生息数を回復させている。現在のヨーロッパには、約2万頭のオオカミが迫害されることなく、人々の近くで暮らしている。

ドイツでは、1996年に隣のポーランドからラウジッツという地域にオオカミが入ってきたことが確認された。このオオカミたちは、再導入ではなく自然に国境を越えて入ってきた。1998年から定着し、2009年には計9へのパック(群)に増えていることが確認され、現在に至っている。

ラウジッツ周辺の航空写真を見ると、森と畑がモザイク状になった田園地帯であることがわかる。オオカミの生息地は、いわゆる未開の地“大自然”ではなく人間領域とオーバーラップしている。ヨーロッパにはいわゆる大自然はほとんど残されていない。そうした環境でオオカミと人間の共生が行われている。

日本と比較すると、伊豆の天城山周辺では山頂付近にまで、いわゆるディアラインが形成され、シカ(ニホンジカ)の食害が及んでいる。ラウジッツと比較すると、ドイツのオオカミ生息地は、日本よりも人間領域がより重複していると言うことがわかる。

人畜被害について述べる。オオカミのEUにおける人身事故は過去50年で9件、うち5件は狂犬病、残りは人慣れ個体によるもので、ポーランドからオオカミが入ってきたラウジッツにおいては10年間に人身事故は、1件も発生していない。

オオカミは、村には興味を持たない。食べるものがない。興味あるものがなければ素通りする。したがって、人間はオオカミにとって獲物となりえない。オオカミが人を襲うのには理由があり、それはすべて回避できる。

家畜は、過去10年にさかのぼって300頭が被害を受けている。ドイツにおける家畜被害のほとんどはヒツジであるが、さまざまな方法で被害の防止、いかにして守るかという体制がある。それでも被害が生じたときには補償体制がある。

ベッセル氏の提言をまとめると、以下の通り。

①  ドイツで経験したマネジメントは他国でも有効。

②  地元の人々の意見を聞き仲間になり、一緒に解決していく。

③  組織の透明化、目的をクリアにする。

④  解決方法について全てその情報を共有する。

⑤  常に可能なかぎり予防する。何か起こったら、できるだけ早く対処する。

⑥  オオカミたちは自分たちで行動を止めることはできない。地域一丸で共同作業としてオオカミ被害を予防する。

⑦  保護管理計画策定に当たっては、いろいろな分野、立場から人を集め、共同作業で作成していく。

⑧  オオカミは、国全体のオオカミ(野生動物は国家共有の財産)、国・州全体で考えていくことが必要と言える。

ドイツからの提言の中で、まず地域の地元住民の理解・合意が必要であるとの話があった。私たちも地域ごとに組織作りが必要と考えている。例えば「北海道エゾシカ・オオカミ対策会議」といったJWAの地域組織のようなものである。道内の多くの自治体がシカ問題に悩んでおり、オオカミに賛同している地元選出議員もいる。ドイツの例でもあったように、まずは地域住民との合意・連携が必要と考え、組織作り・仲間作りを行う必要がある。

趣旨説明でも述べたが、日本においても、トキ、コウノトリ野生復帰成功の波及効果としてオオカミ、カワウソなど、哺乳類の絶滅種復活が期待される。

トキの野生復帰プロジェクトは、多くの主体(行政・NPO・教育機関・民間会社等)が連携し実現した。多様な主体が参画した自然再生事業として、その先例となり、技術的に評価されているとともに今後の自然再生事業への波及効果が期待されている。そして、地元の理解(農家など)を得て実施されたと言うことも重要である。このトキの事例は、オオカミ・カワウソの復活においても非常に参考になると考えている。

オオカミ復活への課題は、どれも解決可能なものだと考えている。しかし、実現にあたっては、こうした課題を検証し、まずは地域の合意を得ていかなければならない。まずは、“オオカミ復活”を議論の俎上に載せ、国民全体で議論を始めることが必要と考える。

おわりに

井上 剛

本セッションは、約30名の来場者があり、その中には野生生物保護学会の学会長、事務局長といった学会役員や知床財団の関係者なども含まれていた。学会の総参加人数が約150名、同時進行で複数のプログラムが開催されていたことを考えれば、盛会だったと言えるのではないだろうか。

今回セッション中で紹介したシンポジウムを開催するに当たり、道内会員と協力して、行政・研究者・各種団体を訪問あるいは案内送付(郵送・メール)を行った。

行政(道庁、振興局など)もこれだけシカ問題が深刻化し、解決策が見つからないなかオオカミによる自然制御にもある程度の理解を示しているという感触をもった。研究者の方々もオオカミの効果については、認めている部分もあるようだ。

しかしながら、やはり“オオカミ(その復活)”を前面に出すと、あまりに刺激が大きく、引いてしまうし、プラス面・マイナス面両方の検証が必要であることなど、理解は示しつつもまだ具体的検討の段階ではないという状況であった。ただ、少なくとも以前のようなオオカミというキーワード自体タブー視されるような状況からは確実に変わってきた(多少なりとも理解されてきた)ようには感じている。

本セッションでは、カワウソについて再導入事例をご紹介いただいたが、本種は各国で再導入事例があり、特に日本に近く、環境も似ている韓国でも研究が進んでいること、愛嬌があって親しみやすいイメージがあり、カワウソについては、日本においても国民が再導入は受容しやすいであろうと感じた。

逆に言えば、オオカミについても(既に絶滅しており、研究対象として難しいことは承知で申し上げるが)、研究を進めていかなければならないと痛感した。

いろいろな意見に真摯に耳を傾け、今後の活動に反映させていきたいと考えている。

オオカミ再導入の是非でいがみ合うのではなく、今後私たちは、後世に、次世代、子供たちにどんな未来を残すべきなのか、これはそのことを真剣に考える課題のひとつであると思う。

最後になったが、本セッション開催にあたり話題提供をご快諾いただいた小金澤・安藤・金の各氏、内容に関するアドバイスのほか、多方面でご支援いただいた丸山会長をはじめとするJWA関係者にこの場を借りて深謝申し上げる。

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