シカの増えすぎで尾瀬が危ない:オオカミ復活を急げ!

  アンケートの様子

◆一社日本オオカミ協会の尾瀬プロジェクト

日本オオカミ協会(JWA)では、今年も9月1日、2日両日、尾瀬でハイカー相手にチラシ配布、オオカミ復活賛否に関するアンケート調査を行った。2006年夏のチラシ配りから数えて7年が経過した。このシリーズは2010年以来今年で三回目。今回の尾瀬ヶ原では、二日で4人のチームが300名近いアンケートを集めることができた。この結果の詳細は後日、本欄で報告する予定である。ここでは、オオカミ導入賛否の結果と増えすぎたシカによる被害を中心に尾瀬の現況をレポートする。

オオカミ導入の賛否(アンケート結果:280人中)

ミズバショウのシカ食害

必要である:110人(39.3%)
わからない:144人(51.4%)
必要でない:26人(9.3%)

◆尾瀬はシカの食害で無残!

群馬、福島、新潟、栃木の4県にまたがる尾瀬国立公園は、本州最大の湿原を擁し、2007年に日光国立公園から分離独立。往時は年間来訪者数50万人だったが、その後30万人台に減少。昨年は震災と原発事故でさらに減少が伝えられたが、今年はシーズン中、木道を歩くハイカーが途絶えることがないほどの盛況ぶり。だが、こうした盛況は手放しでは喜べない。素晴らしい自然という資源あっての地元観光業にとっても同様であろう。利用者が増えた分、自然破壊が進むからである。欲望剥き出しの観光振興には自制こそが基本である。ところで、中高年登山客の多い他の地域の山岳地と違って、尾瀬のハイカーは若い世代が目立つ。こうした人たちのマナーはとても良いというのが、今回のJWAチームの感想であった。

シカ道

予想はしていたものの現地で驚かされるのは、ハイカーで終日賑わう歩道にまで相当数のシカが歩いた「シカ道」が縦横にできていたことだ。オオシラビソなどあちらこちらの樹木には樹皮剥ぎが目立ち、ニッコウキスゲ、ミズバショウ、ミツカシワなどの尾瀬の代表的な植物の大半が新芽のうちに食い尽くされている。掘り起こされて食害された根茎の回りにはかき分けられた泥が生々しい。こうした異常な光景の連続は、その意味を知る者にとってはショックだ。

◆シカ対策はこれでよいのか!

日本を代表する貴重な湿原がこれほどまでにシカの食害で崩壊しているのに、環境省など関係行政の対応は、微々たるもので被害の進行に追いついていない。シカ侵入防止柵(高さ2.4m)が建設されているが、一部わずかな地域に限られていてその効果はまことに微々たるものである。もっとも、その場しのぎの目先の対策に過ぎない、このような人工構築物の建設は、自然景観を破壊し、原生自然の保護という趣旨に真っ向背くものであるから本格的、抜本的対策を急いで、撤去すべきである。こうした柵ではシカの個体数抑制には何の効果もなく、ノウサギよりも大きな体のカモシカやツキノワグマなどの中大型の野生哺乳類の移動を阻害するから、野生動物の保護すら実現するものではない。視力の悪いクマは気づかずにネットに激突することであろう。

1998年にシカの生息が確認されて以来、シカの生息頭数は毎年増加し続け、2009年のナイトカウントでは一晩で最大42頭が記録されている(環境省資料)。当初、国立公園外で行われていた駆除は最近では国立公園内でも行われるようになったが、シカと被害の増加に追いついていない。

◆尾瀬国立公園シカ対策協議会の開かれた民主的運営を求める!

環境省により2000年以来、尾瀬国立公園シカ対策協議会が設立されているが、この専門委員はどのような基準で選定されているのであろうか。尾瀬のシカ対策は素人考え以上のものではない。委員の能力に問題があるのか、組織そのものに欠陥があるのかわからないが、徹底的検証を行い、委員選定をはじめとした公開原則に則った民主的な運営に改善してもらいたいものである。少なくとも委員選出は御用委員を排除するために公募制にして、いろいろな考えを持ち寄った委員による会議を開催し、得心が行くまで何日もかけるべきである。そもそもオオカミ復活案がこの組織で過去に十分に検討されてこなかったのが不思議である。行政が用意した資料と案を認証して権威付けることを目的にして、せいぜい数時間で終わる行政委員会のあり方の改善を求めたい。

日本オオカミ協会は、2006年以来毎年、ハイカーの啓発を目的にチラシ配りを行ってきた。ハイカーの反応には、開始当時と比べて昔日の感がある。大きな変化が感じられた。

シカの増加に呼応するかのように、殆どのハイカーがシカの食害の存在をよく認識しており、オオカミ復活に好意的な関心を寄せる人が多かった。中には「すぐにオオカミを入れましょう」という人もいるくらいである。アンケート調査の翌日、燧ケ岳から三平峠にむけて下山途中、「アッ、オオカミの人だ」と声をかけられた。ハイカーの多くは、以前と比べて、生態系の仕組みや自然保護に強い関心を持っており、オオカミ復活の必要性を話すと熱心に耳を傾けてくれた。チラシ配り配布当初の2006年頃、多くのハイカーは冷淡だったし、土産物屋の主人から迷惑顔で見られたものだったが、今は随分違った。

◆提案

シカ道

尾瀬に限らず行政の自然保護への取り組みは、甚だ後手後手である。佐渡島で、最後の高齢個体のトキがたった二羽になって、その保護運動を始動させたのも、行政ではなく民間であった。優れた景観と貴重な自然生態系を後世に伝えていかなければならない役割を持った国立公園がシカに食い尽くされ、森林すべてが白骨化するまで、行政は効果が期待できない侵入防止柵を作ったり、申し訳程度の焼け石に水の駆除を細々と続けたりして、税金の無駄遣いをいつまでも続けるつもりなのだろうか。

尾瀬は木道の整備も、これまでは地主の東電頼みであった。昨年の震災と原発事故で東電の収益がまったく当てにならなくなった今、尾瀬沼の南岸コースなどは荒廃が進み、ハイキングコースというよりはサバイバルゲーム用の悪路と化しつつある。環境省、地元自治体の積極的で有効な保全策が求められる。米国やカナダのように、こうした自然公園の入園料徴収も視野に入れたらどうだろうか。

健全な生態系とはどのようなものなのか、その鍵を握る頂点捕食者オオカミが欠けていることの問題点の理解は、現在、関係責任行政よりも一足先に、若い世代を中心にした大衆に浸透しつつあるようだ。さあ、行政はどうするのだろうか。

(2012年9月7日HP編集担当 佐々木まり子記)

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