国の姿勢はこれで良いのか? パブリックコメントへの回答から見えてくる問題点

(2012年12月16日:南部成美)

今年9月に生物多様性国家戦略2012が閣議決定されたが、その改訂時に募集されたパブリックコメントhttp://www.biodic.go.jp/biodiversity/wakaru/initiatives/index.html
に対する結果はネットで公開されている。
◆環境省のパブリックコメント結果(平成24年8月)
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/wakaru/initiatives/files/2012-2020/result.pdf
この結果から「国として生物多様性にどう取り組むつもりなのか」の姿勢が見えて興味深い。私も意見を18提出し(参照1)、そのうち約半数の9が採用され加筆・修正につながったが、むしろ、どんな意見がどういう理由で不採用になったか、採用されてもどういう修正が行われたか(参照2)から、多くの示唆を得ることができる。

◆絶滅種には向き合わない
オオカミという単語をはっきり出した意見や、明確に「オオカミ」「絶滅種」を想起させるもの、また現行の対応の方向性を変えることにつながるもの(参照3や4)についてはことごとく却下された。
明らかにはぐらかしの回答もある(参照5)。この改訂に向けた有識者懇談会で環境省が配布した資料に、オオカミの絶滅原因は「人による駆除」であると明確に書かれていた。にもかかわらずそれを教訓にすると明示することは回避した。これは、国家戦略を作成するにあたり現状把握とその評価を行った科学委員会が、評価対象を「過去50年間の変化」のみとし、それにもとづいてこの文書を作っていることに由来する。50年より前に起きた事象については肯定も否定も出来ないため、こういうかたちの黙殺しか方法がなかったのであろう(参照6)。

◆自然の力に依存しきった姿勢
この改訂の直前まで、環境省が「奥山地域の望ましいイメージ」として国家戦略に書いてきたのは、簡単に言えば「木や草さえいっぱい生えていればよく、人の踏み荒らしや違法採取さえ制限すればあとは放置でよい」と読める程度のとても貧弱なもので、そこでシカの増えすぎによる看過しがたい連鎖的影響がおきている危機感など全く感じられないものだった。この貧弱な奥山観がわが国の環境行政の姿勢を如実に物語っている。

さしあたり人為を排して自ずから成るべきようにしておけばそれが自然なのだ、と、奥山の回復力に依存しきっている。

そのことを、かつて説明会の「会場からの質疑応答」の際、私は質問したことがある。「奥山で起きているシカの影響による生物多様性の低下についてはどうするお考えですか」それに対して環境省職員の答えは「生物多様性の《底上げ》のために《簡単に手をつけられて成果も出やすい里山》に重点をおくつもり」というものだった。国土全体を鳥瞰し100年先の未来を考えて対策の優先順位をつけるのでなく、「国民の取組の成果が出ました!」と達成をアピールできそうなものから先に取り組む、と、まるで進学塾の受験対策か何かのように回答されて唖然としたものだ。「限られた予算で出来るところからやるのですから、どうぞご理解を」と言われても納得がいかなかった。国家戦略という文書が締約国どうしの成果を示しあう性格のものであることを差し引いても、生物多様性保全という理念の方向性を誤らせかねないこの環境省の姿勢は考え直してもらいたいと思っていた。
ところがその後も野生動物であるシカが学業優秀な官僚の都合などおかまいなしにせっせと増えて影響を拡大させたために、とうとう今回の改訂でシカ問題に触れざるを得なくなったというわけだ(参照7)。
そして今回ようやく奥山のイメージの中に「生物多様性に富んだ」の一語を入れさせることができた(参照8)。これは生態系の食物連鎖のつながりを取り戻すためのほんのわずかな前進と言えるかもしれないが、世界の趨勢をかえりみれば、いまさらパブリックコメントで指摘されてこの一語を入れるとは・・と逆に情けない気もする。
そして最後の方で、生態系の回復力だけに頼らず「人の手で補いつつ」という語句を明確に入れさせることができた(参照9)。これが、人の手による再導入(オオカミはもちろん、カワウソについても)へのほんのわずかな前進につながるとよいのだが。

◆国の姿勢としてオオカミに取り組んで欲しい
私は「少ない予算で成果の出やすい里山対策」を否定しているのではない。そうではなく、それゆえに奥山を後回しにしてもしかたないという姿勢が問題だと申し上げたいのだ。例えていうなら医療行政に似ているかもしれない。ひとつひとつの病気を治療し「これもこれも、こんなに治せるようになりました!」というのも大事かもしれないが、今や行政の力点は予防医学に移っている時代だ。なぜか。将来的にはその方が経費削減と人々の幸福につながると分かっているからだ。めざましい技術革新や喫緊の救命だけでなく、そういう、地味で成果が出るのはだいぶ先のことでも必要と思われる対策に取り組めるのは、国だからこそではないのか。
JWAの署名活動の成果をみてもわかるように、人々の自然に対する理解は霞ヶ関の官僚が考えているよりも先に進んでいる。JWA顧問  森谷允氏による記事「生物多様性国家戦略の危機認識と矛盾」にあったように、オオカミ不在による頂点捕食者機能の低下・喪失による生態系への悪影響を、新たに「第5の危機」と位置づける提言を行おう。一般の人々が「オオカミの帰還の遅れ=新たな危機の増大」とハッキリ認識できるように広めていこう。国家戦略は2020年に向けて今後も適宜改訂されるとのことなので、それに向けた動きに注視していきたいと思う。

※参照※
1.提出した意見番号は  41、44、45、62、65、70、93、138、236、24
4、369、372、408、479、483、946、981、1271

2.第1部第2章第4節 2 野生生物等の現状
意見:中・大型哺乳類の分布拡大の原因の説明が不足しており、文章構成も不自然なため現状を十分に伝える文章になっていない。拡大の原因をより正確に記述するべき。「数の増加とその原因」「生息適地の拡大とその原因」「動物の特性」の3つに整理し、現在わかっている事実を記述するため、以下のように修正した方がよい。
「・・に分布が拡大していく可能性が高いと考えられます。分布拡大の原因として、中・大型哺乳類の主な死亡原因の減少(オオカミの絶滅による捕食動物の不在、狩猟者の高齢化や減少による狩猟圧の低下、積雪量の減少など)により  個体数が増加したほか、集落人口の減少や高齢化に伴う耕作放棄地の増加や東北地方などの多雪地帯における積雪量の減少といった  生息に好適な地域がつくりだされていること、そして、中・大型哺乳類自身の移動能力と環境適応力の高さなど、いくつかの社会的・自然的要因が重なったことが考えられます。」
→《138》○ ※ただし環境省による修正文は下記の通り
◆環境省修正文
「分布拡大の原因として集落人口の減少や高齢化に伴う耕作放棄地の増加や東北地方などの多雪地帯における積雪量の減少などにより、中・大型哺乳類に好適な環境が増加したことに加えて、狩猟者の高齢化や減少、また、それらに伴い個体数が増加するなど、いくつかの社会的・自然的要因が重なったことが考えられます。」

3.第1部第4章第2節 3 森・里・川・海のつながりを確保する
意見:この1文は、ニホンジカに限ってはつながりを途絶すると特記しているようでこれだけでは不十分。加筆を要する。
「・・食害対策などにも取り組み、将来にわたる保護管理のあり方を、適宜、総合的に検討します。」→《372》×

4.第2部
意見:主要行動目標のB-1-3に、下記を加えるべき。
「また、政策オプションとなり得る他の保護管理手法の研究に着手する。」
→《479》×

5.第3部第2章第2節
意見:将来を考えるには過去の過ちに学ぶことも必要。以下のように加筆した方がよい。「・・いくためには、過去におこった絶滅の社会的背景や減少要因に学び、野生生物の適正な保護と管理を進めていくことが重要です。」→《981》×  「絶滅のおそれのある種の保全が明記されている」から、という理由で原文のまま。絶滅済みのものへの見解を示すこと回避。

6 第1部第2章第3節 1 第1の危機
意見:駆除も直接的な個体数減少要因である。よって以下のように修正。
「・・獲、盗掘、過剰な採取や無計画な駆除など直接的な生物の採取は個体数の減少をもたらしました。」
→《93》×「個体数を減少させる要因の主なものは例示したように乱獲や盗掘と考える」として原文のまま

7.意見:(1)奥山自然地域  に関して、《現状》《目指す方向》《望ましい地域のイメージ》いずれにもシカの影響に対しての考え方を明確に文章化したことは評価できる。
→《236》(これは意見のみ)

8.意見:《要約・・・一般の人の奥山自然地域の《望ましい地域のイメージ》はただ木が生えているだけでなく「野生動物にとってエサ豊富でゆたかな、捕食者までそろってバランスのとれた健全な森」である。それに沿った表現を加えるべき。》
一般の人に野生動物との軋轢回避の望ましい方策はと尋ねると、地域イメージとして「エサ豊富でゆたかな山、捕食者までそろってバランスのとれた健全な森であれば、野生動物は里に出てくることなく奥山にとどまっていてくれる(または、そうあってほしい)」と考えているという結果になる。(末尾に資料を添付)
豊かな森林とは、ただ生い茂る木々の姿を意味するだけでなく、菌類、草花、小動物から猛禽類まで含めて、人の目には容易にふれなくてもそこに生きる動植物の気配と命のつながりが感じられるものであるべきで、以下のように修正した方がよい。
「・・改変跡地では、人が補助的に手を加えて自然を再生するなどの取組により、そこに生きる動植物のいのちのつながりと微妙なバランスを実感できるような  豊かな森林が見られるようになっている。」
→《244》○ ※ただし「生物多様性に富んだ」の一言にまとめ加筆したのみ
◆環境省修正文
「・・改変跡地では、人が補助的に手を加えて自然を再生するなどの取組により、生物多様性に富
んだ 豊かな森林が見られるようになっている。」

9.第3部第3章第2節 新たな自然共生社会づくりの取組
意見:以下のように書き直す方が実態に即している。
「また、国土利用の再編を進めようという動きがある中で、生態系の回復力を活かしながら、回復力自体が損なわれている場合には人の手で補いつつ、国土全体にわたって・・・」→《1271》○

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