生物多様性国家戦略の危機認識と矛盾

(環境省に当協会が提出した意見書は以下をクリックするとPDFが開きます)

生物多様性国家戦略に対する意見書(E)-1

(2012年 12月  JWA 顧問 森谷允)

第5の危機:絶滅種オオカミ復活による食物連鎖の修復放置は許されない

平成24年9月28日に閣議決定した、生物多様性国家戦略2012-2020(以下では「国家戦略」と表記する)は、平成22年10月に名古屋市で開催されたCOP10で採択された愛知目標の達成に向けた、わが国のロードマップを示すために策定された。

 この「国家戦略」では、日本オオカミ協会の主張する、頂点捕食者・オオカミの復活については取り上げられていないが、「国家戦略」に内包する問題点を指摘し、当協会より環境大臣宛に提出されている意見書を補足したい。

1、我が国「生物多様性の危機」についての認識。

 「国家戦略」では「生物多様性の危機の構造」として以下の4点を人間との関わりが原因となっているものとして指摘している。  第1の危機「開発など人間活動による危機」(生息・生育環境の破壊と悪化)、  第2の危機「自然に対する働きかけの縮小による危機」(耕作放棄地・放置里山林・狩猟者の減少による狩猟圧の低下)、  第3の危機「人間により持ち込まれたものによる危機」、 第4の危機「地球環境の変化による危機」。 この4つの危機のうち、第1・第2・第4はシカ・イノシシの増加に対し影響を与えているが、最も根本的には、人間の手により絶滅させられた頂点捕食者・オオカミの欠如した生態系が機能不全に陥り、我が国の豊かな自然生態系を崩壊させようとしていることである。これを第5の危機「生態系のしくみの崩壊による危機」と名付ける。この第5の危機によりシカ・イノシシの異常な増加が起こり、今日の危機をまねいたことを「国家戦略」では、明確に認識していない。中・大型草食獣のいる生態系を適切に維持・管理するには、頂点捕食者の存在が不可欠である。この考え方は、今や世界各国で共通のものになっている。

2、生物多様性国家戦略を支える「理念と行動計画」が一致していない。

 「国家戦略」では、生物多様性によって支えられる「自然共生社会」を実現するための「理念」として「自然のしくみを基礎とする真に豊かな社会をつくる」と述べている。さらに「自然のバランスを崩さず、将来にわたるその恵みを受けることができるよう、共生と循環に基づく自然の理に沿った活動を選択することが大切です」とも述べている。

 しかしながら、「特定の鳥獣(シカ・イノシシ)による生態系への影響や農林水産業への被害が深刻化」していることにたいしては、「防護柵」や「効率的な捕獲技術の普及」「捕獲体制の構築」等人間にのみ依存した解決策を採ろうとしており、この「国家戦略」の理念である「自然のしくみを基礎とする」という考え方とは真っ向から対立する方策を示している。今後の人口減少・高齢化社会のなかで持続可能な有効な解決策にはなりえない。従って「自然のしくみを基礎とする」方策、即ち頂点捕食者・オオカミの復活は、理念と方策の一致した、最も持続可能且つ有効な方策である。

最後に、この「国家戦略」策定に関わった官僚諸氏、学者諸氏に問いたい。この生物多様性国家戦略は、国家100年の計として、子孫に豊かな国土を遺せるか、自問して欲しい。

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