おかしなジビエ振興 供給は需要をつくれるか?

「供給は、常にその需要をつくりだす」と「セーの法則」はいう。ふとジビエ振興のことを思い出した。増えすぎのシカやイノシシの肉をせっせと食べて、獣害対策と地域おこしを進めようというものだ。ジビエとは野生の獣肉のことだという。そういえば、ヨーロッパの田舎のレストランのメニューには、シカやイノシシ、ウサギの肉のページがあったりする。これを真似たのが日本の昨今の「ジビエ」である。日本人の多くはこれを聞いてもチンプンカンプン、何のことだかわからない。野生の獣肉を不浄の物として忌み嫌って、これに慣れ親しんでこなかった歴史があるからかもしれない。

野生肉を提供するためには、定められた衛生条件をクリアした処理施設が必要である。そこで農林水産省はじめ地域の行政が多額の補助金を用意したり、地元のシェフを動員して試食会を催したりして普及に努め、需要をつくりだそうと躍起になっている。当初は全て補助金だの行政頼みである。ともかく供給に成功すれば、狩猟意欲を刺激し、ハンターも増えてどんどん獲物を供給してくれるから、肉の価格が適正に下がり、害獣の数も減って、ジビエも売れ、万事目出度しとなるはずである。さて「セーの法則」はうまく働くのだろうか。

田舎暮らしの我が家の新聞に一枚のチラシを見つけた。ジビエ推進派の地方議員の広報紙である。町議会が野生獣処理加工施設建設予算を否決したことを不満に感じて、「ジビエ施設は獣害対策であると同時に、そのために命をもらう害獣を鎮魂するという人の道のための施設なのだから税金を使ってもいいではないか」と主張しているのである。どこかで耳にしたような気がするセリフである。ジビエ処理施設は農林水産省の音頭とりで全国に約120箇所以上があるが、採算が取れているという話は聞いたことがない。地産地消をうたう地元スーパーの店頭価格は、100グラムでイノシシは600円、シカは300円であった。これは各地で多少の違いはあるかもしれないが、高額感はどこでも同じである。売れるのだろうか。一年前のものだけれど、肉はそれくらい経っているほうが熟成していて美味しいのだとは店主の話であった。

「捕獲報奨金を払った上に加工施設の赤字補填に税金を使うぐらいなら、駆除個体は穴を掘って埋めた方がましだし(これは生態学的には理にかなう)、殺して食べて、あげくに感謝、鎮魂とは笑止千万」とは加工施設の建設に反対する別の町議の意見である。ジビエに早い時期に乗り出した先進県の加工施設関係者は、加工施設の運営がいつまでも税金頼りから抜け出せそうにない現状から先行きに不安を感じているとの話も聞く。ジビエ振興がうまくいって害獣の数が減れば減ったで、その分供給は難しくなるから、肉の値段は高くなる。消費者にとってジビエは不要不急の贅沢品のようなものだから、需要もしぼむ。これはわかりやすい需要と供給の関係である。昨今、うなぎのシラスが減って、スーパーからうなぎが姿を消し、うな丼の値段があがって消費が減っているのを見れば納得である。庶民はウナギを食べるのを諦めたからである。駆除と資源利用を狙った一石二鳥のジビエ振興は「セーの法則」の例外のようである。これはさておき、ジビエは美味しい。だが、ジビエを頂く度にシカやイノシシたちにレクイエムを捧げるのも億劫だ。ジビエ食の本場の欧州でもシカとイノシシは増えすぎて、獣害に困っているようである。ご存知だろうか。

(2013年5月10日狼花亭)

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