JWAオープンセミナー第7回:感想

お話し:作家樋口明雄氏 猿害を巡る犬猿の攻防

「八ヶ岳と南アルプスにおける鳥獣害対策について」

オオカミレクチャーの第7回は、2013年6月15日(土)13:30から約2時間、作家の樋口明雄氏(光文社文庫「約束の地」(2011年)で大藪春彦賞・日本冒険小説協会大賞をダブル受賞)によるお話を伺った。以下はその概要である。

山梨県北杜市における獣害と地域社会の現状、主にサルによる被害とその対策について、多くの写真を用いてお話しいただいた。豊かな自然の中で暮らしたいと移住したが田舎暮らしは「スローライフ」などという甘いものではなく、近隣の水企業と井戸の水涸れに悩む地元住民との対立といった都会とのしがらみもある、といったあたりを話の枕に、ユーモアを織り交ぜつつも笑えない生活実感としての獣害が語られた。

北杜市のサルたちは田畑の農作物に餌づいていて、人家の軒先でくつろいだりと人間社会への警戒心のうすさは10段階ある獣害レベルでは8~9のレベルになっている(最悪のレベル10は人家に入ってくる状態)。対策としては柵を作ったり犬による追い払いを行ったりしているが、めざましい効果は得られず、人とサルの知恵比べの状態が続いている。

行政は高名な研究者を招聘して獣害対策についてのシンポジウムを開催したりしているが、会場写真で分かるように客席はガラガラ。実際に獣害に困っているはずの地元住民は誰も聴講に来ない。樋口氏のように移り住んできた住民(地元では「きたりもん」と称されるとか)や別荘地に居住する人々がやっていることだ、と関心をもってもらえず、もとからの住民との間の意識の差は大きい。狩猟者の減少についても高齢化・後継者不足を解消するような状況にはなく、狩猟者自身の中にもルールを無視し特権意識をふりかざすような人がごく少数いるためハンター全体の印象が悪くなり銃猟禁止区域を設定せざるを得なくなったりと、獣害対策としては好ましい方向にはいっていない。

対立するばかりでは実が無いので、田舎暮らしの中で地域のために出来ることからやろうと、官民一体の活動を目指して民間団体「やえんぼう倶楽部」を組織し市役所林政課と協働して獣害対策を行ったり、「里守り犬」というモンキードッグとその持ち主を同時に養成する活動にも取り組んだ。しかし、国のモンキードッグ関連予算は3年という年限があるし、役所も人事異動で人が変われば一から説明のし直し。農地には腐った野菜や生ゴミが放置されておりそれがサルを誘引し養っている。里で生まれ育ったサルは山の中で餌を取ることを知らず、いくら追い払っても人のスキをみて里に戻ってくる。行動圏調査のラジオテレメトリーをつけようとサル捕獲檻を仕掛けていたら事情を知らない愛護活動家らしい人がサルを逃がしてしまう。そのうち北杜市での調査研究は断念・・と、ため息をつくしかない現状が語られた。

樋口氏のお話から見えてくるのは、日本中の獣害に悩む地域社会ならどこででも見られる「三つ巴の構図」だ。高齢化・後継者不足と共同体の衰退で意欲も体力も失った「地元民」、将来展望の見い出せないまま限られた予算と少ない情報で仕事をしなければならない「行政」、そして比較的若く、体力もやる気もあるがしばしば価値観や収入源は外部にある「移住者」。地域を獣害から守るにはこの三者をうまく組み合わせる必要があるのだが、地元民は「とにかく誰か何とかしてくれ」と言うだけで自分では動かない(あるいは体力的に動けない、声も上げない場合もある)。住民が動かないので行政は、効果の有無はともかく事業だけはたちあげ実施してみる。移住者は、そんな地元民と行政にどんな立場でどう関わるべきか分からないまま熱意と体力を浪費する・・会場からも「うちの地域も同じ」という声があがった。

そして会場との意見交換の最後に会長が質問した。「今の対策で、はたしてサルは減りますか?」樋口氏の答えは「減りません」。

そうなのだ。この「三つ巴」の苛立ちや失望は、しばしば怒りや憎しみとなって獣害を引き起こす野生動物にその矛先を向けるものの、実質的に効果の上がる対策にはつながらない。獣害に悩む地域社会の一番の問題点はそこなのだ。

樋口氏に言うとおり、里で生まれそこを餌場と認識しているサルは、いくら奥山に追い上げてもそこで生きるすべを学んでいないので里に戻るしかない。里で増えたサルの数が減らず、それを追い戻そうとする奥山が、増えすぎたシカによる環境改変を受けてボロボロになっていればなおさらだ。追っても追ってもサルは生きるために戻ってくるだろう。人が、地域社会が、音をあげるまで。

ここからは樋口氏のお考えとは違うかもしれないが、私たちはやはりサルの獣害に対する根本的な解決策として、サルを捕食し、またシカを減らして生態系のバランスを整えてくれるオオカミの必要性を提案せずにはいられない(JWAは、目先の益害論を超越した、絶滅種の純粋な復活を目指している)。いくら里での対策を工夫しても、対症療法だけでは問題解決の先送りにすぎないからだ。

樋口氏の次回作は受賞作の続編で、主人公はオオカミの復活に関する事業に関わることになるらしい。もちろん小説であるし、「オオカミが戻ってハッピーエンド」というようなストーリー展開にはならないかもしれないが、読む人に「自分はどんな地域社会の中で、どんな自然と向き合って生きてゆきたいのか」を考えさせる物語であって欲しいし、きっとそういう作品になるのだろうとの期待を抱かせてくれる講演会だった。

(記:南部 成美 JWA企画推進委員)

 

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