「日米独オオカミシンポ2015:復活と保護」開催報告書

 

オオカミは怖くない、本当は人を恐れる臆病な動物なのです!

[要旨]

1.「日米独オオカミシンポ2015:復活と保護」は2015年6月3日から9日まで、長野県蓼科(蓼科グランドホテル滝の湯)を皮きりに、静岡県三島市(三島商工会議所)、東京都(日比谷コンベンションセンター)、北海道札幌市(北海道大学農学部講堂)、大分市(ホルトホール大分)、川越市(ウエスタ川越)の6都市で開催され、910名の方々が集まった。その様子は、多くの新聞や放送などメディアを通じて紹介された。

2.本シンポの基調講演者は、米国からはオオカミの生態研究と保護活動に造詣深いデイブ・ミッチ博士、ドイツからはオオカミ保護活動のエキスパートであるバーカス・バーテン氏、そして日本は丸山直樹氏(日本オオカミ協会会長)。基調講演に続き、3氏を中心にパネルデスカッションが行われた。

3.「赤頭巾ちゃん」のような寓話などに影響されてオオカミを恐れる人の存在は日米独に共通しており、オオカミ保護に関係している民間団体がオオカミに関する正しい科学的な知識の普及教育に従事している。(米独での保護運動は会員数数十万人規模の複数団体が、日本では会員数約500人の日本オオカミ協会だけが従事)

4.反オオカミ運動は、米独では放牧業者及び狩猟者によって担われている。ただし、実際には家畜の被害率は極めて低い。日本では行政、行政寄り研究者・知識人・農業者などが反オオカミサイドに立っている。反オオカミ意見は今や少数派になっている。日本でのヒツジなど放牧家畜被害を口実にした反オオカミ論は架空のもの。ドイツでの現在オオカミが生息している農村部の人口密度は日本に比べて高い。

5.オオカミによる人身害の発生は、ドイツではオオカミの復活以降皆無、カナダ以南米国48州では記録皆無。アラスカ、カナダでは数例の記録があるが、餌付けなどの不適切な扱いが原因。

6.イエローストーンではオオカミ再導入後、エルクの生息数は減少し続けている。これがオオカミの捕食効果かどうか研究者の間で議論されているが、やはりオオカミの捕食効果だと考えられる。

7.ドイツではアカシカ、ヘラジカ、イノシシに対する捕食効果ははっきりしない。これは、近年作付けが増えているバイオエネルギー用作物(菜種など)はシカ類の食物となっていること、ハンターが狩猟用の獲物確保を目的に冬季給餌を行っていることによる増加がオオカミの捕食を上回っているからだと考えられる。

赤頭巾ちゃん8.日本ではオオカミ復活を観念的に恐れているが、ドイツではクマの復活を恐れている。両者に共通していることは、人は知らないもの、馴染みのないものを恐れる心理的傾向があるということだ。この観念的な感情を取り除くには、実態を正しく知ってもらう啓発教育活動が大切である。

9.米国では、オオカミの分散能力と生息可能地域の分布からみて、北部ロッキーや五大湖地方だけでなくより広大な地域にオオカミの生息域が広がることが期待できる。ドイツでもオオカミの生息域はさらに拡大しつつある。EU加盟国はベルン協定によりオオカミは保護が義務付けられているので、ドイツだけでなく各国で生息域が拡大するであろう。

10.ドイツ及び米国では、オオカミの保護管理は、関係団体、個人が参加可能なラウンドテーブルで合意形成が諮られる。米国では判断が司法に委ねられる事が稀ではない。日本は行政の恣意が優先されている。

 

シンポの狙いと謝辞

2012、13年のドイツからの招聘シンポ(講演者はマグナス・ベッセル氏)二回に続く今回のシンポ「日米独オオカミシンポ2015:復活と保護」(6月3日~8日、6回)のテーマは「オオカミを知ろう:オオカミは怖くない、本当は人を恐れる臆病な動物なのです!」でした。

「森の中、病気のお婆さんを見舞う小さな女の子。これを襲って食べようとするオオカミ」といった具合に、子供の頃からこんな話ばかり聞かされ続けてきた私たち。これではオオカミを恐ろしい蛮獣だと思い込んだとしても不思議ではありません。作り話だとわかっていても、心のどこかにオオカミは怖いという感情がこびりついています。この誤った感情をクリーニングしてくれるのが正しい情報にもとづく理性なのですが、両者の葛藤は勝負がつかぬままに繰り返されます。私たちがこんな具合に悶着している間にも、日本の自然生態系はあちらこちらで壊れ続けています。いつの間にかシカやイノシシ、サルが増えて身の回りを徘徊し始め、森や草原、田畑を荒らしまくります。可愛いバンビでお馴染みのシカも増えすぎれば迷惑動物。強力な消化器官を備えた彼らは、次々と森の木々の皮を剥ぎ、固い枝も噛み砕き、森やお花畑を消滅させ、落ち葉まで食べ尽くして、生態系を丸裸にしてしまいます。土が流れ、斜面が崩れ、恵みの山は生き物が姿を消した岩山になってしまいます。土砂は湖沼や河川を埋め、海に流れ出して磯を埋めます。豊かな自然は不毛の荒野に変わってしまうのです。

今や多くの日本人がこれに気がついていないわけではありません。メディアも、各地の危機的な惨状を繰り返し報道するようになりました。この対策として、シカの数を減らそうとして、ハンターを増やし、狩猟規制を緩和し、ジビエ振興を歌い、狩猟者の減少に歯止めをかけ、狩猟を元気付けようと努力はしているのですが、シカなどの野生動物の増加には追いつきません。一時的に減っても手を緩めればすぐに以前以上に増え初めます。アライグマや小型のシカのキョンのような外来動物まで加わって対応は完全に手詰まりです。最後の手段は天敵オオカミの復活なのですが、行政はオオカミを嫌って、完全無視を続けています。

この理由は簡単、オオカミ怖さの「赤頭巾ちゃん症候群」に取り付かれているからです。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」よろしく、偏見による恐れが理由なのです。オオカミが好んで人を襲う習性などありません。この病気の治療方法は実に簡単。正しい姿を知ることなのです。

今回、オオカミ復活先進国から二人の専門家を招聘しました。お一人は、米国の政府機関に所属するデイビド・ミッチ博士。先生はオオカミの研究と保護に人生を捧げてきた研究者です。その成果は、出版や講演、対話集会などで気さくにわかりやすく語られ続け、オオカミ復活運動への貢献は国際的にも高く評価されています。身近で先生からオオカミの話をしていただくのは得がたい機会です。

もう一人のお客様は、寓話「赤頭巾ちゃん」誕生の地、ドイツからおいでいただいたマーカス・バーテン氏です。同氏は、民間団体であるドイツ自然・生物多様性保護連合(NABU)でオオカミ保護政策の専門家として、ドイツの里山ともいうべきオオカミの生息地を回って、その生息状況を調査し、行政だけでなく、直接住民に接して、オオカミ保護の必要性と家畜の被害防除の方法を説き、NABUのオオカミ博物館で市民や子供たちに語りかける普及教育の専門家です。今回は、住民が毎日農林業を営み、村も町も大小の都市もある「文化景観地域=里山」でのオオカミと住民の共存、そして住民との合意形成の方策について語ってもらいました。

オオカミとの共存は、想像するほど難しいことではありません。実は、オオカミは人を恐れる臆病な動物なのです。その生態をきちんと理解すれば、オオカミを怖がることはありません。実際にオオカミと共存している国の専門家の話を聞いて、「赤頭巾ちゃん病」の悪夢から覚めて一刻も早くオオカミを呼び戻しましょう。これこそかけがえの無い自然を守ることにつながります。このシンポの目的は、オオカミとともに暮らす社会の様子をお二人の招聘者にお話いただき、日本の社会に巣食う「赤頭巾ちゃん」的偏見を追い払うことなのです。

このシンポの開催にご理解、ご支援いただいた、多くの団体、市民、マスコミ、行政の皆様に、あらためて心より感謝申し上げます。また、資金をご提供いただいた助成団体、寄付金をお寄せいただいた多くの一般有志の皆様ならびに日本オオカミ協会会員、また貴重なボランティア活動を提供していただいたシンポ開催地域の関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。

2015年6月9日
「日米独オオカミシンポジウム2015:復活と保護」を終えて
一般社団法人日本オオカミ協会会長 丸山 直樹

 

□ シンポ開催状況

本シンポジウムは、全国6か所で開催し。合計910名の参加者を集め、日本の自然環境にオオカミを呼び戻すための情報発信として成功のうちに終了しました。

開催地と参加者数は以下の通り。(実施順) 長野県茅野市「蓼科グランドホテル滝の湯」(170人)・静岡県三島市「三島商工会議所TMOホール」(130人)・東京都千代田区「日比谷コンベンションホール」(160人)・北海道札幌市「北海道大学農学部」(70人)・大分県大分市「ホルトホール大分」(50人)・埼玉県川越市「ウエスタ川越」(330人)

 

□ 基調講演

【丸山直樹氏】(日本)

日本の森林の惨状はすでに皆様ご存じのとおり、北は知床から、日光や尾瀬、南アルプス周辺の櫛形山、北岳、伊豆半島天城山系、南の屋久島等いずれも80年代以降、高山植物や天然林がシカの食害を蒙り、10年もたたないうちに壊滅的な被害を受けてしまいました。紀伊半島の大台ケ原は先行事例です。早くも1960年代からシカ被害が出始め、年を追ってひどくなり、今や樹木がほとんどすべて枯れて白骨樹林化し、ミヤコザサの草原に変わってしまいました。これを観光客は深山幽谷と勘違いするのですが、実はかつては鬱蒼としていてじめじめとしたコケのマットで覆われていたのです。妖怪伝説で知られた昼なお暗い森だったのです。これを壊したのは増えすぎたシカです。富士山麓では、地表を覆う植生が消滅し、土が流れ出し、森の土壌崩壊が進行しています。北海道から九州まで、全国百名山すらかなりの山は同じような惨状を呈しています。

日本中、シカやイノシシ、サル、タヌキ、アライグマ、アナグマ、ハクビシンが、千葉県では小型の外来鹿キョンまで爆発的に増加しています。行政は、狩猟と駆除による個体数コントロール、侵入防止柵だけで対応し続けていますが、成果ははかばかしくありません。捕獲数は増えているものの分布域は拡大の一途にあり、これに対応して、自然生態系の被害は減らないどころかますます増大し続けています。農業被害もひどく、全体で200億円を超える被害額のうち160億円くらいがシカイノシシによって占められています。農村では、電気柵を作って防ごうとしていますが、漏電で効果がなくなり、畑の区画単位に従って、内側にもう一つ電気柵を設置しています。それでもダメで、さらに個人の畑に柵を作って3重の柵にしているところもあります。生態系被害は75兆円にも上るというような試算を見たことがあります。交通事故も深刻です。鉄道事故は、数年前の統計では全国で1200件/年、500億円といった損害が出ています。人身事故の発生も毎年のことです。

私たち日本オオカミ協会では、次の二つの理由から日本でのオオカミ復活を求めて活動してきました。第一は、オオカミはもともと私たちと共存してきた種であるということ。第二は、オオカミ復活は、日本の生態系と産業と生活の安全を守る決め手であること。

それに対する国民のオオカミに対する賛否は、1993年の第1回のアンケート調査では支持率10%台に過ぎず、反対は45%もありました。賛成はその後目立って増えることはなかったのですが、反対は徐々にではありますが減ってきました。そして第6回目アンケート2009年に賛成が初めて反対を上回ったのです。そして第7回目の2012/13年調査では、賛成は40%に急増し、反対は激減して13%台になりました。

こうした賛成の増加にもかかわらず、環境省のオオカミ理解は相変わらずです。一昨年の環境省中央審議会の野生動物小委員会でマリ・クリスティーヌ氏が「人間中心主義ではなくオオカミを中心とする自然管理をするべき」と発言されておいでです。これに対する環境省野生生物課中島課長の発言は「我が国においては、オオカミの天敵としての機能を認めて、復活させるようなことは人間や家畜に悪い影響があるために考えていない」というのです。2014年春、衆院環境委員会では野党議員二人(民主、篠原氏、維新、百瀬氏)の質問にも環境省は同様の回答をしています。彼らの回答は、正しい情報にもとづくものでないことはもちろんです。赤頭巾症候群的な思い込みを感情的に繰り返しているのです。虚言を承知で強弁しているのかもしれません。オオカミ先進地域の米欧からおいでいただいたミッチ博士とバーテン氏の話を直接聞いていただくならば、皆様は、この問題の真実について容易に判断していただけることでしょう。

 

【デイビド・ミッチ氏】(米国)

ミッチ博士日本とアメリカは共通点が多いと思います。オオカミがかつて生息していたということ、そして、絶滅させたことも同様です。日本は根絶に成功し、北部ロッキーと北部ミネソタ州など一部地域を除けば、アメリカもほぼ成功したと言ってよいでしょう。しかし、近年になって保護の気運が高まり、イエローストーンを含む北部ロッキーでは再導入に成功し、ミネソタ、ウイスコンシン、ミシガンなど五大湖西岸一帯では増えつつあります。

オオカミは北半球の北緯10度以北の南インドから、メキシコ、シベリア、アラスカなど北極海沿岸まで北半球の広大な地域に生息しています。 しかし、歴史的には、人口の多い南のほうから人間によって絶滅させられてきました。こうしたことでは1905年に絶滅した日本も変わりはありません。

オオカミの食性は多様です。野生動物、家畜、ベリー(キイチゴ類)、死肉まで、多くを食べます。主要な獲物は、やはり有蹄類です。アメリカでは、ムース(ヘラジカ)、エルクなどの大型のシカ、オジロジカ、ミュールジカのような中・小型のシカ、オオツノヒツジのような山岳棲の動物も食べています。まれには、ヒツジなどの家畜も対象となります。ミネソタ州の場合、家畜がオオカミに殺される割合は飼育頭数の0.1%にすぎませんから、彼らの食べ物の大部分は野生動物なのです。ヒツジは日本ではあまり飼われていないので大きな問題にはならないでしょう。

どこの国でもオオカミは人を猛獣と誤解して嫌がる人が少なくありませんが、私自身のことを言えば、オオカミを55年以上研究しているのですが一度もオオカミに危険を感じたことはありません。ご覧いただいているこの写真は、3mくらいにまで近づいてきたオオカミを観察しながらメモをとっている私です。アメリカでもそうですが、人が襲われることを心配する人は少なくありません。しかし、事実を示すなら、アラスカとカナダを合せて7万頭のオオカミがいますが、50年間に人間が殺された例は2件しかありません。不用意な給餌等で人馴れが進んだことによるものと考えられています。アラスカを除くアメリカ48州では約6000頭のオオカミが生息しますが、被害はありません。インドの貧困地域のように子供たちが原始的な生活をしている地域では、オオカミに子供が襲われたという報告例もありますが、これはきわめて例外的です。

(主催者注:村社会の母子家庭のような貧困層は集落の周辺部に起居し、暗いうちから親は乳飲み子を連れて畑に出てしまい、  後には子供たちが残される。こうした子供たちは暑さをしのぐために戸外で寝ていることが多く、オオカミに狙われ易いと報告されている。)

このように説明しても恐怖心は残ります。でもこれは単なる誤解による思い込みの恐怖心です。

オオカミは家族で群れを作り、その家族群はパックと呼ばれています。ミネソタの場合、オオカミの群れは小型のシカを食べ、パックテリトリーの面積は、獲物の密度(バイオマス)、オオカミの密度などによって影響されますが、通常は100平方kmから500平方kmの間におさまります。オオカミは、パックテリトリーの中を1日20~40kmの距離を巡回しています。

子供は一腹で平均6頭が生まれます。子供たちの成長は早く、6か月で大人と同じ大きさになり、1歳になると性的にも成熟し、1~3歳の間に子供たちはパックを離れて、分散(ディスパーザル)と呼ばれる放浪の旅に出ます。このような若いオオカミがどのくらいの距離を移動するかというと、1000kmも移動するものもいます。アメリカに現存するオオカミの生息可能な地域は広大ですが、これからも次々と分布域は拡大するでしょう。

オオカミの環境適応能力と分散能力からみて、その再導入の成功は難しくはありません。日本でも実施すればたちまち全国に広がり、個体数は増えていきます。再導入自体は技術的には簡単ですが、議論を呼ぶところでもあります。というのは、アメリカでもまだオオカミに来てほしくないと考えている人たちは少なくありません。そうした人たちに納得してもらうように説明を尽くすことは簡単ではありません。

オオカミが増えればシカは確実に減ります。オオカミとシカの頭数の均衡は、平均350頭のシカに対してオオカミ1頭と計算されます。イエローストーン公園では、オオカミ再導入前に16000頭から18000頭いたエルク(体重200~300kgの大型のシカ)は、オオカミ再導入後15年間で4000~6000頭にまで減りました(2014年には4000頭以下)。いろいろ議論はありましたが、この減少にオオカミが大きく貢献したことは科学者の意見が一致しているところです。オオカミを復活させればシカが減ることは確かなことです。オオカミの捕食によって、シカ、イノシシのような獲物の数が減れば農家は助かることでしょう。一方、シカが減ればオオカミも減ります。オオカミの死亡率が高くなるからです。オオカミの死因には、オオカミ同士の闘争や獲物が獲れなくなるための餓死、病気、それに交通事故などです。オオカミは、シカの群れの中から不健康なものを選び出して捕食しています。病気、怪我、弱い個体を追跡する間に選び出して標的にします。その結果、シカの群れも健康が維持されます。

また、オオカミが起こす食物連鎖の波及的影響(栄養カスケード)という概念は重要です。オオカミがシカを減らすことによって植生が回復するのは確実で、多くの証拠が挙げられています。しかし、その細かいメカニズムやオオカミの役割の程度については議論が続いています。というのは、イエローストーンでは、鳥類やビーバーが増えたことは確かな事実なのですが、エルクの数を減らしたのはオオカミ復活だけが原因かどうかはまだ科学者の間で意見の一致をみているわけではありません。ミネソタ州のロイヤル島やアラスカのバンフ国立公園では証拠が挙がっていますが、イエローストーンではまだ科学者の間で議論は続いています。科学者の結論にはまだ時間がかかるでしょう。

オオカミは観光にもよい影響を与えています。イエローストーンにはオオカミ目当てに多数の観光客がやってきて、オオカミを望遠鏡で眺めています。(地域経済に)年最大50億円の経済効果が出ています。インターナショナルウルフセンター(国際オオカミ博物館)のあるミネソタ州のイリーという小さな村では、センターを訪れる観光客が落とすお金は村の経済に大いに貢献しています。日本円にして年6億1500万円の効果があります。

アメリカでも、オオカミをこれ以上復活させるかどうかという点で、国民の全てが賛成しているわけではありません。抗議もあります。そのため、オオカミが生息する州では政府がオオカミをハンターを使ってコントロールしようとしているケースもあります。

日本でのオオカミ復活を考える場合、オオカミを中国やインドから生きたまま捕え、日本へ移送することが考えられます。最初に放されるオオカミに、GPSを装着した首輪をつければ、その移動や、個体数の増加も追跡することができます。

 

【マーカス・バーテン氏】(ドイツ)

バーテン氏私の所属する組織はNABU(Nature and Biodiversity Conservation Union)は、会員50万人の、ドイツ最大の自然保護団体です。もともとは野鳥の保護を目的にして100年以上前に設立された団体ですが、今は様々な野生動物を対象にした保護活動を行っています。

ドイツは(ヨーロッパ)大陸の真ん中に位置し、国土条件は日本とは異なります。地理的には、北部の大部分は平地になっており、南部の山岳地帯はアルプスへ連なっています。歴史的にみると、中世に始まる伐採によって減少した森林は、そのボトム以降、増える傾向にあります。中世には10%しかなかった森林率は、現在は30%にまで回復しています。人口8800万人。国土面積は35万7千平方km(主催者注:日本は37万7千5百平方km)。大きな都市はそう多くありません。日本と比較するとあまり人口密度は高くありませんが、地方と都市はバランスよくわかれているので、地方の人口密度は日本よりも高いのではないでしょうか。

ヨーロッパでは「ベルン協定(1979)」をもとにして野生動物とその生息地の保護が始まりました。1980年のオオカミの分布図を見ると、ヨーロッパの中央部にはほとんど生息していませんでしたが、西ヨーロッパではイタリアやスペイン等の周辺地域では少なからず残っていました。EUによるベルン協定にもとづく政策指令によって、オオカミは保護動物に指定されて、加盟各国に保護の義務が課せられました。

オオカミは人間によって絶滅しましたが、もともとヨーロッパに住んでいた動物です。今、ドイツに生息するオオカミは、バルト海沿岸地域からドイツ方面に移動して来たもので、ラウジッツ地方(ドイツ東部のブランデンブルグ州とザクセン州にまたがる地域でオーデル川を挟んでポーランドに接する)で2000年に初めて定住が確認されました。イタリアで生残していたオオカミは、保護策によって増加し、2000年には国境を越えてフランスに侵入しました。このように、現在、オオカミはすこしずつ分布を拡大しています。最近では、オランダ、ルクセンブルク、デンマークでも見つかっています。

ドイツでは2000年以降、ラウジッツ地方のオオカミは、その周辺部、特に北部、西部へとドイツ全国に生息域を拡大し増え続けています。2014年にはドイツ国内で35の群が確認されています(1群の構成頭数は約8頭)。現在、生息頭数は200頭以上になりました。ザクセン州に特に多く、ベルリン近郊にもいます。ほとんどは中央から北部の低地です。成長して群れから独立するオオカミは移動能力が高く、ドイツ全域、どこにでも現れます。オオカミにとって国境は関係がないので、さらにポーランド、チェコ、デンマーク オランダに拡大しつつあります。

ドイツでのオオカミと人間の関係は悪いものではありません。シカ(アカシカ、ノロジカ、ファロージカ)が生息していますが、家畜では羊、ヤギも普通に放牧されています。オオカミには家畜と野生動物の区別がつきませんから、それは人間がわからせてやらなければなりません。10ものオオカミの群れが人口20万人の都市近郊で確認されているザクセン州だけでも15000頭の羊が放牧されています。これらの家畜を保護するために政府から助成金が出ています。電気柵のような効果的な柵も考案されています。家畜がオオカミによって殺された場合は、1頭当たり350ユーロの補償金が払われます。州が支出するオオカミ対策費は年間たったの約350万円に過ぎません。内訳は、夜間、家畜を囲い入れる電気牧柵の設置費と、昼夜、羊たちを守る護衛犬の導入に必要な費用で300万円弱、家畜がオオカミに殺された場合の補償(100%)で50万円です。

もう一つの問題は、人間を攻撃しないのかという疑問です。オオカミが復活したら、行政は人を守るためにオオカミを排除する防護柵を作らなければならないのでしょうか。また、人間はオオカミが生息する自然の中に入っていってオオカミを恐れることなく活動できるのでしょうか。

東部ドイツでオオカミの個体群が200頭にまで増えた15年の間に人間が襲われるような事故はゼロです。人間とオオカミは棲み分けているのです。オオカミは、人間が生活する田園地帯では、人間が活動していない夜間に活動し、人間と遭遇することはほとんどありません。政府としても自然地域での人間の行動を規制することはなく、オオカミが生息する森に警告の看板はありません。大人も子供もオオカミがいる森に自由に出入りすることができます。

ドイツではクマは絶滅してしまいました。そこで、私たちはクマを再導入したいと考えていますが、ドイツ人はクマをとても恐れています。クマが生息する日本では人々は、クマをそれほど恐れてはいないようですが、生息していないオオカミを恐れています。これはつまり「知らないものを恐れる」という心理によるもので、人間も生態系の一部だということを忘れつつある私たちのエゴなのです。

 

○パネルディスカッション

最初に、同時通訳で行われた日比谷コンベンションホールのものを紹介します(発言者記号A:朝倉裕氏、B:マーカス・バーテン氏、D:D・ミッチ氏、M:丸山直樹氏)。続いて、他の5会場で日比谷と重複しないものを付記します。

ミッチ博士とバーテン氏

[日比谷コンベンションホール]

A:バーテン氏、ミッチ氏には、長野県の蓼科高原、北八ヶ岳亜高山帯林のシカによる被害状況、それに富士山麓では造林地を囲うシカ侵入防止柵を視察していただきました。感想はいかがですか。

D:驚きました。これまで、あれほどひどいシカの被害は見たことがありません。

B:私もです。自然の破壊に心が痛みました。あれほどシカがいるとは。ドイツでもシカの多いところはありますが、それは狩猟のためにシカを増やすことを目的に人工給餌しているからです。日本では、どうしてこれだけの被害が起きているのか、農産物の被害を防ぐためにどうしてこれだけのコストが発生してしまっているのか、その中で、どうやって自然を保護していけばよいのか、いろいろ考えさせられます。

A:アメリカのイエローストーンでも、オオカミが復活するまでは、シカの増えすぎで生態系が崩れたと聞いていますが。

D:そのとおりです。以前は増えすぎたエルクがいろいろな植生に被害を与えていました。しかし、今回日本で見たほどではありません。これほどまでの樹皮剥ぎ被害はアメリカでは一般的ではありません。オオカミが復活後の変化に関してはいろいろな報道がなされていますが、科学者の間では合意したわけではありません。すなわち、この変化がオオカミの導入の結果生まれたものなのかどうか、意見の一致はまだありません。

M:アメリカ人研究者は議論好きなのですね。イエローストーンには私も何度も足を運びましたが、生態系の中でも、復活している部分、していない部分があり、どこに着目するかでも捉え方が違ってくる。しかし、オオカミが復活する前に16,000~18,000頭いたエルクがすでに4000頭くらいにまで減っている。この減少が生態系に影響を与えないわけがない。オオカミは生態系の復活に貢献していると思いますが。

A:オオカミの再導入の結果、エルクは減った。ここまでは確実に言えるのですね?

D:はい。エルクの個体数変化とその因果関係について多くの研究が為され、結論が出されたのです。イエローストーンではエルクの捕食者は複数がいます。アメリカクロクマ、グリズリー、マウンテンライオン、コヨーテなどです。また、エルクが国立公園の外に出れば人がハンティングで殺すし、長い旱魃もありました。エルクが減った主な理由が何かを知るのに手間取ったのです。しかし「オオカミが一番大きい要因だ」と合意したのです。

A:では、このようなイエローストーンの事例を参考に、もしオオカミが日本に戻ってきたらどのような変化が起きるか、お考えをお聞かせください。まず、バーテンさんにお聞きします。ドイツではオオカミの捕食の対象になるのは何なのでしょうか。

B:有蹄類です。エサの50%がシカ類で、次にイノシシを食べています。イノシシは、病気で弱ったりしている個体です。シカは、春に生まれた幼齢個体をよく獲ります。

A:アカシカはエルクと同じで、大きいものですね。より小さいノロジカは、ニホンジカと同じくらいのサイズですね。

B:アカシカはノロジカやニホンジカと違い、体重も重いし生態も違います(主催者注:北米のエルクと同種)。アカシカはドイツでは限られた地域にだけ集中して生息しています。

A:ヨーロッパでは、ポーランドに生息するオオカミはアカシカを捕食しているのですが、ドイツでは個体数が多いノロジカを主要なエサとしていると聞いています。そうですか?

B:そうです。ポーランドでは、餌のシカに占める割合はアカシカが50%、ノロジカが30%です。ポーランドに生息するアカシカとノロジカの個体数は同じなのに、なぜアカシカの割合が高くなるのか、その理由はわかっていません。

A:アメリカには、エルクと小型のアメリカジカ(オジロジカ、オグロジカなど)がいます。それらをオオカミは、どのような割合で選択していますか?

D:オオカミがどの種を選ぶかという正しい情報を得るのは難しいが、どういう獲物を殺すかということは分かっています。オオカミは「どの種を選ぶのか」ではなく、体が弱そうな個体を選ぶのです。1965年から調査を続けているミネソタ州の私の調査地にはヘラジカ(シカ類で最大)もオジロジカ(小型のシカ)も棲んでいますが、オオカミはどちらも倒します。でも、何を倒すかというと、健康が阻害されている方を倒すのです。大きくても弱っているヘラジカがいればそちらを襲い、小型のシカでも健康な個体は襲いません。どちらの種を好むかではなく、あらゆる種を対象にするけれども、どの「個体」が弱いか、健康が阻害されていて獲りやすいかを、狩りの時に瞬間的に判断して選ぶのです。

A:これに関して、会場からの質問があります。そういった、年取ったり弱ったりした獲物動物がいなくなったら、オオカミはどうするのでしょうか。

D:極端な場合、オオカミは飢え死にします。それほどでなくても、オオカミは飢え死にする前に他の地域に移動して、そこで不健康な動物を探します。その途上で、他のオオカミに遭遇しますから、戦いになって死んだりします。また、オオカミはあまり子どもを多く産まなくなります。あるいは、放浪の旅(分散、ディスパーザル)に早く出るようになります。通常は3歳で自分の群れを出ますが、2歳や1歳で放浪の旅に出るケースもあります。獲物が少なくなることに対してオオカミは適応していて、いろいろなかたちで対処します。

A:オオカミは弱い動物を食べる。では、強いシカよりも、弱い乳牛や家畜を襲うのではないですか?『ウルフ・ウォーズ』の中で著者ハンク・フィッシャーが同じ質問をミッチ博士にしています。この本が書かれてから30年後の、ここ日本でも博士に同じ質問をさせていただきます。どうでしょう。

D:答えは、オオカミは家畜よりもシカを殺す可能性の方が高い、ということです。日本で見てきたような多すぎるシカはお腹を空かせていて、弱く不健康になる確率が高いのです。ですからオオカミは、餌となるシカを容易に見つけることができるでしょう。一方、家畜は、大きくて防御的ですし、人もオーナーとして家畜を守ります。もしオオカミが日本に再導入されたら、簡単に捕れるシカを多く殺すことになると思います。

M:この問いかけ自体、日本ではあまり意味をもたないのではないでしょうか。アメリカと日本では家畜の飼い方が違う。日本にある牧野は、放牧場ではなく採草地です。日本の酪農地帯といえば代表的なものが北海道の道東ですが、そこでは1軒当たりの農家の草地は平均100ヘクタールぐらい。一方、アメリカは数千~数万ヘクタールです。規模もまったく違うし、粗放な飼い方です。

A:再導入すると、人および社会との関係が重要な課題になりますが、バーテンさんは8年間追いかけているオオカミに出会ったのは何回ありますか?

B:オオカミと出会うのは簡単なことではありません。2002年以降、私は5回、オオカミを見ています。そのうち1回は隠れて、もう1回は夕方に車の中から遠くに観察できたのが比較的長時間見られた例です。

A:オオカミが棲んでいる地域の住民は、頻繁に目撃することはあるのでしょうか。

B:頻繁ではありません。偶然に出会うことがあるという程度です。私たちは、住民にオオカミを見かけたら連絡してくれるように頼んでいます。でも連絡はあまり来ません。良くあるケースとしては、夕方、遠くに見えたというものです。ラウジッツの住民たちにとっても、オオカミを見られるのは非常に稀なことなのです。

A:ミネソタ州の北部にはオオカミが3,000頭くらい生息していますが、どれくらいの頻度でみかけられるのでしょうか。

D:バーテンさんがおっしゃったように、人々がオオカミを見かけるのは珍しいことです。

A:ミネソタの人々は、オオカミを怖がっていますか?

D:その質問の答えは分かっていますよね。怖がる人もいれば怖がらない人もいる。それが現実。どこでもそうです。一般的に、ミネソタ北部の人々はオオカミを怖がってはいない。でも、中には怖がっている人がいないでもない。

A:ではオオカミが人と出会った時、どういう行動をすることが多いのでしょうか。

D:それも場合によります。多くの場合、ミネソタ州のオオカミは人と会わない(笑)。オオカミが人を避けようとするからです。ただ、若い個体が放浪の旅の途中で、人と馴染んでしまうことがある。理由は、人が餌を与えるからです。車から食べ物を投げ与える。餌をもらって人に馴れると、人はより頻繁に餌をやるようになる。最終的には、人馴れオオカミは捕まえて他につれていくか、殺すしかなくなる。しかしそういった例はそう多くはありません。ミネソタ州全体でも、そんなことを聞くのは年に1,2回くらいです。

B:オオカミへの餌づけは、これまでドイツでは経験がありません。これはオオカミの管理(ウルフマネジメント)の中できちんと扱わねばならない問題です。野生の獣を餌づけするということがどういう意味を持つのか、研究者も、公に情報を出さなければなりません。「餌づけは大きな間違いである」ということ、人間にとってもオオカミにとっても、どれだけのコストとなり、どれだけの悪い結果を生むかを、科学者も説明しなければならない。

M:日本ではよく「イヌを連れて山を歩いている時にオオカミに出会ったらどうすればいいんですか」という質問を受けます。

B:あり得ることとしては、オオカミはイヌを、自分のなわばりに入ってきた侵入者とみなし、イヌと一緒にいる人間も、同じく侵入者とみなす、ということです。人は狩猟にイヌを連れていきます。でも、こういった時にオオカミに襲われたイヌはいません。ハンターとイヌがオオカミの生息域に入った時、ハンターは狩猟をするだけでなく大きい音をたてる、するとオオカミは人間をいち早く察知してしまいます。

D:ミネソタでの、イヌへのオオカミの反応は多様です。リードがついてない場合、オオカミはイヌを捕殺する場合がある。リードがついている場合は、オオカミそれぞれの個体にもよりますが、攻撃的にイヌに接近することがあります。最も危険な状態は、リードのついたイヌを連れてオオカミに近づくことです。イヌを連れない場合よりも、リード付きのイヌを連れていく方が攻撃にあう可能性は大きいのです。

A:日本にオオカミを入れることでデメリットが考えられるかとの会場からの質問があります。日本にオオカミが復活した場合、何かデメリットは考えられるのでしょうか。

D:何かあるとしたら特に家畜との関係でしょう。それを無くすのは難しいとは思いますが、あったとしても稀だと思います。むしろ、オオカミが戻った場合のメリットの方がデメリットをはるかに上回って大きいはずです。

B:私も同じ考え方です。この数日、日本のシカの状況を見ました。オオカミが復活してなんらかのデメリットがあるとしても、ドイツの経験から考えて、それはきわめて限られたものでしょう。それに、自然は100%安全なものではありません。何事にもデメリットはゼロではないのです。しかしオオカミのデメリットとは、そうした自然要因の一つなのです。オオカミは自然に属しているのですから。ドイツの多くの人々、ほぼ70%の人がオオカミの復活を願っています。ですから、オオカミに関するデメリットは住民にとっては受け入れ可能なデメリットだと思っています。もうひとつのものの見方として、日本にクマがいるメリットとデメリットは何ですかと聞いてみるのはどうでしょう。実際に日本では住民とクマの間にはいろいろな軋轢が生じています。大変なデメリットです。でもやっぱり日本にはクマがいた方がいいと人々は答えるでしょう。

A:オオカミ再導入に際してどういう市民教育をすればよいかお尋ねします。一般の人たちにドイツの例を話す時、戻ってきたオオカミはベルリンから20数kmのところで巣をつくって繁殖している。これを日本で考えると、八王子から20数km、つまり相模湖や御岳などに棲みはじめたようなものだと伝えるのですが、実際、大都市に住む市民はオオカミのことをどう考えているのでしょう。賛成反対の割合はどうなのでしょうか。

B:都市に住んでいる人々は、明確な支持の姿勢です。彼らはマイナスの影響を受けることはなく、休暇の時にそういう地域に行ってオオカミを楽しむことが多いからです。都市住民はエコシステムや環境に対する意識が高くなるような高等教育を受け、理論的にものを考えます。そしてエコシステムが完全なものであるべきだという考えを持つようになります。オオカミはエコシステムの一部だという考え方が市民の中で共有されるのです。

D:私からも言わせて下さい。これは世界中同じです。アメリカでも、クロアチアでも、イタリアでも同じです。調査によると、一般的に、オオカミに反対の人たちは農村部に多く、都市部では賛成の割合が高くなります。

M:都市部でのアンケートで支持が高いのは日本オオカミ協会のものでも同様です。里山地帯や農村でオオカミの支持は低い。でも奥山に住む人は、野生動物には理解がある。

B:ですから私たちは2つに特化して活動を行なっている。反対派向けキャンペーンと支持している人向けのキャンペーンです。支持派の人たちはオオカミをあまりにも美化していて、農家に被害を与えることを考えません。だから、私たちは、オオカミは神聖なものではないということを伝えます。オオカミを普通の野生動物と見ることが重要です。

A:NABUはドイツ最大の自然保護団体ですが、他の自然保護団体やWWFなど世界規模の団体はオオカミに賛成ですか?保護活動には参加しているのでしょうか。

B:はい。オオカミ・マネジメントのラウンドテーブルには大規模な自然保護団体はすべて入っていて、非公式でもやりとりがある。意見交換をして、すべてのコンセンサスが得られています。反対している団体はありません。どこの自然保護団体もオオカミの復活に賛成です。

A:自然保護団体としては、ほかに登山者の団体などもありますか?

B:それほど重要性はもっていないと思う。オオカミがそこにいる可能性はあるが、そういう団体にとって、オオカミがいることは大きな問題ではない。地域の観光協会では、たとえば「リューネブルガー・ハイデ」という、ハンブルグの南の有名なハイキング・スポットがありますが、そこにはオオカミの群れが3つあり、観光はより盛んになっているそうです。オオカミの存在で観光業にポジティブな影響があるようです。

A:ではそろそろ結論に近づいていきたいのですが、この一連のシンポツアーで八ヶ岳、富士山を見て頂きました。そのほか電車の中から見た風景など、これら日本の景観の中に、オオカミが戻ってくることは可能なのかどうかについてお聞きします。オオカミが生息可能かどうか、という面から、実現は可能でしょうか。

D:もちろんです。前に住んでいたわけですから。オオカミは、あらゆる環境で暮らしてきたということがあります。オオカミはどんなところでも暮らせるのです。北緯10度以北の森の中、ツンドラ地帯から山の中まで、食べるものさえあれば暮らせるのだから、日本で暮らせないはずがない。

それに厳密な調査をしないと再導入ができないということはありません。世界中のオオカミ研究者に「オオカミは日本で暮らせますか」「シカを食べますか」「それによって植生が助かりますか」と尋ねれば十人が十人、イエスと答えるでしょう。それで十分です。徹底的な調査をする必要はない。オオカミを良く知っている人に聞けば、みんな合意してくれるでしょう。

A:もうひとつ、日本の市民が懸念を覚えるのは,日本は人口の密度が高いということ、そこにオオカミが戻ってこられるのかという点です。実際は、日本の人口は都市に集中していて、山岳地帯は人口密度がきわめて低いわけですが。

D:これが重要なポイントです。都市の人口密度は関係がない。日本は都市以外の人口密度は低い。こちらの方が大切です。農村部での人口密度は、日本よりもドイツの方が高いかもしれませんよ。

B:オオカミが日本に復活することができるのかということですが、地理的、自然的にはイエス。問題は、社会が受け入れるかどうかということです。社会はいろいろな要素があると思います。皆さんとここでこうして「オオカミが棲むことができるのか」を議論していること自体興味深いことです。日本にオオカミはいないがクマがいる。ドイツにはオオカミがいるがクマはいない。そのような中で、もしドイツでクマが復活することは想像できないと言ったとすれば、それは、クマがいるのにオオカミが復活するのは想像できないという日本と同じことが起きているわけです。これはつまり、我々人間側の「知らないものは怖い」という心理でしかなく、人間も生態系の一部だということを忘れつつある私たちのエゴなのです。だから是非ともオオカミの復活にトライして欲しいと思います。日本の社会、日本の人々がオオカミ復活を受け入れるとしたら、そこからドイツも学ぶことができると思います。

A:同じように百年前後の空白を経て、アメリカは人為的に、ドイツは自然な分布拡大で、オオカミが復活しました。日本の自然もオオカミを待っています。シカも待っています。私たちも待っています。植物も、土壌も、オオカミが戻ってくるのを待っています。本日は長時間にわたりお聞きいただき、ありがとうございました。

 

[三島商工会議所TMOホールにて]

M:(コメント)米独のオオカミ復活と保護の制度的出発点は、米国の場合、「絶滅危惧種法(ESA)」(1973)の成立、ドイツをはじめとした欧州の場合、「野生生物とその生息地の保護に関する協定(ベルン協定)」(1979)の成立です。日本も「自然環境保全法」を1972年に成立させていますから、スタートは同じであるということもできます。しかし、日米独の決定的な相違は、あくまで人間中心か、一歩踏み出して自然との共生を意識し、その実現の途を開いたかどうかにあるように考えられます。米独に共通している点は、動物愛護運動や自然保護運動は19世紀には盛んになっていたということです。一方、日本ではどうかというと、こうした運動が盛んになるのは戦後からです。日本は自然と人間の共生文化のスタートが欧米と比べて1世紀以上も遅れているということなのです。オオカミ復活論はこの問題と切り離しては考えられません。

 

[ホルトホール大分にて]

杉浦教授(大分文理大)司会の下で会場から、ドイツではシカ類(アカシカ、ノロジカ)やイノシシに対するオオカミによる抑制効果は如何かという質問がありました。

B:ドイツではまだオオカミの捕食効果ははっきり出ていません。その理由として考えられるのは、最近ドイツではバイオエネルギー用に菜種などの作物の栽培が大規模に行われており、これがシカ類にとっての餌植物となっているのです。また、ハンターが自分たちの獲物を増やす目的で冬の間、アカシカやノロジカに人工給餌をしているのです。主に、これらがシカやイノシシの栄養状態をよくして、繁殖を増進し、オオカミの捕食を上回る増加をもたらしていることが考えられます。オオカミの交通事故死によってオオカミの増加が抑制されることの影響は考えられません。

 

[ウエスタ川越にて]

オオカミの復活と保護管理に当たっての合意形成の方法:

M:市民運動がオオカミ復活保護の推進役になっている状況は日米独に共通しています。ところで、行政はというと、日本では行政主導で会議が持たれ、その構成委員はもっぱら行政の指名によっているので、その合意形成は行政サイドに偏ったものになっています。行政はオオカミ復活に反対している状況ではオオカミ復活推進の意見は出にくいし、出しにくい。出しても直ちに抑えられてしまいます。これは民主的とはいえません。米国の州政府は、オオカミの管理に関するラウンドテーブルを用意し、関心ある個人団体の参加は開かれていると聞きます。

D:そのとおりです。

B:ドイツでは市民の意見を無視する政府は選挙を通じて支持を失います。

 

付録:

1 各会場の催行状況

 

日付 時間 場所 講師・進行役 責任者 通訳方式 聴衆数
6月3日(水) 15:00~18:00 蓼科グランドホテル ミッチ博士・バーテン氏・丸山会長 朝倉裕一氏(蓼科オオカミシンポ実行委員会) 英・独逐次 170
6月5日(金) 13:30~16:30 三島商工会議所 ミッチ博士・バーテン氏・丸山会長 仁杉支部長 英・独逐次 130
6月6日(土) 13:00~16:40 日比谷コンベンションホール ミッチ博士・バーテン氏・丸山会長・朝倉理事 朝倉理事 英・独同時 160
A:6月7日(日) 14:00~16:00 北海道大学農学部 ミッチ博士・石川理事 石川理事 英逐次 70
B:6月7日(日) 14:00~16:30 ホルトホール大分 バーテン氏・丸山会長・

杉浦大分文理大教授

杉浦顧問(一財)日本造園修景協会大分県支部顧問 独逐次 50
6月8日(月) 18:00~21:00 ウエスタ川越 ミッチ博士・バーテン氏・丸山会長 岩堀理事 英・独同時 330
910

 

パネルディスカッション

2 後援団体

共催(蓼科、大分):蓼科シンポ実行委員会 (一社)日本造園修景協会大分支部

後援:三島市 川越市 川越市教育委員会 北海道大学農学部 ドイツ連邦共和国大使館 (一社)日本植木協会九州ブロック (公益財団法人)日本生態系協会 産経新聞社 蓼科グランドホテル滝の湯(会場および宿泊提供)

 

3 報道メディア

6/9 産経ニュース(中部版)南伊豆の民間団体「オオカミ復活で獣害防止を」

6/6 毎日新聞 Web【静岡】オオカミ:復活を考える 三島で日・米・独シンポ、農作物のシカ被害増え /静岡

6/6 伊豆新聞:復活提唱オオカミ協 米独専門家招きシンポ

6/4 長野日報 Web:オオカミ復活で鹿害防止 茅野でシンポ 日米独の専門家講演

5/31 東京新聞 Web 【埼玉】オオカミは怖くない?生態系回復のため導入訴える

5/25 埼玉新聞:オオカミ復活でシカ害対策を 川越で6月8日、研究者招きシンポ

5/21 産経新聞【埼玉】:オオカミ復活で日本の山の生態系守れ 6月8日、川越でシンポ

 

 

 

 

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