オオカミの執拗な襲撃から生還したというカナダの女性の話

信じられますか?このニュース「オオカミの執拗な襲撃から生還したというカナダの女性の話」

『森の中でオオカミに襲われること12時間、極限状態から生還したカナダのおばさん』というタイトルのCBCのニュースがありました(http://gizmodo.jp/2016/07/12_29.html)。

この内容をかいつまむと、飼い犬を連れて友人と森へキノコ狩りに出かけたカナダの中年女性が友人とはぐれ、トラックへ帰ろうとしたが、オオカミの襲撃のために帰れなくなってしまった。オオカミは飼い犬と女性を狙い一晩中執拗に追いかけまわした。明け方、親子のクマがいたので、彼女は母グマがオオカミに気づき子グマを守るためにオオカミを攻撃することを期待し、子グマに近づいたところ、思い通りに母グマがオオカミと戦ったので生還できたという。

この記事を読んでオオカミは人を襲うと心配になった人がおいでかも知れません。あるいは、この記事を読んだ人から「オオカミは危険だ。オオカミ協会の主張は間違っている」と言われたらどうしようとお考えの人もおいでかも知れません。しかし、このニュースの信憑性はたいへん疑わしいのです。ニュースでは、大きな黒いオオカミが、缶ビール1本を持った女性と飼い犬を狙って一晩中執拗に襲ったというのです。本当にオオカミは襲ったのでしょうか。オオカミは静かにそっとついて行っただけかもしれません。そのような習性が日本では目的地まで安全に送ってくれる「送りオオカミ」と言われていました。この言葉は現在では「好意的に女性を送り届けながら、途中でこれに乱暴を働く危険な人物」(広辞苑)と反対の意味に使われています。

数年前にスウェーデンでは、赤ちゃんを乳母車に乗せ、犬を連れて散歩中の女性とオオカミが森で遭遇したニュースがありました。この場合、オオカミは吠え掛かる犬をかみ殺し、口にくわえて立ち去り、人を襲う様子はなかったということです。お腹が空いたオオカミならば、犬をさっさと捕らえ、森の中に消えていくのではないでしょうか。また、カナダの女性は大量の蚊に襲われ腫れ上がった顔で写真に写っていますが、森の暗闇の中を逃げ回ったのですから、打撲、擦り傷があってもよさそうなものです。そのようなことは書かれてはいませんし、写真からはわかりません。オオカミは一晩中ついてきたのですから、連れていた犬がおとなしくしていたとも考えられません。犬は、オオカミに激しく吠え掛かり攻撃しなかったのでしょうか。もしそうだとしたら、オオカミはこれに反撃しなかったのでしょうか。執拗に自分を追い回すオオカミを子連れのクマと戦わせて難を逃れたという話は、通常、犬は吠えたり、攻撃しようとするので、オオカミ、クマ両方の攻撃を誘発したとしても不思議ではありません。そうしたことにはならなかったのでしょうか。

犬が人を噛んでもニュースにはなりませんが、オオカミが人を襲えば大騒動になるのが普通です。昨年、知床で開催された『知床国立公園における野生動物の保全と管理シンポジウム』で、カリフォルニア大名誉教授デール・マッカロー博士は、「オオカミによる人間の安全に対する脅威は、ほとんどないか、皆無である」と断言しておいでです(知床博物館報告特別号第1集2016/2/29発行)。オオカミは危険動物ではないということはオオカミ研究者の常識です。だからなのでしょうか、このニュースでは、警察も、ハンターも、行政も、誰も動き出したことは書かれていません。専門家や研究者の談話もありません。森の中で一晩明かし路上で警察に発見されたのち、プレスに写真が送られてきたとだけしか書かれていないのです。執拗に追い回すオオカミを母グマと戦わせて生還したという話は、悪者から逃れる冒険小説のようでうまく出来過ぎていませんか。どうしてこのようなホラ話としか思えないような記事が掲載されたのでしょうか。この記事は小話として取り上げているようなごく軽い感じを受けます。洋の東西を問わず、一部のメディアにはオオカミについてのニュースを待ち構え、真偽を確かめずに興味本位に取り上げる傾向があるようです。この場合も、オオカミを悪者にしたいという記者の期待(先入観)にかなうものだったからではないでしょうか。

井上守 記

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