『WWFジャパン』は『WWF』ではないのか?オオカミ再導入から目をそむける不思議な自然保護団体
JWAはこの秋、昨年に続いて米独の専門家を招聘してシンポジウムを開催する。(「日米独オオカミフォーラム2016」10/22~10/27 徳島、添田(福岡県)、広島、京都、横浜)
今回は、米国地質調査所(USGS)とドイツ・ゼンケンベルク博物館研究所からオオカミ研究者、ドイツのオオカミ保護に携わるNGOの担当者、そしてアメリカ・イエローストーンからはオオカミを20年間観察し、環境教育に携わってきた米国立公園局公認のネイチャーガイドを招聘し、米独のオオカミ研究及びオオカミを巡る人間社会の状況を報告し、日本の自然界のシカ増加と森林生態系の劣化という現状と対比して日本へのオオカミ再導入を考察しよう、という内容である。きわめて科学的かつ野心的な、日本の自然を考えるうえで必要な内容であると考えている。フォーラムを開催するにあたって様々な団体に協力を求め、後援を求めた。日本の自然保護団体の草分けであるWWFジャパンもその一つである。しかし、WWFジャパンからは、日を置かずして後援辞退の返事がきた。下記にその後援辞退の理由全文を紹介する。
「社会的には再導入は「移入種」を放つ事になり、家畜や人間に被害を与えないか、自然生態系に悪影響を及ぼさないかが問題となる。これらの法的・社会的課題を考慮すると、オオカミの再導入には解決しなければならない問題や課題が多くあり、今のところ具体的な対策には入れない段階にある。」(2016年8月4日 作成責任者 草刈秀紀)
この「辞退の理由」、正当な判断と言えるだろうか。せっかくオオカミ再導入についての公式な見解を披瀝していただいたのだから、この文章から、WWFジャパンの判断が正当かどうかについて論評してみたい。
まず冒頭で「再導入は移入種を放つこと」とある。ところがそこには、「社会的には」という限定もついている。では、社会的ではない科学的な判断はどうなんだ?という疑問が真っ先に頭をもたげる。
野生動物保護に関する国際的な専門機関IUCN(国際自然保護連合)が定義している「再導入」とは、ある種がもともと生息していた地域であったが,すでにそれが絶滅してしまった場所に,「その種のもともとの自然生息地・分布範囲の中で」その種を定着させるよう試みることである。
一方、過去日本列島に生息していたニホンオオカミは、DNA分析がなされてハイイロオオカミの一亜種であることがはっきりした。ハイイロオオカミは広大な北半球に分布するが、人間社会からの圧迫で生息地が半分程度にまで縮小した。元々の世界の分布図を見れば、日本列島も縮小した生息地の一部であることは明白である。もともと日本列島に生息していたハイイロオオカミを再び定着させる行為は、科学的には「外来種の移入」ではなく「再導入」なのである。
その科学的判断よりも、社会的判断の方が上に来る理由が、次に続く「家畜や人間に被害を与えないか、自然生態系に悪影響を及ぼさないかが問題となる。」という部分なのだろう。ではこの部分は正当と言えるだろうか。
WWFはヨーロッパでオオカミの保護活動を展開しているが、その公式見解を紹介しよう。WWFジャパンの回答とはまったく逆のことを言っているのだ。
http://www.wwf.eu/natureup/beauties_nature/wolf/faqs/
(WWF Europe Policy Office)
ここに書かれていることは、欧米の政府機関、自治体、NGO問わず、オオカミを保護し、復活を支援する組織なら共通している。欧米の野生動物保護NGOにとっては当然の内容だ。
【1】オオカミはめったに人を襲わない。事実そのような記録はほとんどない。自然の獲物が豊富にいる限り、オオカミは家畜を襲うようなこともない。
【2】オオカミの家畜被害は、伝統的な農業にとってリスクは小さい。適切な予防手段を適切なところに講じている場合には特にそうだ。オオカミと共存するためにうまく予防手段を使っている羊農家は多い。
【3】自然生態系にとっての重要性のため、また、オオカミという種の保護のため、彼らが故郷だと感じる適切な場所への再定着を許容するべきである。
この夏、オーストリアに134年ぶりにオオカミが復活して繁殖したという報道があった。WWFオーストリアの生態学者、Christian Pichler.からの報告である。その報告は、オオカミが復活したという喜びに満ちたものであり、人身被害や家畜被害を恐れるニュアンスなど微塵も感じられない。まして、日本より長い空白期間をもって自然生態系への悪影響を懸念する気配もない。彼は取材に対して、オオカミは危険な動物ではないと強調しながらこう応えている。
If you see a wolf, enjoy it.It is a unique experience.
「もしオオカミに出会えたら、その体験を味わって!めったにないことなんだから」
ヨーロッパでWWFはオオカミが適切な地域に広がるのを助け、生息数を増やそうとしている。WWFジャパンは、JWAへの回答を書くにあたって、WWFヨーロッパのこの見解を参照したのだろうか?WWFオーストリアに、復活したオオカミについての情報を照会したのだろうか?
このたびの回答でWWFジャパンは、「オオカミ再導入」には「解決しなければならない問題や課題が多くあり、今のところ具体的な対策には入れない段階にある」、だから後援はできないと結んでいる。
具体的対策にいたるまでにステップを踏むことが必要なのは当然であるが、踏むべきステップとは、まず科学的に正当な考えかどうかを検証し、正当であると判断したなら(欧米の研究成果を参照するなら、再導入は正当かつ必要不可欠であるのだが)、日本の現状と照らして必要かどうか、可能かどうかを検討、そして社会的に受け入れられるか、受け入れられるためには具体的に何をどうすべきかを考えるというのがスジであろう。
だが今回の回答を読む限り、WWFジャパンはWWFヨーロッパが踏まえている「科学的な」判断は見ていないか、知りながらあえて無視している。そして日本での必要性について考えることを放棄している。当然ながら社会が受け入れるために働きかけるつもりもないらしい。まして環境省の考えを変えようとは夢にも思わないのだろう。
HPによればWWFジャパンは、自らの活動の規範として「7つの行動原則」を掲げている。http://www.wwf.or.jp/aboutwwf/mission.html
その中にこのような原則がある。
「問題に取り組むに当たっては、入手し得る最高の科学的情報を用い、自身の取り組み評価を厳しく行なう」
しかしオオカミに関してWWFジャパンは、「入手し得る最高の科学的情報を用い」ることを拒絶している。
昨年、JWAが開催したシンポジウム「日米独オオカミシンポ」(2015年6月)に際しても、私たちはWWFジャパン事務局長あてに案内状を送付した。こちらとしては、現在世界のオオカミ研究のトップであり、IUCNオオカミ専門家会議座長を長年務めたD・ミッチ博士を招聘し、55年にわたる彼の研究成果を聞くことのできるめったにないチャンスを提供したのだが、残念ながらWWFジャパンからの公式な参加者はいなかった。今秋のフォーラムも、オオカミとシカ、それをとりまく生態系、人間社会との相互関係などなど最新の科学的情報を得ることのできるチャンスであるが、WWFジャパンは関心を示そうとしない。
イエローストーンの生態系にオオカミを再導入した結果、確認されつつある栄養カスケードは、彼らにとって最新の「最高の科学的情報」には当らないのだろうか?ドイツはじめ欧州24か国に復活・保護され、オオカミが住民と共存している様子は、彼らにとって不都合な真実なのだろうか?
WWFジャパンの会員証には、「会員は人類が自然と調和して生きられる未来を築くために日々行動する」との宣誓文が印刷されている。今の森林の様相はまさに、日本人が自らの国土を守り、自然と調和して生きていくためにオオカミの再導入による生態系の機能の復元が必要な緊急事態だ。しかし、WWFジャパンは、森林生態系からの警告に目をつぶり、肉食獣の復活には社会的な反発が予想されるからと、調べてもいない世論を盾に「考える」ことさえせず、科学者が提供する研究成果を見ようともしない。海外の同志の持っている材料さえ参照しない不思議な自然保護団体である。この問題に関してWWFジャパンだけが世界中のWWFの中で、科学的根拠もなく独自の路線を取ろうとしている事実を知ったら、4万人を超えるというWWFジャパンの会員は大いに困惑することだろう。
WWFジャパンには、世界的な自然保護団体WWFとしての本来のあり方に立ち戻って、日本の自然のあり様を真正面から見るようご忠告申し上げたい。それには、オオカミとオオカミ再導入について学ぶことが最も近道である。今回のフォーラムへのWWFジャパンの関係者、会員の来場を期待している。
2016年9月6日 一般社団法人日本オオカミ協会 常務理事 朝倉裕