誰もオオカミがこわいとは思っていなかった!

千葉県にオオカミがいた!
でも誰もオオカミがこわいとは思っていなかった!

2017年12月9日、千葉市民活動支援センター会議室で、江戸時代の千葉県のオオカミについて講演会を開きました。講演は、長年千葉県で文書、文化財の調査・研究をされてきた習志野市立第3中学校教諭で千葉古文書の会講師の笹川裕さんにしていただきました。現在、狼は存在していたことすら忘れ去られてしまいましたが、狼が身近にいた時代、誰も赤ずきんちゃんの話は知らず、人を襲う動物として恐れていた様子は全くなかったことは明らかです。オオカミの生態を知りたい私達にとってドキュメント画像が目に浮かぶような詳しい記録もありました。おおよそ次のような興味深いお話でした。(井上守)

『江戸時代の古文書に見る千葉県のオオカミ-小金牧の狼狩りを中心に』
笹川 裕

江戸時代、房総(千葉県)には小金牧、佐倉牧、嶺岡牧の3つの牧が存在しました。江戸幕府は駿河の愛鷹牧とあわせて4つの直轄牧場を開設し、放牧を行い軍馬の養成をしていました。それらは、古代から野馬の放牧場としての歴史があるところでした。

下総の小金(こがね)牧では将軍による鹿(しし)狩りが大規模な軍事演習として4回行われました。享保10年(1725)と11年(1726)に将軍吉宗が行っています。鹿狩りは牧に設けられた柵内に追い込んだ野生鳥獣を、伝統的な流鏑馬装束の騎乗の武士が弓矢で捕獲し将軍に武技を見せるもので、1725年には鹿964頭と猪3頭、狼1頭が捕獲され、1726年には鹿500頭、猪11頭、狼1頭が捕獲されました。これらの獲物は武蔵、下野、上野の百姓達約1万5千人が勢子(せこ)となって追い込んだものです。しかし、寛政11年(1795)に将軍家斉が行ったときには鹿98頭、猪9頭に激減しています。狼は捕獲されていません。嘉永2年(1849)には将軍家慶が実施しました。しかし、獣はさらに少なくなり、東北、北関東で捕獲した鹿、猪、兎などを当日柵内に放して行われました。野生動物は、関東平野一帯の新田開発等による自然環境の変化により著しく少なくなっていました。

野馬が放牧されている牧では、幕府役人である牧士(もくし)たちが勢子を指揮し、捕込(とっこみ)に野馬を追い込む捉え馬が行われました。将軍献上用の馬を選別し、運送用、農耕用の馬が払い下げられました。この捉え馬は年に一度の大行事で、高さ3~4mの野馬土手の上に近在からたくさんの見物人が集まり、弁当屋なども現れ、祭りの様な騒ぎがありました。

牧周辺は田畑に開発されましたが、野馬たちの日除け風雨除けに植栽された牧の林は、草地と共に野生動物の住みかであり、村の生活を支える燃料用の薪炭林でもありました。村は幕府の御鷹場にも指定され自然保護区でもありました。一方、野犬や狼は牧で大事な仔馬を襲うことがある害獣で、牧士たちは狼退治のための鉄砲所持を許されていました。鉄砲は猪、鹿等の害獣退治にも重要な道具でもありました。牧周辺の村々には牧運営の役が課されていましたが、野馬が逃げないように作られた野馬土手は、野馬や猪、鹿が田畑に入って荒さないようにするための施設でもありました。人と自然との間に複雑な関係がありましたが、このような関係は、明治になり、牧が開墾地に変わったことにより消滅しました。

小金牧牧士の旧家に山犬、狼が捕獲された記録等が残っていますが、多くの狼がいたとは思えず、疑問があるものもあります。しかし、文化8年(1811)に行われた狼狩りの詳しい記録が残っています。現在の柏市、松戸市、鎌ケ谷市境付近で、山犬か狼の様な動物が徘徊しているとの訴えが牧士にあり、調べたところ、狐穴に4頭の子と2頭の親を発見、うち子1頭を捕獲しました。親狼達には逃げられましたが、巣周辺を調べるとそこには猪、鹿の骨がおびただしく散乱していました。この2頭は前年にどこからかやってきて住みつき、猪、鹿を捕食し静かに暮らしていていたのです。狼は、周辺の百姓達にとっては田畑の害獣を追い払い駆除してくれる存在でもありました。引き続き捜索したところ、古い狐穴に巣替えしているのを発見し子を捕獲。親狼2頭も近くで発見し、追いかけて撃ち殺したというものです。親狼は幕府の役人が検分の後、頭、皮、肢、肉等に分けられ牧士達10名に払い下げられました。魔除けや薬として使われたのではないかと思われます。また、この年には猟師の一人が狼の子を飼育しているとの噂があり、調べたところ仔馬を襲う狼の子に間違いないので役所が取り上げた、という事件が起きています。

安政6年(1859)には、船橋市から千葉市にかかる牧内を牧士と猟師約20名が5日間にわたり狼狩りを行った記録があります。しかし、これは野犬や害獣の駆除を目的とした村々の費用による接待付きの出張だったと思われます。

房総所在野馬牧位置図

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