【意見】毒殺によるシカ管理はすべきでない

鹿毒殺

毒薬で野外のシカを殺すことは、危険猟法として法律で禁じられています。しかし2014年に静岡県が硝酸塩を利用したシカの毒殺方法について発表し、環境省では野外での実証事業を行う段階になったとして、法の例外規定である大臣による許可のもと実証事業を実施するため、2017年12月11日~2018年1月9日にかけてパブリックコメントを募集しました。ウェブページを見ても、なぜ毒殺の研究を進めなければならないのか、その手法、その他必要な情報の記載がないため、非常に意見を述べにくいハブコメでした。

学術研究目的に限定し安全性が確認されるまでそれ以外は許可しない旨の説明があるものの、果たして本格的に事業が始まったとき、生態系をかく乱するなどのおそれはないのでしょうか。 説明図中の文に手がかりがありました。「広く野外に散布される利用形態が想定される」「鳥獣保護管理事業において広く使用が認められるまでの人畜や生態系等への影響等の科学的知見が不足していることから、それを明らかにするための学術研究を目的とするものである」とのこと。これにより研究の目的は、今後鳥獣保護管理事業において広く野外に散布することを想定していることが分かります。

パブコメ募集にあたり明らかにされていませんが、「広く野外に」が全国の森林、国立公園などを含んでいるとしたらどうでしょう。いつまで続くともしれない自然生態系へのこのような不自然な人為的介入をもって野生動物の保護管理と呼ぶことはできません。かつてオオカミをはじめ、トキ、カワウソ、ニホンジカ、カモシカ、ツキノワグマ・・・を絶滅、地域絶滅、絶滅寸前まで追い込んだ人間の自然かく乱を思い起こしてください。毒薬は非常に強力な自然かく乱の手段です。「害獣対策として野外で毒薬を使う」などという発想が国民に浸透することは、個別の毒薬そのもの以上にリスクが大きいと危惧します。

動物倫理や自然に相対する哲学等の社会的議論を置き去りにしたまま実用化を進める態度には、手段を問わずシカの数だけ減らせればよいという安易な考え方が透けるようです。しかし野生のシカを家に棲みついたネズミや害虫のようにイチコロに殺すことは、仮に可能でも実行してはならないのでないかと私は思います。
生態系における捕食者としてのオオカミの役割を理解していても、狩猟を強化すればオオカミは不要、毒薬を使用すればオオカミは不要という事なら、結局は自然のことを理解しておらず、理解しようともしていません。狭く人間中心主義の考えにとらわれ、いつまでも自然の摂理に人為をもって逆らう方法を考え続けること、これは本当に私たちがすべきことではないはずです。

最初の研究発表のニュースを聞いたとき、私は本当にここまで来るとは思いませんでした。うすら寒い感覚を持ちながら、環境省に私個人のコメントを送りました。

■コメント1
広く野外に散布される利用形態を想定し、将来的に鳥獣保護管理事業において広く使用を認めるという方向性に異議あり。特殊な場所に限定するならいざ知らず、自然生態系の野生鳥獣を管理するため毒殺するというのはあまりに不自然な方法である。また思想的にも日本人の自然観になじまない。
野生生物の毒殺は一度に多数の駆除が可能で、かつ散布地域の個体を無差別に捕殺することにもつながりかねない。あるいは、特定のエサに誘因されやすい個体のみを選択して捕殺する可能性もある。そもそもニホンジカであれば、捕食者により、より弱い個体が選択的に捕食され生息数が一定に保たれるのが自然な生態である。それらを鑑みれば、鳥獣保護管理事業における頭数管理として毒殺を用いることは、いずれのケースでも自然の摂理に沿わない不自然な捕殺方法だといえる。そして狩猟鳥獣の不自然な捕殺は、長期的に進化上好ましくない結果をもたらすことがある(※1)。
通常の狩猟であれぱ人間と動物の知恵比べの側面もあるが、毒殺は人間が優位に立ち、簡単に多数の殺傷が可能な手法である。野生動物の命と対峙するにはあまりに安易な手法で、森林やそこに棲む命を畏れ敬ってきた日本人の自然観から逸脱するものだ。神社の社叢により生態系が守られたように、我々に引き継がれてきた自然観にも自然への過度な干渉を抑制する機能があり、このような形でなし崩しに侵されてよいものではない。
※1デビッド・W・コルトマン.トロフィー狩猟がもたらす進化上好ましくない結果.ネイチャー426 6967.2003年12月11日

■コメント2
硝酸塩を使用した捕殺は簡便で効果的な反面、違法な使用が容易でその場合には環境への高負荷があるケースも想定されうる。しかし違法使用者の取締りや違法使用後の環境負荷低減等には困難も予想され、それらを考慮すれば、実用化を目的とした研究はすべきでなく、審査基準設定の必要性もない。
密猟などで違法に使用された場合、個体数の過少化、死亡個体を摂食した動物への悪影響、その他周辺環境への悪影響等が懸念される。希少生物への間接的な影響等も広く想定する必要があろう。自然生態系のシカ等の個体数の適正化が目的ならば、むしろハイイロオオカミ再導入による生態系の修復のほうが環境や人間社会への負荷が少なく、総合的に適切な施策として検討されてよい(※1~6)。いまなぜ毒殺のような高リスクの技術開発をあえて進めようとするのか理由が分からない。やめておいたほうが良いと思う。

※1丸山直樹「オオカミが日本を救う!」白水社(2014)
※2 「オオカミの復活やハンターの育成、専門家の育成も十分に検討に値する・・・」高槻成紀「シカ問題を考える」p205、ヤマケイ新書(2015)
※3「オオカミについては社会の合意が得られれば再導入したいと考える哺乳類学者も多い。」松田裕之「世界遺産のシカを獲るのは是か非か」WEBRONZA(2017年6月26日)
※4「・・・オオカミに来てもらって放してみるということを実験的にやってみてもいいような気がする・・・」「・・・パイロット的にやってみようというのがあってもいいんじゃないかと私は思います。そういう柔軟な姿勢で臨んでいただきたいと思います。」
篠原孝.第186回国会環境委員会第6号.平成26年4月11日
※5「今、鹿、イノシシがふえ過ぎてしまったのは、その頂点捕食者たるオオカミを絶滅させてしまった、これは人間がやってしまったことであるんですが、ここは反省としてしっかりと持たなければいけないんだろうなと私は思っていますし、これからオオカミを導入するということも、本当に検討する段階に入っているだろうなと思っております。」
百瀬智之.第186回国会環境委員会第6号.平成26年4月11日
※6「・・・(オオカミについて)今後、生物多様性の基本法案、こういうものに基づいて、大自然の摂理の中でどう共生をしていくかというのも一つの今後の課題かとも認識をいたしております・・・」
北川知克環境副大臣.第186回国会環境委員会第6号.平成26年4月11日

大槻 国彦(JWA紀州吉野支部)

Follow me!