「熊野の森オオカミみゅーじあむ」オープン記念講演

オオカミのこと、そして森を守る南方熊楠

2024年3月30日(土)、「熊野の森オオカミみゅーじあむ」(大槻国彦館長)がオープンしました。場所は世界遺産熊野古道中辺路の中心地である「祓殿王子跡」と世界遺産本宮大社に囲まれた「KUMANO 森のふくろう文庫」(店主安原克彦氏)の店内を間借りしています。

沢山のオオカミ関係の本、オオカミの頭骨(レプリカ)、オオカミを知るPOPが展示されています。店内はブックカフェなのでコーヒーを飲みながらオオカミ、自然環境等を学ぶことができます。

[那智山源流域を伐採から守る]

 南方熊楠が送った松村任三宛の手紙に、那智山源流域を伐採から守る活動があります。那智の滝の源流域は約800haの広さがありスダジイ・イチイガシ等が茂る原生林でした。明治になると国に召し上げられ、奥の色川集落と那智神社、お寺が所有権を争って裁判を起こしました。
 熊楠は、国に召し上げられたままで良い、払い下げられると伐採され、那智の滝が枯れると言って那智山源流域原生林を守る活動を行った結果、当時の和歌山県知事が滝周辺の森を保安林に指定しました。
源流域は明治40(1907)年裁判によって色川村が勝訴した結果、村有となりました。原生林内でシイの実を採取して食料として暮らしてきたこと、その寺山と呼ばれていた原生林は、昔、熊野詣の参拝者達を困らせていた「一つただら」(妖怪・盗賊)を退治した色川村の狩場刑部左衛門が熊野三山から貰った懸賞金と数百町歩の山林を色川村へ寄付したからで、山林は色川村に所有権がある。このような意見が勝訴になった原因のようだ(世界遺産熊野古道に狩場刑部左衛門を称える石碑が建立されている)。
熊楠が危惧していた通りすべて売却されて杉檜の植林地になってしまいました。今日でも那智大滝の水量減少問題が議論されているが、守られた原生林は平成16(2004)年紀伊山地の霊場と参詣道として世界遺産に指定されています。

[狼信仰]

 世界遺産である「十津川村の玉置神社」(大峯奥駈道)や熊野三山である「那智大社・速玉大社・本宮大社」は自然崇拝信仰から始まっている。仏教伝来と共に地元神と習合した熊野権現信仰が盛んになって、京都から上皇一行の熊野詣や山伏達は大峯奥駈修行(吉野~熊野)により超自然的な力を得ることができる浄土だったのです。
 千年以上も前から熊野を目指した熊野詣、参詣者達は山深い熊野への途中にオオカミと出会ったのではないか、20数年前にそんな疑問を故・立花秀浩先生(熊野参詣道研究者)にお尋ねしたことがあった。「道中記でオオカミと出会ったなどの記述を読んだことは無いね・・」との答えに驚いた。
熊楠は明治41(1908)年11月、玉置山を訪れて「その神狼は使い者であって、猪鹿田畑を損ずるとき神使いの狼を借りると諸獣ことごとく逃げおわる」と記している。しかし、玉置山研究本のどれを読んでも熊楠が記した内容を見つけることができないし、若い神職に尋ねても伝わっていなかった。玉置山神職・十津川村民俗資料館館長西山氏にお尋ねしたところ、昔の神職達は熊楠が記した内容と同じことを言っていたと教えていただいた。

[獣を追う神の使い者狼]

 十津川の民俗誌には、収集されたオオカミに関する記述が沢山あるけど、山中において「人間がオオカミに襲われた」といった記述は全く見当たらなかった。
 玉置山麓の高滝集落に高滝神社があります。明治24(1891)年の『神社明細帳』に「神社ハ御使者狼ナリシトテ能ク他ノ悪獣ヲ戒メ耕作ヲ盛ニスル神ナリ、故ニ諸人信仰シ奉レバ神徳者ナル明ナリ、其他不詳」との記載があるけど、その箇所には朱線が引かれ消されている。このことは、皇国においてオオカミが神の使い物との信仰を止めなさいという考えが強かったからで、10月の終わりの日曜日にお祭をしている。「昔は狼が祭神やから、祭に使った幣を猪鹿の獣害除けに借りに来る人が多かったけど、今は誰もいなくなったよ」。
 神に捧げる一般的な幣の形とは違った、長さ51㌢で1㌢平方の角柱を12本束ね4㌢と3センチの角柱にして結び、紙垂を挟んだ幣になっている。縛った幣をバラバラにすると12本になり獣害除けに畑の角々に挿して畑を囲むのだそうだ。12本の細い角柱を見て思ったのは熊野十二社権現の存在で、熊野三所権現(本宮・新宮・那智・神仏習合)とそれ以外の神々も含めて熊野十二社権現になっているのではないのか、玉置山は明治になるまでお寺だったと聞いているから、そのような縁起に由来しているのではと考えてみた。
 今までに、何体ものオオカミの根付を見ている。オオカミだと伝わる下あごの根付に巾着を結び、帯に吊るすときの滑り止めの留め具なのだ。それを持っているだけで、馬や牛を簡単に手なずけることができるし、山中において魔物が寄り付かず泥棒にもあわず、火事盗難にも合わないと信じられていた。オオカミの根付は信じられない魔力を秘めているのは、「神の使い者狼」だったからだ。

 [熊楠と神使オオカミ]

 熊楠の那智山原生林での研究は良く知られています。熊楠は玉置神社を訪れた際に「狼は神の使い者」であると記している。その件について玉置山に関する研究本を読んでみたけど、熊楠が記した内容を探しだすことができなかった。2年前、玉置山神官で十津川村歴史資料館長・西山氏にお会いしてお話を聞くと、昔の神官の方々は熊楠が記していることは当たり前のことだったと教えていただきました。

[熊楠と屏風絵、山の神と海の神オコゼ]

熊楠が注目した屏風絵の内容は、山の神オオカミと海の神オコゼを結び付けるカワウソの役割はもっともらしく楽しいです。
 カワウソの多くは海岸に生息していて、カワウソを「オソ」と呼んでいました。今注目されている串本町民間ロケット射場の海岸には巣穴跡が残っていて、毛皮を痛めないようにカワウソを捕獲していた様子を紹介しました。
 以前、山林を稼ぎ場として暮らす人々が多かったので「山の神」祭は盛んでした。「山の神」は女性なので、今日でも女人禁制の祭です。オコゼを山の神に奉納するとき神前にて懐に隠したオコゼをチラッと見せて大笑いをすると祭りは終わります。熊楠は材木を流すのに水量が無いので困ったとき、山の神にオコゼを奉納すると大雨が降って流下できたことを記しています。

一社)日本オオカミ協会理事 上野一夫

Follow me!