森林生態系多様性基礎調査結果とオオカミ再導入について

井上 守

 
 森林生態系多様性基礎調査は、林野庁が全国を4㎞メッシュで区切り約14000地点の0.1ha調査プロットを設定、5年間で1巡するサイクルで森林生態系の調査を行っているものです。第1期調査(1999~2003)、第2期調査(2004~2008)、第3期調査(2009~2013)、第4期調査(2014~2018)、第5期調査(2019~2024)が行われ、現在、第6期調査(2024~2028)が行われています。

第5期調査結果の概要で、各期を比較できます。
<林野庁のホームページ>

 立木の剥皮・採食などのシカ被害痕跡が確認されたプロット数は、第3期(2009~2013)2890か所から第5期(2019~2023)4711か所と63%増加しています。また、足あと、ふん、体毛等の生息痕跡のみ確認されたプロット数との合計は3979か所から5698か所に43%増加しています。

森林土壌の現況をみると、林床被覆が減少、土柱・リル・ガリー(注釈)等の土壌侵食痕が確認されたプロットの割合は、16%から37%に増加しています。

森林土壌の現状

(調査結果から作成)

(注釈)
土柱:小石等の下の土層が雨滴侵食から保護され柱状に残ったもので、高さ2cm以上のもの
リル:地表の流水により生じた溝状の侵食で深さ30㎝未満のもの
ガリー:リルがさらに発達して深さ30㎝以上に達したもの


 この結果を2013年度から実施された「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」と比べると、シカは全国で2013年287万頭から2023年303万頭と5.6%増加しました。緩やかに増加したようですが、ほぼ同じ期間に立木被害個所は1.6倍、土壌侵食痕(土柱、リル、ガリーの有無)の出現は2.3倍にもなっています。シカの爆発的な増加は治まっているように見えるものの、生息地は拡大し、同時に植生被害、土壌被害は明らかに拡大しています。これまで影響が及んでいなかった地域にも被害は拡大し、広範な森林がシカ食害の影響で、より深刻な状況になっていることがわかります。生態系と生物多様性保全にとって、狩猟強化は効果がなかったのではないでしょうか。

 1995年イエローストーン公園にカナダからオオカミを再導入した結果、公園内ではオオカミの捕食でシカが減少するにつれて、シカの食害でなくなりかけていた水辺の草本、灌木、ヤマナラシなどの植生が復活しはじめました。シカを追いかけるオオカミの狩りは失敗が多いのですが、群れに追われる日常のストレスによる「恐怖の効果」が1か所に集まって大量の植物を食べていたシカの行動を変え、繁殖を低下させ、自然をよみがえらせたのでした。

 一方、人が狩猟で多く捕獲しても、行動予定が終われば延長や変更はないので、逃げたシカの「恐怖の体験」は人間の狩りの学習となり、行動を変えて捕獲されないようになります。狩猟圧の高い場所を避けて高標高の場所に移動し新たな生態系被害を引き起こすこともあります。狩猟者が減少、高齢化が進む中で科学技術を駆使したより効率的な狩猟方法が実現しても捕獲率が高くなれば、その分追われて逃げるストレスや「恐怖の体験」を残す個体は減ってしまい、個体群全体としてはシカの繁殖に影響を与えそうにありません。

 今後もシカの食害は止むことがなく、森林生態系は、シカ食害で林床被覆を失い、土壌侵食が進み、土砂災害発生という新たなステージに入ることでしょう。シカを減らし国土被害を止めなければなりません。シカの行動、繁殖をコントロールできる捕食者オオカミの再導入が急がれます。

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