オオカミの保護は、今や国際的な常識です。数多くのオオカミが、今でも中国や極東など、北半球の各地に生息しています。オオカミが絶滅した日本では、そうしたオオカミを再導入すればよいのですが、これを口にするのをはばかる風潮があるようです。この風潮は、オオカミに関する偏見と理解不足によるものと考えられます。日本オオカミ協会は、すべての日本人に、オオカミについての正しい理解を求めます。

◆日本にいたオオカミは固有種ではなく、再導入オオカミは外来種ではない

一般的に「オオカミ」と呼ばれているものは、「ハイイロオオカミ」のことです。学名はキャニス・ルプス(Canis Lupus)で、北半球に広く分布しています。シンリンオオカミは北米の北西部に分布するハイイロオオカミで、ホッキョクオオカミは北米大陸最北部のツンドラ地帯に分布する体毛が白いハイイロオオカミです。また、タイリクオオカミは、ヨーロッパから極東まで、ユーラシア大陸の中緯度を東西にまたがって広く分布するハイイロオオカミを表します。このように、ハイイロオオカミは地域により、体が大きかったり小さかったり、体毛が変わっていたりします。こうした違いに着眼して、他の地域の仲間たちと区分されたものが、ハイイロオオカミの「亜種」なのです。

この区分は微妙であることが多いので、分類学者によって意見が分かれ、いろいろな説が出されています。北米に生育するハイイロオオカミは、以前は26亜種に区分されていましたが、細かく分けすぎたために区別が難しくなって、最近では5亜種にまとめ直されています。いずれにせよ、「種」は、地域ごとに形態の特徴を違える「亜種」によってできあがっています。「種」と「種」は、基本的には交雑して子孫を残すことはできませんが、同じ「種」に属する「亜種」どうしは、自由に交配して子孫を繁栄させることが可能です。

日本にはかつて、本州以南にニホンオオカミが、北海道、択捉島、国後島にはエゾオオカミが生息していました。両方ともハイイロオオカミの亜種です。ニホンオオカミを固有種と考える学者もかつてはいましたが、オオカミの進化の歴史はあまりに浅いため、ハイイロオオカミの亜種と分類するのが適切であるとの考えが現在の主流になっています。

日本オオカミ協会が復活を望む「オオカミ」とは、ニホンオオカミもエゾオオカミも含んで、北半球に広く分布するハイイロオオカミなのです。このハイイロオオカミの導入は、マングースのような外来種を輸入するのとはわけが違います。新聞記事に頻繁に使われる“外来種のマングース”導入の失敗例は全くの的外れで、記者がオオカミを正しく理解して執筆したとは言いにくいです。ですから、そのような記事は信用できません。

◆シカは増えすぎるが、オオカミは増えすぎない

シカのような強力な消化能力をもった植食動物は、植物を食べ尽くすまで増え続けます。捕食者(オオカミ)が不在で猟師による狩猟圧が減少した、現在のようにストレスのない環境では、シカは、2年かかるところ1年で妊娠します。しかも、いわば一夫多妻ですから、シカの頭数増加は急激です。

一方、オオカミはつがい(一夫一婦)とその子どもたちといった家族から構成される群れ(パック)で生活します。このパックには、つがいを頂点とした厳格な順位が存在します。子どもたちは、数年して成長すると、自分のパックをつくるために、放浪の旅(ディスパーザル)に出ます。それで、パックの頭数は無限に増えるわけではなくなります。また、パックはナワバリ(テリトリー)をもっています。パックのナワバリは広大ですが、パックの頭数と獲物の数によって影響を受けます。シカのような中・小型の獲物を主食にしているパックの頭数は数頭から10頭で、獲物が十分にいれば、ナワバリの面積は数百km2(数万ha)が普通です。アメリカバイスンのような大きな獲物を狩るパックの頭数は10数頭、ときには20頭以上にもなり、ナワバリ面積もその分大きくなって、1000 km2(10万ha)以上になることがあります。これまで記録された最小のナワバリの面積は、60 km2(6000ha)です。異なるパックが出合ったり、ナワバリを侵害するオオカミがいたりすると、オオカミは相手が死ぬまで攻撃します。オオカミの死亡原因のうち50%がこうしたオオカミどうしの戦いによるという報告があります。この危険を最小限度に抑えるために、ナワバリの間には、どの群れのナワバリにも属さない、広い緩衝地帯ができています。

このように、オオカミは、自然生態系の摂理に従ってシカやイノシシなどの餌となる野生生物の生息頭数の調節をすると同時に、自分たちの増えすぎや減りすぎを自分たちで調節しています。オオカミが奥山を中心とした自然領域にいるかぎり、管理は必要としません。オオカミが人間の生活領域(都市や村落、農耕地など)に侵入したり、狂犬病にかかったり、人馴れが進んだりした場合にだけ、追い払ったり駆除したりするなどの管理が必要になります。しかし、増えすぎて困っているイノシシやシカの管理に比べたら、この管理は技術的にもコスト的にもほとんど問題にはなりません。

◆健全なオオカミは人間を襲わない

人がオオカミに正しく接しているならば、襲われることはありません。もしオオカミが人を日常的に襲う習性をもっているならば、北米、ヨーロッパ、アジアなどオオカミが生息する地域では、毎日、多くの人が襲われて、大きな社会問題になっているはずです(日本でクマやイノシシが人を襲っているように)。しかし、オオカミによる襲撃情報を耳にすることは滅多にありません。

特に西ヨーロッパでは、以前からオオカミが生息していたスペイン、イタリア、ポルトガルなどの国々に加えて、1990年代以降、フランス、スイス、ドイツなどヨーロッパ各地でオオカミが復活し、生息域を拡大しています。このため、ヒツジやヤギなどの放牧家畜に被害は出ていますが、人身害は発生していません。

「人食いオオカミ」への恐れの起源は、グリム兄弟改作の「赤ずきん」などの説話です。こうした説話は作り話であることが繰り返し指摘されています。グリム兄弟が「グリム童話」を書いたドイツでさえ、現在、オオカミが復活していますが、「赤ずきん」に象徴されるような事件は起きていません。

人を襲う可能性があるのは、狂犬病にかかったオオカミや餌付けなどで人を恐れなくなったオオカミ、その他きわめて特殊な条件下(子育て中に餌動物がほとんどいなくなるなど。これはインドで実際にあったことで、原因は人がオオカミの獲物を急激に狩り尽くしたこと)にあるオオカミだけです。しかし、このようなオオカミは稀にしか現れないので、自然の中、奥山にあって、健全なオオカミは人を襲わないと言えます。

オオカミについて、さらに詳しく知りたい方は、Web上では「オオカミ再導入Q&A」をご覧ください。成書も、同コーナーで紹介されています。

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