高山帯と高層湿原にシカはミスマッチ? 高槻先生、お考えが逆さまではありませんか?

「私たちの自然1・2月号」掲載の「シカと高山」(p.24-26)を見て驚きました。この記事は、生態学者の高槻成紀教授(麻布大学)による随筆です。

シカによる植生への大きな影響が写真入で紹介されていましたが、今や、これは全国的にお馴染みの事実ですから、今更驚くまでもありません。2年前のウイリアム・ソウルゼンバーグ著「捕食者なき世界」(文藝春秋2010)での解説では、「オオカミがいなくなったせいでシカが増えたのであれば、約100年間増えなかったことをどう説明するのか。諸説あるが明快な決定打はない」とお書きになっていましたが、今回は、シカやイノシシ、サルの最近の激増が農山村の衰退による狩猟圧の減少によるものだとはっきりと指摘されていて、教授の認識が進んだことがわかります。

実は、驚かされたのは、「高山帯と高層湿原にシカはミスマッチ」という記述です。これの論拠は「バイオーム(生物共同体)」だとか。「私は今でも有効な概念だと考えている」とおっしゃるのは勝手ですが、お考えの筋道が逆さまではありませんか。というのは、いろいろな生物種の分布がたまたま重なり合っている状況を地理的に切り取ったのがバイオームだとすれば、バイオームがあって、そこに所属する種が決まるのではなく、生物がいてバイオームが認識されるということになると考えているからです。とすれば、高山帯や高層湿原にはシカはミスマッチとそこに第三者の人間が勝手な解釈を持ちこんで、それゆえに排除すべきという論理はあまりにもご都合的、独善的。バイオーム論からみて論理的に成り立たないのではないかと考えられるのです。

たとえば、高山帯にシカが生息するようになったからといって、それだけでは問題はないはずなのです。生きものがそこにいるのは、それなりの事情がある。その事情を考えてあげるのが生態学者の仕事と思っていましたが、事情を考慮せずに、「ここは君にはふさわしくない」とおっしゃられていますよね。シカは高山帯のバイオームのメンバーではないから排除せよというのは、目的ありきではありませんか。これとは別に、生態系のシカの増えすぎによる現状が問題なのです。これは何も高山や高層湿原に限ったことではありません。それは、シカの個体数の変動を抑制する働きが生態系に欠けているからなのです。教授のよくご存知のはずの、頂点捕食者オオカミが欠けているのであり、シカとオオカミを結ぶ食物連鎖が壊れているのです。それは、高山帯や高層湿原のバイオームにもとから欠けていたのかというとそうではなく、人の愚かな仕業であることもよく承知されておいでのはずです。オオカミを口にしたくなかったばかりに、いわば逆立ちのバイオーム論をお考えになったのではありませんか。教授がバイオーム論の提唱者と紹介しているクレメンツとシェルフォードもそんな具合に考えていたのでしょうか。

高山や高層湿原にシカもオオカミもともに生息するならば、バイオームのバランスも取れることでしょうし、何よりも生物多様性が高くなります。生態学の教授は生態学の理論に忠実であるべきだと思います。何を恐れて、あるいは何に媚びて変な解説をお書きになったのか、素人でさえ勘繰りたくなります。 (守)

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