【書評】漂泊の牙

漂白の牙

著者:熊谷達也(くまがいたつや)
書名:漂泊の牙(ひょうはくのきば)
発行年:2009年6月6日(第15刷)
(2002年11月25日初版)
出版社:集英社
ページ数:400p
版サイズ:文庫(集英社文庫)
定価:724円+税

 

 

本書は、東北地方を舞台とした、海外でオオカミの研究をしている城島郁夫が、日本に残した妻子をオオカミらしき動物に食い殺されるところから始まる動物冒険サスペンスである。城島郁夫は、かつて環境庁の自然保護レンジャーの職にあったが、現在は大学の非常勤講師をしながらWWFの仕事をエリック・ツイーメン博士に招かれて世界中でしている、という設定。結末は、邪念を持つものが作り出したオオカミ犬の仕業だったのだが、その過程では、「なぜ日本にオオカミがいなくなったのか」「なぜ日本人はオオカミを恐れるのか」「本来のオオカミは、どういう動物なのか」がよく描かれている。
また、オオカミ犬については、以下のように書かれている。

「オオカミ犬の育種に足を突っ込んでしまった人間は、一度だけの交配であきらめることはない。理想の犬、つまり、飼い主だけを受け入れ、飼い主に百パーセント従うオオカミ犬を作り出そうと、無益な、そして冒涜的な試みを繰り返す。

オオカミと交配させるような犬種としてよく使われるのが、ジャーマンシェパードだ。この犬は、ふつうに思われているような、オオカミに近い品種ではない。(略)しかし、一般の人々、そして、一部の育種家や飼い主は、ジャーマンシェパードにオオカミのイメージを重ねている。いや、そもそもが、交配、育種の過程で、育種家たちが、自分が抱いているオオカミのイメージ__それはオオカミの実像とは必ずしも一致していない__に、より近づけようとして作り上げたものとも言える。その結果、四肢が長くて、どちかといえばきゃしゃなオオカミよりも、胸幅が広く、胴体がどっしりとした威圧的な体躯の犬、ジャーマンシェパードが産み出された。当然のことながら、シェパードはオオカミではない。だが、一部の飼い主や育種家たちは、シェパードが決してオオカミではないという事実に行き当たると、幻滅を覚えるらしい。全く的外れな幻滅を。そして、彼らはこう考える。シェパードをオオカミと交配させれば、より鋭く、より勇敢な、そして、より忠実な、正にオオカミのような犬を作り出すことができるのではないか。

しかし、交配の結果生まれるオオカミ犬は、彼らの期待とは正反対の動物となる。すなわち、怖がりで、学習しようとせず、しかも独立心の強い肉食獣。飼い主が抱く”オオカミのように忠実な”というイメージからは全くかけ離れた存在となる。仮に、無理に調教しようとして、過剰なストレスをかければ、哀れなオオカミ犬は死ぬか、危険極まりない存在になってしまう可能性さえある。・・・」

この物語の場合は、ニホンオオカミとラブラトルレトリバーの交配によるオオカミ犬だった。そうなのだ、この物語ではニホンオオカミが山人に守られて絶滅せずに生き残っていたというオチで終わっている。実際にそうであったらほんとうにいいのだけれど。

評:吉浦信幸(長野県 獣医師)

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