土佐林業クラブ6月例会で講演「オオカミは山を守る」

「林業者は興味・関心、林野庁は相変わらず無視・瞑目」

高知県の林業経営者組織である土佐林業クラブから「うちの例会で、オオカミの話をしてくれませんか。」という依頼がありました。

6月例会のテーマは「鹿の食害の状況とその対策について」。
林野庁の森林保護対策室長、林業会社の現場担当者、そして私と、3名がそれぞれ1時間話して、その後参加者とディスカッションするという形でした。

林野庁の方の話は相変わらず、「シカが増えすぎている。ともかく捕獲と殺処分のペースを上げていこう。どこそこではこんな方法で効果を上げている。こんな方法も有る、こんな方法も有る。」で終始。
林業会社の現場担当者の方は、「社員がワナ猟の資格を取って会社の林地内にワナを仕掛け、会社の仕事として毎週1回は見回り、掛かった獲物は撲殺するという苦労話。ワナの掛け方や掛ける場所などについての工夫話。そして色々な樹の種類を植えてみて、シカ被害を受けにくい樹木の選定やテスト植林をしている。カラ松などが需要もあるし有望。」等の話。
私はまず国のシカ対策が、「①人手によるシカの駆除 ②ジビエの盛り上げ ③フェンスやネット張り」に終始していること。そしてその鳥獣被害対策費が各省庁合わせて2000億円近くに上っていることを上げ、この3つの対策で効果は上がるのか、湯水のごとくつぎ込まれる税金は生かされているのか、という問いかけをしました。
そして自然を生かした一番安上がりの対策、シカ減らしのベース対策は、何と言っても森の頂点動物であるオオカミの再導入による生態系管理をすること。それに加えて狩猟とフェンスも組み合わせていく対策がベストではないかという提案をしました。

そして現在の対策に窮した国が第④の対策を取らないようアピールもしました。それは、例の硝酸塩を使ったシカの毒殺計画についてです。『これは「狩猟とジビエで一石二鳥」というこれまでの楽観的対策の完全なギブアップ宣言であること。硝酸塩を山々にばら撒けば、それを食べるのはシカばかりではなく天然記念物のカモシカや他の生きものも必ず食べる。何より源流域の沢水を汚染し、生態系に大きな悪影響を及ぼしていくことになる。そして硝酸塩で弱ったシカがまず撃たれたり、ワナにかかったりしてジビエに供される。硝酸塩は決してシカだけに“効く”わけではなく、欧米では硝酸値の高いほうれん草を離乳食に与えた赤ちゃんが死亡したり、発ガン性も指摘され、地下水の汚染も問題になっていること。何より環境省自身が硝酸塩を水質汚濁に係わる環境基準項目の1つに挙げている。その環境省が水源となる山々にその硝酸塩をばら撒くと言うのは天に唾する行為。シカの毒殺計画は環境省が絶対にやってはいけない禁じ手だ。』と。

≪その後のディスカッションより。≫

・林業経営者の方「林野庁の方にお伺いしたい。今オオカミの再導入によってシカも減っていくという話をしてもらったが、あなたは個人的にどう思いますか?」
・林野庁 森林保護対策室長「イエローストーンでのオオカミ再導入でシカも減り自然全体が蘇ったという例はアメリカの広大な自然公園でのことで、日本にはなじまない。個人的にも反対です。」
・松林「私はイエローストーンの話もしましたが、オオカミが復活して20数年経つドイツの話もしたはずです。ドイツは森林率がわずか30%ほどで、人の居住区とオオカミのテリトリーが重なっている地域も多々あるが、今のところ人とのトラブルは1件も生じておらず、生活圏レベルでも人とオオカミが共存共生しているという実例を。」
・林野庁 森林保護対策室長「・・・・・・・・。」ノーコメント。

・林業経営者の方「山に苗木を植える作業は、以前は50年後の姿を思い浮かべながら楽しくやっていたが、今はまたシカにやられるだろうなぁと思うと、植える喜びが失せる。木材価格が安いということ以上に、精神的にまいっている。

・林業経営者の方「うちでも社員全員にワナ猟の免許を会社負担で取らせたが、誰も猟に出ようとしない。役所から出る駆除料は自分でもらって良いと言っているが、掛かったシカのとどめを刺す時、最後まで見つめているシカの眼が嫌らしい。」

その他の意見としては、「オオカミをテスト導入するとなったらどこを考えているか。」「北海道の動物園で初めてオオカミを見たが、あのでかいのを入れてくるのか。」「四国に入れるとしたら、何頭くらいどこから入れてくるのか。」「オオカミの生態としてはどのような生きものか。」「オオカミを再導入したら確実にシカは減るのか。」「1頭が食べる量からして、シカが減っていくには相当数のオオカミを入れねばならないのでは。」「獲物を追って人里まで出没してくるのではないか。」「今度はオオカミが増えすぎたらどうするのか。」「明治以降のオオカミ駆除は単に西洋文明の影響というより、実際に色々なトラブルが有ったからではないのか。ちゃんと調べてからの方が良い。もし1人でもオオカミに襲われたりしたら、ほら見たことかと言われるので。」「再導入するとなった場合、ワシントン条約はクリア出来るのか。」等々。

ディスカッションでは、オオカミについて費やす時間が一番多く、長かったように思います。そしてオオカミについては「賛・否」というより、「興味」としての意見や質問が多くありました。それだけ、今の“狩猟とジビエとネット張り”という対策だけではもう限界だということを、林業経営者の方々は身をもって知っておられ、目先の対応も必要だが何か根本的な解決策はないものかという気持ちが強いのだろうと思いました。中でも、会場からの意見で僕が大変気になった意見がありました。それは「シカの食害で林床がものすごく貧相になっている。林床木が、シカが食わないアセビ等しか残っていない。国はもっと山の深刻さを考えて抜本的対策を講じて欲しい。」という意見です。

≪昨年、鳥取県の智頭トンネル出口で起きたこと。≫

“シカの食害で林床が貧相になっている”という意見を聞いて、思い出したニュースがあります。昨年5月~6月の大雨で、国道53号線智頭トンネル出口付近の山林から土砂が流出し、通行規制を余儀なくされ、今後の危険性を考えると復旧は長引くというニュースです。大雨と言えど、時間雨量39~53ミリですから、そう大した大雨でもありません。
新聞記事はその原因について次のように伝えています。「県は6月、土砂流出の原因を探るため、ドローンやヘリコプターで上空から山林を撮影。山頂部の木が枯れ、山肌が露出している箇所が複数、確認された。職員が登って調べたところ、立ち枯れした木の幹に、鹿が樹皮を食べたとみられる跡が残り、周囲に鹿のふんが落ちていた。県は、鹿の食害による山林の荒廃が土砂流出を引き起こした可能性もあるとみて、詳しい原因を調べる。猟友会による駆除も検討するという。周辺の山林は、土砂災害防止などのため、森林法に基づく「保安林」に指定されているが、約10年前から地元住民らが「山が荒れてきた」と指摘。県は2009年度以降、砂防ダムの造成や土の流出を防ぐ金網の設置などを進めたが、今回の大雨による土砂の流れを止めることは出来なかった。県治山砂防課は「想定外だった。十分な再発防止策を講じたいと。」

<朝日新聞記事:国道53号智頭トンネル付近 繰り返す被>

≪そして今年、広島県呉市近辺で起きたこと。≫

大変な豪雨災害が起きてしまいました。“蛇抜け”と呼ばれる山林からの土砂流出が、大小さまざまに幾筋も流れ落ち、家屋や人を飲み込んでしまいました。
この“蛇抜け”の原因についてはこれから究明されていくでしょうが、僕には昨年起きた智頭トンネル出口で起きたこととダブって見えます。
2014年に環境省が発表したシカの生息域と生息密度を表す分布図を見ると、中国地方では岡山県東部と広島県が突出して多く、特に災害が大きかった呉市付近の背後の山々の表示は赤。赤は生息数が1平方キロ当たり50頭以上という表示です。10頭を超えると植生への影響が目立ち始め、2~30頭になると色々な草木が消滅し、50頭を超えると急速に森林が消滅に向い、シカが嫌いで食べない植物やシカの採食に強い抵抗力のある植物で構成される植生が出現するそうです。(適正規模は2~3頭/平方キロ)
もともと崩れ易い花崗岩の山地が、シカの食害によってその林床が貧相になり、保水力を失い、あちこちで山崩れが発生したのではないでしょうか?

≪オオカミ不在の山々が、キバをむき始めた。≫

“オオカミは怖い”とよく言われますが、“オオカミが居ない山はもっと怖い”と言う状況に、日本はなりつつあるように思われます。オオカミ不在の山々は、増え続けるシカの食害で豊かな林床を失い、山崩れというキバをむき始めました。これまではシカに“農作物を食べられた”、“植林木の皮をはがれた、枯れた”等の直接的被害でしたが、これからはゲリラ豪雨の頻発とも相まって、シカの食害で林床が貧相になった山々が“崩壊”していくという間接的被害が増えていくと思われます。シカ対策に費やされる直接的被害対策費(鳥獣対策費は各省庁合わせて2000億円)に加え、間接的被害に対する膨大な出費が余儀なくされ、何よりも人の生命や生活が奪われていく可能性がより高まっていくだろうことが辛いことです。 明治以降、懸賞金付き「オオカミ駆除令」によって絶滅に追いやられた日本のオオカミ。生態系の頂点動物であるオオカミを、今一度日本の山々に復活させる必要性をひしひしと感じます。カムバック、ウルフ!

松林直行(JWA四国支部長)

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