異常に増えたヤクシカは「自然調節?」では管理できない!

屋久島のシカ密度H25

屋久島におけるヤクシカの増加は想像以上です。

環境省(2013)によれば、屋久島に生息するヤクシカの頭数は約30,000頭、平均密度は52.1頭/㎢、原生的な自然が残されているとされる西部地域などでのヤクシカの密度は130頭以上/㎢と推定されています(※1)。このような異常な生息状況にあるヤクシカの生態系への被害は顕著で、植生の攪乱・単純化や植物種の消失、裸地化、土壌流出が発生しています。(※1~4)

日本オオカミ協会ではすでに2012年にヤクシカの異常な増加が屋久島の植生を破壊し生態系に及ぼす影響について警鐘をならしています。屋久島は1万数千年前のウルム氷期終息以降に九州の大隅半島から切り離され、当初は本土と同じくイノシシ、ツキノワグマ、カモシカ、頂点捕食者のオオカミなど一揃いの動物のセットが生息していたはずですが、現在それらは生息せず、ある時点から人間だけがシカの捕食者として残ったと考えられます。(※5)

長年にわたるヤクシカの個体数の推移はよくわかっていません。ある研究では1950年頃に増加していたと推測されています(※6)が、1960年代には狩猟(密猟も含む)により個体数が減少し保護のため1971年に禁猟となりました。その後1978年に有害鳥獣捕獲としての狩猟が再開されましたが、必ずしも狩猟圧は高まらず1990年代に入ると本州などのニホンジカと同様に増加にブレーキがかからなくなってしまいました。(※7)

これまで政府や研究者・有識者たちが会議を重ね、積極的に捕獲を進めるとともに植生保護柵を設置するなどの対策が合意され進められていますが、生態系の劣化を止め回復に至るには程遠い状況です。ひどいことには、北海道大学の揚妻准教授により、「限界に達した個体数の頭数の変動を自然調節(ナチュラル・レギュレーション)とみなしヤクシカ捕獲の必要性を疑う」という主張がなされており(※8、9)、2020年の環境省の会議では「個体数管理が必要」としながらも「異なる多様な考えを尊重」するとして、人の手による捕獲をしない地域を残すことが決定されています(※10)。「多様な考えの尊重」というのも全く奇妙な話で生態学的常識から外れた発想です。

もともと自然生態系に存在する食物連鎖を通じた個体数のバランス調節のことを自然調節と呼ぶのなら話は分かりますが、揚妻准教授は日本列島におけるオオカミ-シカの間の自然調節を認めず、さらに1990年代以降の日本のシカの個体密度は異常ではないと主張しています(※11)。ならば、異常に増えたシカによる生態系の荒廃、山地崩壊も異常ではないということになってしまいませんか。本州などのニホンジカの適正密度が3-4頭/平方キロ以下とされているなか、ヤクシカの最高密度はその数十倍の密度に達しています。いくらヤクシカのサイズが小さいとはいえ、もはや個体数が限界まで増加しこれ以上増えることができない段階に達した高水準(生態学的には生存限界密度と呼ぶのでしょうか)で推移していることは明らかです。個体数の推移を調査する僅か数年の間にも植生破壊や生態系の劣化、森林土壌の流出は進行していきます。

国際的にも重要な世界自然遺産の保護にあたり、定説に反する実験的な計画が作成されてしまったわけですが、これは日本の野生動物管理においてオオカミ-シカの関係を無視し、あいまいに取り扱ってきた弊害と言わざるを得ません。

まずは日本の主要4島である北海道、本州、四国、九州でオオカミが担ってきた捕食者としての機能をしっかりと認めるべきです。次に、屋久島では「オオカミの代わりに人間が捕食者としての機能を担ってきたこと」を認め、今後人間がその生態系の中でどのように役割を果たしていくべきか、あるいは果たすことができるのか、議論するべきです。屋久島なら、世界が注目するような興味深い議論や実践ができるのではないでしょうか。

(JWA紀州吉野支部 大槻国彦)

※1 環境省ほか 屋久島地域ヤクシカ管理計画(仮称)
https://www.env.go.jp/park/yakushima/ywhcc/wh/kagaku/11/150226-3-2.pdf

※2 環境省 屋久島世界遺産地域管理計画
https://www.env.go.jp/park/yakushima/ywhcc/wh/wh_4_01.pd

※3 林野庁 屋久島のヤクシカ被害の現状
https://www.rinya.maff.go.jp/kyusyu/yakusima/yakusikasyokugaijoukyou.html

4 鹿児島県 第二種特定鳥獣(ヤクシカ)管理計画
https://www.pref.kagoshima.jp/ad04/sangyo-rodo/rinsui/shinrin/syuryo/documents/58352_20170330170915-1.pdf

※5 日本オオカミ協会HP 2012.3.21 シカ害に悩む世界遺産「屋久島」:さあ、どうするか? 

※6 白井邦彦(1956) 屋久島の野生鳥獣相及び屋久犬 鳥獣集報

※7 辻野亮(2014) 屋久島におけるヤクシカの個体群動態と人為的攪乱の歴史とのかかわり 奈良教育大自然環境教育センター紀要
https://nara-edu.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=12624&item_no=1&page_id=13&block_id=21

※8 屋久島西部地域の目指すべき森林生態系とヤクシカ対策に係る意見交換会
総合討議 議事録(令和元年度第2回屋久島世界遺産地域科学委員会ヤクシカ・ワーキンググループ及び特定鳥獣保護管理検討委員会合同会議)https://www.rinya.maff.go.jp/kyusyu/fukyu/shika/attach/pdf/yakushikaWG_R2_6-9.pdf

※9 サイエンスポータル(国立研究開発法人科学技術振興機構HP 2021.6.18) 生態系がコントロール? ヤクシカ、定説に反し自然に減っていた
https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20210618_g01/

※10 屋久島西部地域におけるヤクシカ管理実施計画について(令和2年度第2回屋久島世界遺産地域科学委員会ヤクシカ・ワーキンググループ及び特定鳥獣保護管理検討委員会合同会議)
https://www.rinya.maff.go.jp/kyusyu/fukyu/shika/attach/pdf/yakushikaWG_R3_2-24.pdf

※11 揚妻直樹(2013) シカの異常増加を考える 生物科学
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/54808/1/65_2_108_116.pdf

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