オオカミの復活による自然環境の保全と有害鳥獣対策

護羊犬

石橋清孝 (千葉県議会議員)

 千葉県ではイノシシやハクビシンなどの有害鳥獣による被害が問題となって久しく、また自然災害や病気による風倒木や手をかけるだけ赤字になる林業で里山が荒れています。こうした現況に対処する方法としてのオオカミの導入の是非や木質バイオマス発電について検討することを目的にして、この方面の先進地域であるドイツのドレスデンとオーストリアのギッシングの2地域を2015年に視察しました。7年前のことになりますが、この時の見聞はいつまでも新鮮で大変参考になっています。この視察の概況と感想を述べたいと思います。

 房総台地に近い東金駅前の床屋さんは、夜になると電線を歩いているハクビシンをほぼ毎日見ていますし、タヌキも見ているそうで、それぞれ餌の縄張りがあるらしく、山側に行くものと駅側に行くものに分かれるとのことです。「ぶどうやとうもろこしなどを、人間が食べたように綺麗に皮を残して食べていた」との話しは良く聞きます。私たちが思っている以上に町中に多くの動物が生息しているのです。山武郡市で有害鳥獣に指定されているのはイノシシ、ハクビシン、アライグマ、タヌキで、それにキョン、サルが目撃されています。

 千葉県のイノシシやシカによる農作物被害は令和元年度で約4億600万円にのぼりました。県では、農作物を守るための防護柵や箱罠の設置助成、捕獲や防護に取り組む集落への支援、イノシシなどの獣肉処理施設などの助成金で合計約3億6700万円支出しています。令和3年度の対策費は約6億4500万円です。イノシシの捕獲数は令和元年度22,351頭、シカは6,697頭、アライグマ6,240頭、キョン5,008頭となっています。県も市町村も対策は講じているのですが、狩猟者の高齢化などもあり、抜本的な対策は無い状態で大変困っています。

 そこで、オオカミの復活によって天敵のいる生態系を再生しているドイツのザクセン州の州都であるドレスデン(ベルリンの南約300km)に訪問し、オオカミ保護に当たっているザクセン州環境農林省の担当者の説明を聞き、オオカミの生態に関する情報を住民に広報している普及教育施設やオオカミから羊を守っている牧用犬(護羊犬)がいる牧場などを視察しました。ドイツでは、オオカミは100年以上の間絶滅したままになっていたのですが、西暦2000年にポーランドから国境を越えてきたオオカミの群れを確認。その後、保護動物に指定されて増え続け、今ではザクセン州で12の群れが生息し、連邦のほぼすべての州に生息が広まっているとのことです。1群れは大体6・7頭で構成されています。オオカミが復活して以来、増加する一方であったノロジカやアカシカなどのシカ類やイノシシの数も適正にコントロールされているとのことです。

 オオカミを保護すべきか駆除すべきかの議論がありましたが、オオカミは元来ヨーロッパに生息していたのだからという自然回帰運動により保護することになったのですが、羊飼育者の反対やオオカミを怖がる住民も少なくなかったのですが、行政や市民運動によって住民のオオカミに対する恐怖心を和らげる政策が積極的に進められています。例えば、オオカミの生態や研究を行う情報センターを設立し、絶えず広報活動を行っているとのことです。オオカミの狩りの対象はほとんどがシカ類で約80%、イノシシは20%とのことでした。オオカミはノロジカやアカシカなどのシカ類の生息頭数を減らせるが、イノシシの成獣を狩ることは難しいとのこと。オオカミが狩るのは幼獣(ウリボウ)が主だとのことでした。そのため、イノシシをオオカミがコントロールすることは難しいので、専ら狩猟による方法が一番だというのが羊飼いの話でした。シカ類やイノシシの狩猟は、特定の地域での狩猟許可を得た猟友会が被害者から駆除費用を得て行い、その代わり、農作物に被害が出た場合には猟友会が被害額を弁償するという制度になっていました。この仕組みは、欧州で野生の鹿などの肉をジビエとして食べる習慣があることと銃による狩猟が貴族の趣味として行われてきたという伝統に支えられているようです。

 さて、オオカミを日本に復活させる場合、狂犬病などに罹病していない、また餌付けされていない、健康な野生オオカミによる人身攻撃は通常は発生しないこと、家畜被害は日本では発生する可能性が極めて低いことなど、国民のオオカミに対する恐怖心や誤解を取り除くための、オオカミに関する正しい科学的な情報を広めることが欠かせないでしょう。行政と市民運動、研究者が一体となって根気強い地道な普及活動が求められます。

 陸続きの大陸国であるドイツでは、自然にオオカミが移住できたのですが、海に囲まれた日本では、地理的に近いモンゴルや中国、シベリアなどの地域に生息するオオカミを人の手で運んでこなければなりません。そのため、大陸の国とは違った、予期せぬ難しさがあるかもしれません。現在、環境省はオオカミ復活には前向きではありませんが、保護しなければ絶滅する貴重な動植物をシカから守るためには、奥山や高山など人のアクセスが困難な場所ではオオカミによるコントロールしかないと思います。この様な場所から試験的に開始し、逐次オオカミ復活を真剣に考える時期が来ていると思います。今後もオオカミ協会の活動が活発に行われ、全国各地で活動する自然保護団体や農林業団体も積極的にこれに賛同し、ともに世論を味方につけて国を動かすことを期待しますし、私どもも、共に活動することを誓います。

[記:2022(令和4)年4月25日]

ドイツドレスデン オオカミ情報センター(2015年5月撮影)

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