北アルプスにシカ被害の危機強まる 対策関係者は早く目を覚ませ
長野県では、近年野生鳥獣による農林業被害が15億円を超えて推移しており、中山間地域における最重要課題となっている。特に高山地帯への進出が目立つシカ対策は喫緊の課題である。そのため、県では平成19年に野生鳥獣被害対策本部を設置、平成20年には住民参加による、市町村、各種研究機関、大学、専門家等と連携した野生鳥獣被害対策チームを設置し総合的な被害対策を推進している。防護柵設置や追い払い等による被害の防除対策、駆除による個体数管理、森林・里山の再生等による野生鳥獣の生息環境保全、ジビエ振興策が進められ、シカの県内生息数を5年で3分の1に減らそうと目指している。
その野生鳥獣被害対策チームや環境省松本自然環境事務所、南信森林管理事務所等からの、北アルプス稜線での高山植物へのシカ食害を懸念する調査結果が、信濃毎日新聞と長野日報で報告されている。
県と環境省それぞれの調査結果では、大町・長野市境の山で越冬していたシカが5月の雪解け頃から再び北アルプス爺ヶ岳(2669m)稜線方面に移動するのでは、とのことである。北アルプスでは3年前の秋に爺ヶ岳北の稜線標高2500m付近で、シカが目撃され、昨年夏には山小屋関係者がタテヤマアザミが群生する通称アザミ沢(2245m地点)で、3割ほどのつぼみが集中的に食べられた痕跡を見つけている。また、後立山連峰爺ヶ岳西方の鳴沢岳(2641m)稜線直下の雪渓でシカの姿が撮影され、近年明らかに生息分布の拡大が進んでいるということである。自然保護事務所、山小屋関係者、県等は、南アルプス、八ヶ岳ではいきなり高山植物のお花畑が破壊されたことから、危機感を強め山麓で高山帯へのシカの進出を抑える対策を進めたいとしているが、高い運動能力を持って昼夜を問わず広い範囲を移動するシカに対して、人が追いかけ、あるいは先手を打つことは全国各地の被害例から、出来そうもないことは理解されているはずである。それは本来の天敵であったオオカミの仕事のはずである。
しかし、長野県では、知事が昨年2月の県定例会で「オオカミの1つの群れが生息する面積は、県の10分の1であり、現実として難しい。県ではオオカミを自然に放してニホンジカの頭数をコントロールすることは困難」と頓珍漢な否定的な答弁をしている。知事のオオカミに関する知識が全く欠けていることを示している。県だけではなく、環境省も相変わらずオオカミを怖がり、これに触れたくないようであるが、果たして勝算があるのだろうか。現在、日本オオカミ協会ではオオカミ導入に関するアンケート調査を実施しているところであるが、オオカミの生態についての正しい情報がかなり行き渡ったためか、オオカミが生物多様性に重要な動物と理解され、人を襲うと考える人は極めて稀になり、被害発生地や都市部に限らず約4割の住民がオオカミ復活について賛成するようになり、反対は1割程度に減っている。一方、当協会の聞き取り調査によると、現場で捕獲に当たるハンターの多くが、現在のハンターだけでシカの数をコントロールすることは不可能と考えている。また、シカ防護柵設置や森林整備等の自然保護活動をしているNPO関係者からも、被害防除の効果が限られるとの声が聞こえ始めている。シカ対策関係者には、オオカミについてよく勉強し、誤解をなくして、自然の山に生息する本来の動物をいつまでも“駆除する”というような、不自然な人間中心の対策から早く自然中心の対策に方向転換をしていただくことが重要であると申し上げたい。
(井上守記)