オオカミがシカの慢性消耗病(CWD)防いでくれるのか?

散策するオオカミ

週刊ニューヨークタイムズ誌の記事から、
「イエローストン国立公園のオオカミがシカの慢性消耗病(CWD)防いでくれるのか」
という話です。

オオカミは、野生動物の間で流行する伝染病を鎮めてくれる働きをすることがあり
ヨーロッパで実際に豚熱(CSF)や結核の流行を抑えたという研究もあります。
シカ慢性消耗病(CWD)は、牛のBSE(海綿状脳症)と同じプリオン病の一種で、新型コロナ、鳥インフルエンザ、狂犬病などとともに動物由来感染症(人獣共通感染症)のひとつで、アメリカで1967年に最初に報告されました.日本での発生はまだありませんが、ニホンジカにも感染します.詳しくは、下記の食品安全委員会ファクトシートをご覧ください。

【週刊ニューヨークタイムズ 科学技術版 2020年11月29日版】
致死的脳疾病の素早い対応者としてのオオカミの働き
捕食者たちの手助けがシカの群れを消耗病から守る
ジム・ロビンス

 イエローストーン国立公園のオオカミは、彼らが捕食する野生動物の群れの病気を素早く防ぐ役割を果たすのだろうか。

 研究者は、重病個体を捕食者が殺すことによって被食個体群の健康を維持するという、捕食者による治療効果を調べている。この発想に従えば、オオカミは世界中のシカや近縁の種に伝染する慢性消耗病(鹿慢性消耗性疾患)の蔓延を予防する役割を持つことを意味する。専門家は、この病気がいつか人間に伝染することを恐れている。

「この病気を治療する有効な方法はない」とペンシルバニア州立大学の博士課程学生で合衆国地理学調査所と国立公園局との共同研究プロジェクトを推進するエレン・ブランデルは述べている。「これにはワクチンはない。捕食者は解決策になり得るだろうか?」

 さらに他の生物学者は、より多くのオオカミの再導入はこの病気の予防に役立つだろうが、もちろん牧場経営者や他のオオカミに関心を持つ人たちの反対に直面するのは確実だろうと述べている。

 慢性消耗病すなわち伝達性海綿状脳症は、極めて異常なものであるので、他の惑星から襲来した病気ではないかと言う専門家すらいる。1981年に初めて野生のアメリカジカの間で発見され、 シカ科、とりわけアメリカジカとムース(ヘラジカ)、カリブーに、無気力、流延、よろめき、衰弱、死といった症状を伴った脳組織の劣化をもたらす。プリオンと呼ばれる細胞タンパク質の異常バージョンによって、この病気は野生のシカ科に広まり、今や米国26州、カナダ数州、そして南朝鮮やスカンディナビアでも発見されている。

 これは、伝達性海綿状脳症と呼ばれるグループの仲間である。すなわち、その最も有名なものは狂牛病として知られており、人間ではクロイツフェルト=ヤコブ病として知られている。料理してもこのプリオンを殺すことは出来ない。専門家は、慢性消耗病に感染した動物を食べたりした人間にこれが蔓延することを恐れている。

 この病気は、2017年ワイオミングの多くのアメリカジカの群れに感染し、モンタナにも広がった。専門家は、この病気がイエローストーンのエルクやアメリカジカの広範な群れへ伝染する経路があると考えている。これまで感染が目立たなかったのは、おそらく、公園に生息する100頭以上のオオカミが、病気に罹って捕食が容易になった獲物を食べてきたからだと考えている(この病気はオオカミには感染しないと考えられる)。

 イエローストーンでの予備調査によって、オオカミはその獲物の種での流行を遅らせ、その規模を減らすことが分かっていると、ブランデル氏は述べている。

 「捕食者による浄化」に関する研究は殆ど無かった。それゆえ、この研究は病気の管理のための捕食者の利用方法の開発を目的にしている。

 慢性消耗病の蔓延に関する第一の関心は、イエローストーン地域に異常に多くのエルクを集めているワイオミング州が出資し維持している22カ所の給餌地域である。すなわち、グランドテートン国立公園の真南に国立エルク保護区があり、そこでは牛の放牧の代わりに、数千頭のエルクがハンターとツーリストを満足させるために毎年給餌されている。

 多くの生物学者は、そのような小さなエリアにエルクを集めるのは慢性消耗病の急速伝染のためのレシピだと述べている。

 バクテリアやウイルスと違って、プリオンは土壌中に10年以上も保持され、植物の上で活性を維持し続ける。群れが死に絶えたとしても、移動してくる新たな個体は感染することになる。

 アンドリュー・P. ドブソン(プリンストン大学生態学・疫学教授)は、病気は捕食者と死肉食者が少なすぎる生態系に主な原因があると考えている。彼は、この病気は、それが初めて見つかった、コロラドやワイオミングの羊の近くに住むアメリカジカが起源である可能性があると推測している。ヒツジはスクレイピー(伝達性海綿状脳症TSE:強い羊の狂牛病)を何世紀にもわたり保有してきた。「病気や弱った個体の除去は群れから慢性消耗病を除去することである。なぜかと言うと、この病徴を示すどのような個体もオオカミに捕食される可能性があるから」とドブソン博士は述べている。死体の残りは、コヨーテ、ハゲワシ、クマによってきれいにされる。

 だが、モンタナ州の魚類・野生動物・公園局のケン・マクドナルドは、オオカミが果たしてこの疾病を防止するかは疑わしいと言う。「オオカミは病気の動物を取り除くのに役立つ。しかし、動物たちは、二年間、外見上は病気になっていない」とも言う。「だから、彼らはキャリアであり散布者ではあるが、これまでのような症状を示さない。」

 マクドナルド氏は、イエローストーンの外に十分な数のオオカミを維持することが慢性消耗病を抑制するのに求められるのだが、そんなに多くのオオカミは社会的には受け入れられないだろうとも述べている。この疾病を抑制するための州の方策は、この病気が蔓延する場所で殺すことができるシカの数を増やすことなのだと、同氏は述べている。

 しかし、ブランデル氏は、この病気に人々が感染する前に、臭いだとか行動の変化によって、オオカミはこの疾病に気がつくことができると述べている。

 「オオカミはどこでも魔法のような治療を施してくれるというわけではない」と彼女は言う。「だが、その病気が始まったばかりで一揃いの健康な捕食者ギルドが生息している場所では、彼らは病気を一ところに留め、病気に蔓延の足場を与えるようなことはしない。」

【原文】
https://www.nytimes.com/2020/11/12/science/wolves-chronic-wasting-disease.html

【食品安全委員会ファクトシート】
https://japan-wolf.org/pdf/factsheets_cwd.pdf

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