オオカミ導入はマングース導入と同じ?

日本オオカミ協会の活動の成果であろうか、近年は日本におけるオオカミ再導入論が一般の人々の中にも浸透しつつあるようだ。しかし、必ずしも好意的に語られているわけでは無いようで、特に外来種に関する知識を多少なりとも身につけている方々には受けが悪いように思える。聞いた話の例を挙げると「マングースがハブを捕らないように、オオカミなんて入れても絶対にシカなんて捕らずに、ウサギとかの楽な獲物ばかりを狙う」、「オオカミ入れるなんて言う人はマングースの失敗を知らないのか?」等、散々ないわれだ。ここで頻繁に出てくる「マングース」の導入、及びその失敗とは、一体どんなものであったのだろうか?この場を借りて検証してみようと思う。

 

1.「マングース」とは?

日本においてマングースは「毒蛇の天敵」、「沖縄でハブ退治のために放されて失敗した外来種」としては有名だが、それ以外は実はあまり知られていない。単なる「マングース」という種類は存在せず、日本でよく話題となっているのはネコ目(食肉目)マングース科マングース亜科エジプトマングース属のフイリマングース(Herpestes auropunctatus)である。フイリマングースはかつてジャワマングース(Herpestes javanicus)の亜種の一つとされていた。そのため、日本での帰化種はジャワマングースだという説が一般的であった。しかし近年に別種として修正された。

 

2.どこに生息する?

フイリマングースはインドやネパール等に自然分布している。また西インド諸島やハワイ諸島、フィジー諸島、沖縄本島、奄美大島等の島嶼を中心に人為的な導入由来の個体群が定着している。

 

3.諸外国で実施された人為的導入とその結果

■クマネズミの天敵として

ハワイやフィジー、西インド諸島等は、かつて西洋列強の国々によって征服・支配されていた地域である。征服者達は原生林を開発しながらプランテーション(単一農作物を大量生産するための農園)を建設すると、サトウキビを島外から持ち込み、現地人達を酷使して生産・収奪を行った(その影響からこれらの地域は、現在でもサトウキビ生産が盛んである)。

支配者達は農作物だけではなく、非意図的にイエネズミ類を持ち込んだ。中でも元々温暖な気候に生息し、植物質を好むクマネズミ(Rattus rattus)は島の環境にあっという間に適応し、サトウキビ生産業へ大きな被害を与えるようになった。同時に在来自然植生への脅威ともなった。これらの地域にはクマネズミを捕食出来るような在来動物がほとんど存在しなかったことも一因となり、クマネズミは激増した。頭を悩ませた経営者達は、1872~1900年頃にクマネズミの捕食者として各地にフイリマングース(以下、マングース)を導入する。

マングースの導入によりクマネズミの被害は一時的には減少したとされる。しかし、樹上に逃避出来るクマネズミからとって、地上性のマングースはそれほど大きな脅威とはならなかったようである。むしろ、マングースによる果樹や養鶏等への被害がネズミ害に重なるようになり、農園経営者はいっそう悩まされるようになったという。また、在来の昆虫類、両生類、爬虫類、クイナ類等の地上性鳥類等がマングースの捕食対象となり、種によっては激減、もしくは絶滅が報告されるようになった。諸外国では移入マングースは問題視されるようになり、導入の20年後には駆除や輸入の禁止が開始されるようになった。移入されたマングースの子孫達は、現在でもなお在来種の大きな脅威となっている。

 

4.南西諸島におけるハブの存在

■生態系の頂点、ハブ

日本の南西諸島・沖縄(かつての琉球王国)では、前述の地域と同様にサトウキビ生産業が盛んである。クマネズミも人為的に持ち込まれており(移入時期は不明、船舶による交易と同時と推測されることから、かなり古来に人間とともに上陸した可能性が高い)、農業に対し被害を与えている。しかし、沖縄が諸外国とは決定的に異なっていたのは、毒蛇ハブ(Protobothrops flavoviridis)の存在である。

ハブは全長がときに2mに達することもある大型のクサリヘビ科(Viperidae)の1種である。在来種でありながら、世界的に見ても高い攻撃性を持つ。ハブ等のクサリヘビ科の毒は出血毒であり、コブラ科の神経毒と比較すると致死性は低いとされるが、出血毒は酵素により血液凝固を阻害し、血管系の細胞を破壊するため死に至らずとも重い後遺症を残す。そのことからも古くから島民達に畏れられていた存在であった。また哺乳類、鳥類、爬虫類(同種や他種のヘビ類を含む)、両生類、魚類(ウナギ類等)等を幅広く捕食する、島の生態系の頂点的存在でもあった。

人間がクマネズミを持ち込む前、沖縄には在来のげっ歯類であるトゲネズミ(Tokudaia muenninki)やケナガネズミ(Diplothrix legata)が生息していたが、これらはいずれもハブに対する対抗手段を身に付けており(トゲネズミはハブの一撃をかわす跳躍能力、ケナガネズミはリス類に匹敵するとされる樹上生活能力)、ハブにも容易に捕食出来る相手ではなかったことが予想される。対し、旺盛な繁殖力以外に有効な対抗手段を持たないクマネズミは、格好の餌動物となった。ハブの餌の8割以上がクマネズミであるという報告すらある。

ハブの存在により、クマネズミは諸外国のように大発生することは出来ず、在来種や自然植生、農業への被害は比較的軽微だったことが考えられる(人口が多くハブの少ない南部を除く)。しかしながら、クマネズミの存在によってハブは農場や人家の付近まで進出するようになり、人間との軋轢は増加したものと考えられる。

 

5.沖縄の近代化とハブに対する駆除策

■人間とハブの衝突

樹上や足元に潜むハブへの恐怖からか、古くからの沖縄の人々は原生林に立ち入り、大規模に開拓することはしなかったものと考えられる(そのため、現在でも北部には大規模な原生林が残存し、多くの動植物が息づいている)。また、ハブが農作物の害獣であるクマネズミの増加を抑えてくれる役割を果たしていることも理解していたので、必要悪として受け入れていたのかもしれない(単純に対抗のしようが無かっただけかもしれないが)。

時代が移り、近代化を目指す明治政府が日本の舵を取るようになると、かつての琉球王国は沖縄として日本国の一部に編入される。明治政府は国力増強と近代化への障害を徹底的に排除する方針だったようで、同時期に日本国の一部となった北海道では、古くからアイヌとともに共存していたオオカミ(Canis lupus)が、開拓者達の畜産業に対する障害として徹底的に排除され、ご存知のように根絶させられている。沖縄でも同様に近代化の思想と政策が浸透し、生活や開拓への障害とされるハブに対する大掛かりな駆除策が検討されていくことになる。

様々な環境に生息し、様々な動物を餌として利用出来る上に隠遁性の強いハブは、オオカミの場合とは異なり、直接的な捕殺や毒物散布による駆除はほとんど効果が無く(直接的な対峙は反撃される恐怖もあったのだろうが)、被害が減ることは無かったようである。

 

6.沖縄へのマングース導入とその経緯

■故・渡瀬教授が主導

東京帝国大学・動物学教室の故・渡瀬 庄三郎教授は当時の応用動物学研究の第一人者であったが、ハブ、及びクマネズミの駆除策としてマングースの導入を提唱する。当時は農薬などの薬剤を使わずに天敵となる動物を導入するという、いわゆる生物学的防除がもてはやされていたとされ、マングースが原産地のインド等で、毒蛇のコブラ類を勇猛果敢に攻撃して捕食する事例を知ったことから、南西諸島における毒蛇ハブへの天敵としての活用を考え付いたのだと言われている。実験としてマングースとハブを囲いの中で直接的に戦わせてみたところ、マングースはハブを見事捕殺したとされている。

1910年(明治43年)4月13日、インド・ガンジス川河口の三角州付近で捕獲した29頭が国内に持ち込まれ、その大半が沖縄の南部を中心に放獣された。1910年以降に国外から沖縄へマングースが移入された記録は無いようだが、1945年頃までには既に中部の名護市の南部まで分布が拡大していたとされる。それ以後、マングースは中部で捕獲された後、北部地域や離島へ人為的に導入されていった(1950~1956年に国頭村奥、大宜味村、名護市等にそれぞれ50~150頭程)。北部に放獣後のマングースの生息については、大宜味村や名護では確認されたが、国頭村奥では大量に導入されたにも関わらずマングースの生息は確認されなかったとされる。

 

7.沖縄におけるマングース導入の結果

■希少種をも捕食

マングースは急速に島内で分布を広げていったが、かなり早期から養鶏業や農作物に対する被害が報告されるようになった。当時は人間の活動に直接関連しない生態系に対する配慮等は全く検証・議論されることは無かったが、平成になって生態学が普及してくると、ようやくマングースによる生態系への影響が調査されていくことになった。

採集した糞内容物の分析の結果、マングースは節足動物を中心に哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、植物質等を幅広く採食していることが判明したが、その中でハブのものと考えられる内容物は皆無であった。それどころか、ワタセジネズミ(Crocidura watasei)、ホントウアカヒゲ(Erithacus komadori namiyei)、オキナワキノボリトカゲ(Japalura polygonata polygonata)、ハイ(Sinomicrurus japonicus boettgeri)等の貴重種が捕食されていることが判明し、これらへの影響が懸念されるようになった。近年ではヤンバルクイナ(Gallirallus okinawae)、ノグチゲラ(Sapheopipo noguchii)、イボイモリ(Echinotriton andersoni)、イシカワガエル(Rana ishikawae)等の、より知名度の高い希少種もマングースに捕食され、個体数と生息域を減少させていることが判明し、2000年から沖縄県により、2001年から環境省によりマングースに対する駆除策が実施されていくことになる。

 

8.奄美大島へのマングース導入

■イタチの壊滅後にマングース導入

鹿児島県に属する南西諸島・奄美大島も、沖縄と同様にハブが生息しており、それを頂点とする独自の生態系が根付いていた。当然のことながらハブによる人身被害は発生しており、1942~1957年には3,000頭近い本土産イタチ(Mustela itatsi)が、ハブとクマネズミに対する天敵になることを期待されて島内に移入される。

イタチは八丈島や三宅島等の伊豆諸島等にもネズミ駆除を目的に移入され、小動物を中心とした在来種達に猛威を振っている存在であるが、奄美大島では定着することなく、短期間で絶滅した。喜界島等のハブが生息しない島では定着していることから、奄美大島ではハブの攻撃・捕食によってイタチは壊滅したものと推測された。これは島嶼の在来種によって移入種が駆逐されたという、世界的に見ても珍しい事例である。

1979年頃に沖縄で捕獲されたマングースが奄美大島に導入される。これはいつ、何処で、誰が主導で行ったのか、詳細ははっきりしていないが名瀬付近から広がったことから、ここが移入地点であるとされる(1949年に駐留米軍によって少数が導入されたという情報もある)。導入されたマングースは定着し、名瀬を中心に分布を広げて行った。

平成になって生態学が広がり、沖縄と同様にマングースの食性調査が実施された結果、アマミノクロウサギ(Pentalagus furnessi)、トゲネズミ、ケナガネズミ、ルリカケス(Garrulus lidthi)、アマミヤマシギ(Scolopax mira)等の希少種を含む様々な生物が捕食され、これらの個体数が激減していることが判明した。ここでもやはりハブは捕食されていなかった。沖縄と同様、近年から環境省によるマングース駆除が開始された。

 

9.ハブとマングースの関係

■何故ハブは捕食されないのか?

マングースはハブの天敵であるとされている。実際に沖縄や奄美大島で観光目的に行われていた対決ショーではマングースがハブを捕殺しており、動物に対する知識がまるでない一般人であってもマングースはハブの天敵であると今なお信じている。しかし実際には、沖縄や奄美大島の自然下ではマングースはハブを捕殺することなく、他の動物を捕食していた。

よく「ハブとマングースは活動時間が異なっているから、野生化では出会うことが無い→出会わないからマングースはハブを捕食しない」と言われており、それが一般論として出回っている。多くの研究者達もそう思っている。実際にマングースは昼行性(正確には薄明性)、ハブは夜行性なので、活動時間が被ることはほとんど無いとされる。しかし本当にそれが、マングースがハブを捕殺しない原因なのであろうか?

マングースに捕食され、問題となっているアマミノクロウサギやトゲネズミ、ケナガネズミ等はほぼ夜行性である。アカマタ(Dinodon semicarinatum)やヒメハブ(Ovophis okinavensis)等のヘビ類や両生類に対する捕食も確認されているが、これらも皆夜行性である。マングースとは活動時間は被っていない、にも関わらず捕食されているということは、昼の時間帯に休息場を探知されて襲われているということになる。活動時間が異なっていても、休息中の状態を狙えば良いのだからハブも同様の手で捕食すれば良いだけである。それにも関わらずハブは捕食していない。つまりマングースはハブを意図的に避けていることになる。「マングースはハブと出会わないから捕食しない」という説は虚構であることになる。

大型で高い攻撃性を持っているからマングースはハブを避けているのであろうか?しかし、ハブと並んで大型で高い攻撃性を持ち、島の生態系の頂点に位置するアカマタは捕食されている。では有毒だから捕食されないのか?同じく有毒のヒメハブは捕食されている。しかし、ヒメハブは小型で性質も穏やかであり、ハブと比較すると毒性もはるかに弱い。ハブが樹上に逃避出来るから捕食出来ないのか?同じく樹上に逃避出来るケナガネズミやクマネズミはマングースに捕食されている。

消去法から考えると、「ハブは大型で攻撃性が高く、かつ強い毒を持っているからマングースは捕食しない」という推測が成り立つ。要するにハブは危険な相手だから避けていることになる。これではマングースのどこに天敵と呼べる要素があるのか疑問である。オオカミや大型ネコ科動物が、シカ類が恐ろしいから捕食出来ないと言っているようなものだ。

 

■「毒蛇の天敵」マングース?

そもそもマングースは昆虫類やカニ、ムカデ等の無脊椎動物を中心に爬虫類、両生類、鳥類とその卵、小型哺乳類等を幅広く捕食し、ときに果実等の植物質も採食する動物であり、中でも昆虫類等の無脊椎動物を主要な餌資源としている。もちろんコブラ科(Elapidae)を含めるヘビ類も捕食しているが、特に好んで捕食しているという報告は無い。コブラ科のヘビ類は昼行性で、致死性の高い神経毒を持ち、人間が咬まれたらクサリヘビ科以上に危険な場合も多い。しかし、一部の種を除いてはその大部分は小型で穏やかな性質を持ち、外敵に対しては逃走するか、首のフードを広げて威嚇する等の専守防衛的な行動が多い。ハブのように威嚇も無しにいきなり長い射程距離を、驚異的な瞬発力で攻撃するようなコブラ科は少ない(逆にハブほど攻撃的なヘビは世界的に見ても稀である)。またマングースはコブラ科の神経毒に対して免疫機能を持っているとされる。インドの物語「ジャングル・ブック」ではリキ・ティキ・タビという名のマングースがコブラを倒す場面もある。マングースはコブラ科の小型ヘビ類に対しては一応の天敵だと言える(それでも無脊椎動物と比較するとヘビ類が餌として占める割合はずっと低い。)。

しかしながらかつての研究者達はコブラ科とクサリヘビ科を、「毒蛇」として同一視してしまったのだ。要するにコブラという「毒蛇」を退治してくれるマングースは、沖縄に来てもハブという「毒蛇」を退治してくれると信じてしまったのだ。マングースがハブの天敵だという説は、先の研究者達のハブ、マングース双方の生態に対する情報不足から来る無知、視野の狭さ等による完全な「勘違い」だといえる。

 

■不公平な対決ショー

「対決ショーではマングースはハブを殺しているじゃないか!」という反論が聞こえてきそうではある。しかし、ショーは明るく人工的で限られた環境内で行われるものである。ショーで使われるハブのほとんどは野外で捕獲された神経質な個体であり、本来夜行性のハブが実力を発揮できるわけもない。ハブのみならず、多くのヘビ類というのは、その隠密性が最大の武器であり、そこから繰り出される「奇襲」こそが、戦法なのだ。ヘビ類よりもずっと運動性に優れている哺乳類や鳥類を相手にする場合、明るい環境下で相手に知覚されてしまった時点で既にヘビ類は不利な状況になっている。飼育下においては、ヘビ類に餌として生きたネズミを与えたところ、逆にヘビを噛み殺してしまった事例等は特に珍しくない。これはヘビ類のみならず、ヒョウ(Panthera pardus)やフクロウ類等の夜行性の肉食動物にも言えたことで、明るい時間帯では獲物であるはずのヒヒ類やカラス類などの群れに追い回され、殺されてしまう場合すらある(当然ながら夜間は形勢逆転する)。

ショーで使われるマングースは、観衆の中でハブを殺すことに特化した「ハブ殺しのプロ」の個体である。そして対決ショーはエンターテイメントの1種であり、客達は皆、勇敢なマングースが悪者ハブを倒すところが観たいのだ。マングースが負けるような事態はあってはならない。そのために当然、御膳立てもしておく。あらかじめハブを弱らせたり、毒牙を抜いておいたりする場合も多かったようだ。ハブが手に入らなかった場合は、より小型で大人しいサキシマハブやタイワンハブが使われることもあった(観客から見ればそれも立派なハブである)。ちなみにショーはマングースがハブを殺すまで続けられるが、逆にハブの攻撃をマングースが受けてしまった場合、すぐに仕切りが下されてショーは中止となる。随分と公平な勝負があったものである。人間の格闘技であれば罵声と怒号が飛び交っているだろう。

ハブとマングースの対決ショーというのは、例えるなら真っ向勝負が得意な武士と、奇襲や暗殺が得意な忍者が、身を隠す場所も無い明るい闘技場内で闘わされているような状態なのだ。真っ向勝負が得意な武士の方が有利であって当然である。対決ショーの結果だけを観てマングースがハブの天敵だと思っている人は、「武士は忍者よりも強い」と言っているようなものだ。いざ実際の戦になればそうとは言い切れないのは、誰にでも分かるはずである。

 

■自然下では形勢逆転?

ちなみに野生化では、不確実ながらハブがマングースを捕食しているという情報がある。腹から呑まれたマングースが出てきたというのだ。文献や記録が見つからなかったため、断定はここでは避ける(おそらく例数そのものは少ないのであろう)。しかし個人的には信憑性は高いと考えている。ハブは暗闇で視覚が機能しなくとも、嗅覚と熱探知器官で獲物を狙うことが出来る、まさに夜の闇に特化したハンターなのだ。対するマングースは、視覚に大きく依存して活動するので、夜間は動きが制限される(11の項で後述)。ハブが夜間休息中の動物(主に鳥類)を捕食している記録は多く、夜間に休息中のマングースも格好の標的となりうる。しかも8の項で前述したイタチのみならず、イエネコ(Felis silvestris catus)やクビワオオコウモリ(Pteropus dasymallus)のような力強い動物をも捕食した記録があるほど強力な捕食者である(ハブの毒に消化液としても働き、注入と同時に獲物の体内で消化が始まる。そのため、ハブは同大のヘビよりもかなり大きな獲物を捕獲・丸呑みにすることが出来る)。また、マングースの持つヘビ類の毒に対する免疫は、ハブの毒に対して完全には機能していないことが判明している。

これらのことからも、自然下ではハブがマングースよりも優位に立っている可能性が考えられる(積極的に捕食している可能性は低いが)。人工的に用意された環境下での対決ショーで勝てるからと言って「天敵」とは呼ばない。様々な環境要素が複合的に混在する野生下で積極的に襲い、捕食出来てこそ「天敵」と呼べる。マングースはハブの天敵として完全に失格である。

 

10.結局、何が問題となったのか?

■導入における「失敗」とは?

よく「マングースの導入は失敗した」と言うフレーズを耳にするが、これは何をもってして「失敗」と言っているのだろう。「失敗」があるということは「成功」もあるということである。マングースが人への害獣であるハブとクマネズミのみを捕食し、他の動物には影響を与えなかったならば、マングースの導入は評価されていたのであろうか?だとすれば期待していたようにハブを捕食しなかったから「失敗」だと言っていることになる。言い方を変えれば、人間に都合の良い環境に改変出来なかったから「失敗」だと言っていることになる。そこにはハブが古くから存在する在来種であり、生態系の頂点に立っているという観点は一切見られない。見えるのは人間の生活の向上のみを目標とする、人間中心主義の観点のみである。例え希少な在来種達を減少させていたとしても、ハブも減少させていれば、マングース導入は現在でも評価されていた可能性すらある。

導入した人々は、マングースをハブやクマネズミを駆逐してくれる救世主だと信じていたのであろう。そこには自分達の生活の改善や豊かさへの渇望が見える(それ自体が悪いとは言わないが)。当然ながら生態系に対する配慮などは無い。これは沖縄にマングースを導入した当時の研究者達にも同様のことが言える。

 

■沖縄は実験場?

近年では渡瀬教授による沖縄へのマングース導入は実験だったという可能性が指摘されている。県文化振興会史料編集室が古い文献などから調べたところ、導入の10年前に別の研究者から生態系への悪影響を指摘されていたにも関わらず、計画は進められていたとされる。そもそも諸外国の例から既にマングースによる生態系撹乱は確実視されていたはずである。また、渡瀬教授は日ごろから予備調査の重要性を説いていたにも関わらず、マングース導入では予備調査や実験をほとんど行わず、教授自身も沖縄における導入がうまくいけば、他地域にも導入することを言及していたとされる。要するに、沖縄におけるマングースの導入自体が、他地域でのマングース導入の有用性を調査するための壮大な実験に過ぎなかったということになる。とすれば、マングース導入計画において在来生態系への配慮は全く無かったと言える(なお、渡瀬教授はその後、本土に人間の食用としてウシガエル(Rana catesbeiana)、その餌としてアメリカザリガニ(Procambarus clarkii)をも導入している)。

もっとも渡瀬教授を批判することは誰にも出来ないのかもしれない。当時の動物学は、国力増強のために(人にとって)有用な動物の使役方法を開発することこそが優先事項であったのだ。生態系の保全が叫ばれるようになったのは、ごく最近の話である。アマミノクロウサギやヤンバルクイナ等の知名度の高い希少種への影響が無ければ、今でも大して注目されていなかったかもしれない。

 

■マングース導入計画の本質

結局のところ、ハブには昔も今も天敵などそもそも存在しなかったのだ(アカマタやサシバ(Butastur indicus)、リュウキュウイノシシ(S.scrofa riukiuanus)等は小型のハブを捕食するとされてはいるが)。その存在しなかったポジションを、人間のために人工的に作り出そうとしたのがマングース導入計画の本質である。要するに在来生態系の破壊、もしくは転覆が目的である。生態系の破壊という目的と結果だけで見れば、マングースの導入は立派な「成功」である。単に人間の、自然に対する意識が若干にしても変わったからこそ、マングースの導入は「失敗」となったのだ。「成功」や「失敗」に関わらず、導入計画そのものが、在来生態系の構成を無視した「愚行」であったと言える。

 

11.オオカミの導入との類似点はあるのか?

オオカミ再導入に対する反対派が、よくマングース導入を引き合いに出して来るというのは、冒頭で述べた通りである。マングース導入の本質は、7~10の項で述べた通りである。オオカミ導入はマングース導入と並べられるものなのだろうか?

■マングースがハブを捕らないように、オオカミはシカを捕らないのか?

よく言われているのは「オオカミはシカなんて捕らずにノウサギ等の楽な獲物ばかり狙う」という主張である。何故ノウサギがシカよりも楽な獲物になるのか、その時点で疑問ではあるが、それはこの際置いておく。オオカミの食性調査・研究は北米大陸やモンゴル、インド、欧州各国等の、オオカミが生息する世界各地で実施されている。どの地域における結果・報告でも、オオカミの獲物としてはシカ類やイノシシ類等の有蹄類(家畜も含む)が高い比率を示しており、その他の動物(ウサギ類、アナグマ、タヌキ等)は補助的に捕食しているに過ぎないと結論付けられている。日本列島に生息していた個体群も、古い文献などからシカやイノシシを獲物としていたのは間違いなさそうである。どの地域に生息していても、オオカミは有蹄類の捕食に特化したスペシャリストなのだ。それに対し、マングースは8の項で述べたように節足動物を中心に様々な小動物を捕食するジェネラリストなのだ。ハブの天敵だという説は、単なる勘違いである。それどころか諸外国ではクマネズミの天敵としてすらほとんど機能していない。

有蹄類の捕食者であるオオカミをシカやイノシシの個体数調整のために導入することと、節足動物中心の小動物捕食者であるマングースをハブ駆除のために導入することは、全く同一視出来ないことだと言える。

 

■オオカミはマングースのように個体数と生息域を激増させる?

○上位捕食者オオカミの個体数は自然に調整される

他の主張としては「導入されたオオカミはマングースのように個体数を激増させ、手に負えなくなる」というのがある。

確かに現在の日本列島は、オオカミの獲物となるシカやイノシシが豊富に生息する。オオカミはよく食べ、増えて行くことが予想される。しかしイエローストーン国立公園等の報告では、シカ類が豊富に生息するにも関わらず、オオカミの個体数は増加には傾斜せず、一定のラインで増減を繰り返しているという。生態系の頂点種であるオオカミには人間以外に天敵は存在しないはずなのに何故減少するのであろうか(大型ネコ科やクマ類と争って死亡することはあるにせよ)?

イエローストーン国立公園内におけるオオカミの死因としては餓死、病死、同種間の抗争が大きなものとして挙げられている(公園内では人間による狩猟は基本的に行われない)。シカ類が豊富に生息するのに何故餓死?と思うかもしれないが、オオカミが獲物として狙うのはもっぱら幼獣や弱った個体、老いた個体であり、健康的な個体は基本的に捕食出来ないとされる。狙える個体が多いうちは良いが、時間がたてば必然的に捕れる個体は減少し、飢えが始まる。飢えれば体力や抵抗力が低下し、ジステンパーや疥癬等に感染し易くなる。獲物の確保のためにテリトリーの拡大を狙い、隣接する群れとの争いが頻発するようになる。オオカミの多くが死亡すると、捕食圧の減少によりシカ類は再び増える。幼獣や病弱個体の増加により、オオカミの個体数も再び増加に転じるようになる。これが繰り返されることでシカ類もオオカミも個体数が増え過ぎることも減り過ぎることもなく、自然に調整されるのだ。このような現象はオオカミのみならず、他の上位捕食者でも報告されている。

 

○マングースは中間捕食者に過ぎない

対してマングースはどうなのであろうか?オオカミのような自然調整機能が存在するのであろうか?マングースは小型の哺乳類であることから代謝が早く、飢えには特に弱いことが推測される。しかしマングースの分布域は、どこも節足動物が豊富に生息する地域である。自然下であってもそうそう飢えることはなさそうである(乾燥地帯に生息するスリカータ(Suricata suricatta)等は飢えが影響するのかもしれない)。病気に関しては当然存在するが、マングースは基本的に単独性であることから、オオカミのように個体群の中で病気が蔓延することは無さそうである。マングースはなわばりを持たないため、個体間の争いもオオカミほど熾烈なものは報告されていない(ただし群れ社会となわばりを持つアフリカ産のシママングース(Mungos mungo)やスリカータ等では群れ間の熾烈な争い・殺し合いが報告されている)。

若干話が逸れるが、マングースの頭蓋骨の形状を見ると、イタチ科やジャコウネコ科の動物と比較して後眼窩突起が非常に発達しているとの報告がある(頬骨からの張り出しと接触して眼窩輪を形成)。後眼窩突起の発達は視覚の発達を意味するが、マングースは同大のイタチ科やジャコウネコ科よりも視覚に頼った生活をしていることになる。これは何故であろう?

実は明るい中で活動する小型哺乳類であるマングースは、常に猛禽類等の肉食性鳥類によって上から狙われており、早期に視覚でそれを探知して逃避しなければならないのだ。そう、マングースは小動物の捕食者であると同時に、より上位の捕食者に狙われる被食者の立場に居るのである。

移入された島嶼で、在来種を相手に猛威を振っているその姿から、マングースが捕食される姿は俄かには信じがたいかもしれない。しかしながらニホンイタチより若干大きい程度のマングースは、猛禽類のみならず、数多くの捕食者に狙われている。ヒョウやヤマネコ類等の中~大型ネコ科、ジャッカル類等の様々な肉食性哺乳類もマングース類を捕食していることが確認されている。また小型爬虫類に対しては天敵となるマングースも、オオトカゲ類やニシキヘビ類等の大型爬虫類には逆に狙われる立場となる。

マングースは、日本におけるイタチやテンと同様に、中間捕食者なのだ(肉食獣であるイタチやテン(Martes melampus)も、クマタカ(Spizaetus nipalensis)のような上位捕食者から見れば獲物の1種にすぎない)。原産地において、その個体数は捕食者によって大きく影響される。彼らが移入された島嶼で個体数を激増させたのは、餌資源が豊富であるのと同時に有力な捕食者が存在しなかったことが要因であろうと推測出来る(ハブによる捕食は不確実で例数が少ないこともあり、検証からは除く)。

自然に個体数が調整される上位捕食者オオカミと、上位捕食者による捕食によって個体数が影響されるマングースは、やはりこの場合でも同一視は出来ないと言える。
12.最後に

近年は奄美大島等でハブの個体数が激減していると言われている。開発などによる生息域の減少も要因だが、1990年代からのハブ駆除奨励策(県による買い上げを強化)によって、ハブ捕りが増えたことも一因だとされる。最近では不況によってハブ捕りを始める者もおり、若者のハブ捕りもいると聞く。ハブ捕り業自体は古くから存在していたが、その頃のハブ捕り職人達は、ハブの有益性も十分に理解しており、捕り過ぎることは無かったと言われている。不況の中で始めた近年のハブ捕り業者達が、それらの意識をどれほど持ち合わせているのか、かなり疑問だと思う。高い捕獲圧により、近年では2mに達する大型個体はほとんど見られなくなったようだ。当然のことながら大型個体の消失は繁殖量にも影響を与えているのではないかと報告されている。

ハブの減少により、クマネズミが増加しつつあるとも聞く。高い繁殖力を誇るクマネズミが、餌資源で競合するトゲネズミやケナガネズミ、樹上性鳥類等の在来種達を駆逐してしまう日も遠くないのかもしれない。それにも関わらず鹿児島県はハブに対する捕獲圧を緩めるつもりは無いようだ。平成13年以降、毎年2万前後のハブが捕獲されており、平成21年では20,912匹、平成22年では29,672匹の捕獲数が記録されている。ハブに対する買い上げ奨励は、要するに懸賞金制度である。北海道におけるオオカミ根絶の際に政府が採った方法に類似する。鹿児島県はハブの根絶を目指しているのであろうか。これに対し、ハブの保全を主張する声は少ない。駆逐されていくハブが、オオカミの姿と被るのは私だけであろうか?太古からの森の守護者・ハブも、オオカミと同じく遠からず消えていく運命なのかもしれない。

オオカミ導入に反対する人々が、マングース導入と同一視していることは、11の項で検証した結果を見る限り、見当違いであるとしか言えない。マングースの導入は、むしろ日本産オオカミを絶滅させた政策とこそ、同一視出来るものである。銃や毒薬によるオオカミへの駆除策も、マングース導入によるハブの駆除計画も、どちらも根本は同じである。人間のみの繁栄と豊かさを追求し、人間に都合の良い環境を作ることが目的だった。その結果、現代になってしっぺ返しを受けている点も良く似ている(異なっている点は、オオカミは早期に根絶され、ハブは今のところされていないことである)。

オオカミの導入は、人間の直接的な利益を目的に行うものではない(農林業被害の減少等、間接的な利益はあると予想されているが)。かつて存在し、人間が崩壊させた日本列島における生態系復元が目的である。生態系の「再生・復元」を目指すオオカミ再導入計画と、生態系の「破壊・転覆」を目指したマングース導入計画は、その目的においても全く真逆である。マングース導入によって引き起こされた数々の問題は、「自然生態系は人間のみに都合の良いものに改変・管理化することは出来ない」という教訓を与えてくれた。この教訓はオオカミの導入のみならず、国内で試行錯誤されている数々の生態系・自然の復元、保全対策等の場で、大いに生かされていくべきである。(金 清翔)

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