霧が峰・八ヶ岳山小屋訪問:シカ急増、天然林被害激増、対策なし!

asakura_12013年5月25日(日)快晴、霧が峰、北八ヶ岳の山小屋オーナーを訪ねてぐるりと周ってきた。ルートは、茅野から大門街道を上って白樺湖、車山、八島湿原、それから一旦茅野へ下り、別荘地をぬける国道299号を麦草峠までである。このドライブコース沿線のシカによる森林被害と、訪問した山小屋オーナーの反応について報告する。

○ 茅野の、一見すると平坦地に見間違える緩い斜面地の棚田の周りには電気柵が設置されていた。その柵の高さが低いためイノシシ対策なのかシカ対策なのかはっきりしなかった。棚田の段差が大きいので、その上に柵を乗せればそれなりに高さが稼げ、シカ対策にもなるとも見える。大門街道が上りにさしかかるあたりから、はっきりとシカ害の様子が見えてきた。もう新緑の季節にもかかわらず、そして林冠には緑が萌えているにもかかわらず、その新緑から透けて見える林床には何も植物が生えていない。もうどこでも見慣れた光景だ。土が掘り返され、直登は難しそうに見える。その斜面にはシカの糞が点々とまき散らされている。そこから白樺湖までの行程では、まったく同じような景観が続く。シカの生息密度は30頭/平方キロメートルくらいまで高くなっているように見える。

○ 車山のスキー場は夏もハイキングコースに利用されており、一部リフトが運行している。スキー場の一部は、電気柵が張られ、ニッコウキスゲの群落を守っているという。残念ながらニッコウキスゲにはまだ早く、シカの採食で荒らされた地域と保護されている地域のコントラストを見ることはできなかった。7月になれば、両地域の違いは、ものの見事にわかることだろう。

○ 八島湿原は、尾瀬と同じく、高層湿原として保護されている。霧が峰から車山のなだらかな山頂部の窪みにちんまりと収まっている小さな湿原である。車山の山頂からその様子が一望できる。周辺に木々はなく、昔から萱原だったように思われるが、記録によれば、既に江戸時代には周辺部の森林はすべて伐られてしまったようである。とすれば、もともとは、尾瀬のミニチュアのような、森と湿原と湖から成る景観だったのかもしれない。

この小さな湿原は、周囲をシカよけの柵で囲うことはたやすい。湿原へ続くトンネルの入り口は、夜間、シカ除けネットでふさがれる。それをくぐるとすぐに湿原が一望できる。その湿原の真ん中には気のせいか、何本か筋が刻まれている。シカ道でなければいいんだがなあ、と思いつつも確認せずに先を急いだ。

○ 八島湿原~車山の林間には、ところどころ林床を埋めるササの群落が見られたが、それらは決まって電柵で囲われており、個人や法人所有の土地のようだった。

○ 車山の肩には、小屋とレストハウス各一軒が並んでいる。「ころぼっくるひゅって」は、白樺湖から霧が峰に通じるビーナスラインが通じる前は、一面の草原の真ん中にあって360度周りを高山植物に囲まれていた。 そして、眼下には八島湿原やイエローストーンにも似た広々とした草原が広がっていた。数年前には、ニッコウキスゲの花の最盛期、この草原は、その黄色い花で一面覆われていた。だが、その翌年から花は減り始め、ついには自力で花を咲かせることができなくなった。今は電気柵で囲われたところにしか花をつけない。すべてシカに食われてしまったのだ。電気柵のすぐ脇には、シカの踏み跡やぬた場があり、シカの食べないコバイケイソウの群落ができ始めていた。

○ 一旦、茅野に下り、今度は麦草峠に登る。299号線は別名メルヘン街道と呼ばれている。その周辺は大企業開発の別荘地がいくつもあり、付随施設も温泉もたくさんある。道路が上り始めるあたりから上の別荘の庭には、シカの痕跡があふれるように見て取れた。庭の植生は単純化し、シダのような植物だけが目立つもの、ササがまだ繁茂しているが矮化しつつあるもの、まったく植物のないもの、中には電気柵で厳重に囲まれている庭、等々、道路から見る別荘の庭は、すべて普通ではなかった。

冬季閉鎖されるゲートを抜けると、そのあたりから麦草峠までは林床にはササが繁っているが、極めて丈が低い。道路わきが背の高いササで林の内部が見難くなっている場合でも、その奥を覗くと、ありありとシカの痕跡が見て取れる。

○ 麦草峠では、シカによるトウヒの樹皮剥ぎがひどいということで、山小屋のスタッフがわざわざ我々のために時間をとって2ケ所を案内すると申し出てくれた。一ヶ所は峠を通過する街道の南側の「駒鳥の池」周辺。もう一ヶ所は北側の地獄谷と呼ばれている風穴あとへのルート沿いの樹林帯である。どちらも樹皮剥ぎがひどく、無残な状態になっている。そしてシカの食害で新しい木への更新もできないエリアも多い。ルート沿いには、ところどころではるが若木の育っている地点もあり、そうした地域の植生の様子はまだら模様だ。シカの食害が今まさに進行中というところだ。ここにはカモシカもいるがシカも越冬するようになったと案内してくれた小屋の方が話してくれた。将来、カモシカは、シカに負けて姿を消す可能性が大きい。若木が育っているあたりでは、林床に緑を見てほっとするが、これも食われてなくなってしまうのは時間の問題だろう。

○ この日たどったドライブルートのシカの食害状況を地図に信号機のように記録するとしたら、全面的に真っ赤だ。無事だったところはひとつもない。麦草峠周辺の北八ヶ岳は、着実に「大台ケ原化」が進行している。山小屋の人たちは、この状況に強い危機感を抱いており、なんとかしたいと思っている。しかし、行政の動きはとんちんかんで、本当にシカをなんとかしたいと思っているのか首を傾げる、というのが偽らざる心境のようだ。初動が遅かったし、適切でなかった。今も対応できていない。長野県は、少ない猟友会メンバーを活用するために、管理捕獲と有害駆除は麓の農業地帯で、山間地は防鹿柵設置の補助金を出し、山小屋のご主人たちに狩猟免許を取得してもらって、自ら駆除を行ってほしいという考えだ。だが、狩猟免許の試験は山小屋がかき入れ時の土日に行われるので、山小屋の御主人たちは資格を取ることさえできずにいる。麦草峠では小屋の周囲は、補助金が出たため、お花畑を守るための防鹿ネットで囲うことができた。「じゃあネットの外側はどうでもいいのか」(山小屋オーナー)ということになる。なにもかもがちぐはぐだ。山小屋のご主人たちも、たとえ下界で何万頭獲っても、禁猟区であるこのあたりのシカには影響は出ない、と諦め顔だ。

肝心のオオカミ再導入に関しては、この日お会いした3人の山小屋オーナーの内、お二人は「全面的に賛成」と言われた。もう一人のオーナーは、まだ、人身事故が起きること、そしてカモシカが捕食されて減ることの疑問が払拭できず、まだ懐疑的な態度であった。しかし、他の2人と同様に、所有する小屋での登山者に対するアンケート実施には同意していただいた。まずはこの夏を通して登山者のアンケートを実施できる。この夏は登山者の意識を知り、啓発するいい機会になるだろう。

(記: 朝倉 裕)

 

 

Follow me!